第40話 検索結果/Zero
それから、一時間ほど経って。
主良は充分に戦略を練り、デッキを完成させた。
「待たせたな、楠江」
「待ちくたびれましたわ。底面のバターと砂糖をカラメル化させて、長い時間の焼成できっちりと焼き固めるクイニーアマンのように……ようやく、主良さまは準備ができましたのね?」
ふわぁ、と車椅子に座ったまま楠江は欠伸をする。
「泣いても笑っても、勝負は一度きりですわよ。
わたくしもリチャード・カズキングダムの孫娘。
おじい様の名にかけて、勝敗には責任を持ちますわ」
「こっちこそ……!」
絶対に負けられない戦いだ。
主良とアナエルは頷き合う――
「再錬成――」
アナエルはアナエルドライバーを操作して、
バトル用のボディスーツに変身する。
デッキを預かるのは主良だ。
何もなかった白い部屋に、
カードバトル用のテーブルが出現する。
テーブルの高さはちょうど楠江に合っていた。
主良もテーブルの前の椅子に腰かける。
隣に控えるのは、アナエルだ。
千影は一歩下がって、背後で見守る。
「…………」
「…………」
シャッシャッシャッ。
シャッシャッシャッ。
互いにデッキをシャッフルし、
相手のデッキをカットしていく。
言葉は要らない。
緊張だけが高まってきた。
「(BO1の、一本勝負か……!)」
デッキを置いたところで――
楠江が、動く。
「ゲームの開始前に宣言します。わたくしは今回のゲームで《波浪遊宙部プロジェクト》を使用いたしますわ」
「《波浪遊宙部プロジェクト》だって……!?」
主良は耳を疑った。
アンティの場で聞くとは思わなかったカード名である。
千影は「やった、ひひ、勝った!」と小躍りしている。
プロジェクト・マーキュリー、
プロジェクト・ヴィーナス、
プロジェクト・アース、
プロジェクト・マーズ、
プロジェクト・ジュピター、
プロジェクト・サターン、
プロジェクト・ウラヌス、
プロジェクト・ネプチューン――
ゲーム開始前の盤面に、
楠江は8枚のカードを並べていった。
太陽系の惑星をモチーフにしたこれらのカードは、《波浪遊宙部プロジェクト》のカード効果によってゲーム開始前から展開されるカードである。
轟轟轟轟轟、と轟音が周囲に鳴り響く。
このアンティデュエルは精霊のバトルだ――
シケイダとの温泉デュエル同様に、
精霊の力でカード・エフェクトが実体化するらしい。
何も無かった白い部屋が、
カードの力で塗り替えられていく。
白は、黒へ。
どこまでも続く広大な暗黒世界――
宇宙空間を模したフィールドに、
8つの惑星が現れて広大な周期を描いて公転し始める。
「《波浪遊宙部プロジェクト》は、ゲーム開始時から常にフィールドに存在し、ゲームに影響を与え続ける常在カード――相手によって破壊・妨害・無効化されることがないという点ではフィールドスペルに近いものの、実際にはフィールドスペルとは似て非なる挙動をする、特殊なカード・タイプですわ。もちろん、主良さまはご存じですわよね?」
「あぁ……カード情報が公開されたときには、スピキャスに革新を起こすんじゃないかと、びっくりしたからな」
ゲームの開始前から効果を発揮するということは、後のゲーム展開やドローに左右されずに、確実に効果を使えるということを意味する。
つまり、デッキの安定性が格段に上がるということだ。
背景ストーリー的にも、コスモ・コングロマリットであるザイオンの悲願である「遺伝子技術のデータ収集と応用による旧き神の復活」を目的とした波浪計画そのものがカード化するということで、登場当初はSCPたちに衝撃を与えた……が。
主良の後ろで、千影が嘲るようにして笑った。
「いやいや、何を使うかと思ったら……【波浪遊宙部】なんて、ファンデッカス向けのロマンカードも良いとこじゃん……! そんな実用性皆無のゴミカードでアンティ挑むとか、頭悪すぎるし。お兄、勝ったも同然だよ……っ!」
千影の物言いは相変わらずだが、
ある程度は正論でもある。
「《波浪遊宙部プロジェクト》には、自分ターン終了時のエンド・シークエンスごとに相手プレイヤーにドローを許す強烈なデメリットがあるはず……」
しかもその効果は強制ではなく任意であるため、デッキ破壊への応用も出来ない。純然たるデメリット――カード・アドバンテージの点で言えば、問題外のカードとも言える。
環境レベルはおろか、
ファンデッキレベルでも成立させるのが難しい。
楠江はため息をついて、長いまつ毛を伏せた。
「……おじい様が、チキったのですわ。せっかく、わたくしが美しいカードデザインを考えたと思ったのに……余計なデメリットなんか、付けるものですから」
「おじいさん、って……リチャード・カズキングダムのことか。待てよ、じゃあそのカードはもしかして――君がデザインしたカードってことなのか!?」
「そのとおり。主良さまにお見せしますわ――
わたくしのイマジネーションの結実。
真の《波浪遊宙部プロジェクト》をねっ!」
広大な宇宙空間に向かって、楠江が手を広げる。
8つの惑星が公転する、中心――
本来の太陽系では太陽が位置する場所。
そこに、精霊が現れる。
Dステルスによる透明化を解除して――
想像もしていなかった巨体が姿を生じさせる。
「う……嘘だろ……っ!?」
ゆっくりと、影から光へ転じるように。
徐々に、徐々に――次の瞬間には、忽然と。
あまりにも巨大すぎる、機械の塊が出現した。
歯車と歯車と歯車の集合体である。
前面には真っ白な文字盤が現れて、
二本の長短を象った針が数字を刻む。
カチン、カチン、カチン、カチン――
一定のリズムを奏でる、超ド級スピリット。
惑星大のメガ・サイズ球体時計――ッ!
――これが、楠江が操るスピリット!?
楠江は1枚のカードを手に取った。
「わたくしは《波浪遊宙部プロジェクト》の効果により、オールドワンまたはエルダーゴッドのタイプを持つスピリット・カードを1枚、デッキから選択し――ゲーム開始前にこのカードの下に置くことができますわ。
選択するのは――
《『銀色の瞳』時空観測隊員イース》ッ!」
――時空観測隊員、イース……!?
主良はアナエルに出してもらったカードリストを反芻する。
Dステルスを持つスピリットの一覧。
だが、どこにも思い当たるカードが見つからない。
隣にいたアナエルが、目を瞬く。
「――ありえません。
検索結果/Zero。
存在しないカードです、そのカードは……ッ!」




