第38話 カズキングダムの末裔
金髪の少女――
楠江がふわりと浮かび上がる。
「北海道産のブレンド小麦が手に入りましたの……バターも牧場から良いものを取り寄せて……生種を冷蔵庫で仕込んで……今日は休日だから、ゆっくりとホームベーカリーを楽しもうと思っていたのに。どうして、わたくしはこんなところにいるのかしらね? 今日で、もう七連勤――」
まるで重力が無いかのように、楠江は車椅子に乗ったまま空中を移動している――空中浮遊――否、これはアナエルの推測が当たっているとするのなら。
「Dステルス……透明化したスピリットに運ばせてるのか!?」
「正解ですわ。バターをたっぷり使ったデニッシュくらい、間違いがありませんわよ。千影さまと同じく、この住所に同居しているということは――お兄さまは、黒羽 主良さま?」
「なぜ、俺の名前を……」
楠江は手元からカードを取り出した。
「回収を実行する」
周囲の空気が一変する。
マンションの狭い廊下は、広大な空間へと塗り替わった。
四方が白い壁に囲われた、なにもない部屋。
主良と、アナエルと、千影――
そして楠江と名乗る少女だけが室内にいる。
あらあら、と楠江は微笑んだ。
「この架想結界には、精霊使いだけしか侵入を許されない仕組みになっていますの。やはり千影さまだけではなく、主良さまもマスターですのね?」
「そういう君も、精霊のマスターだな……!」
楠江は車椅子に座ったまま、
ドレスの裾をつかんでお辞儀した。
「あらためて、自己紹介を。
リヒャルデ・カズキングダム・楠江と申します。
我が社の不良品がご迷惑をおかけしたようで」
「カズキングダムだって……!?」
その名前には、主良も聞き覚えがあった。
カードゲーマーなら誰もが知っている名前である。
「伝説のゲームデザイナーにして、スピキャスNEXTの生みの親、日本におけるカードゲームブームの立役者――リチャード・カズキングダムの近縁なのか?」
「伝説だなんて、大げさですのね。
リチャードはわたくしのおじい様ですわ」
リチャード・カズキングダム――
スピリットキャスターズNEXTの元チーフデザイナーだ。
カードゲーム黎明期に、様々なTCGをヒットさせてきた鬼才――スピリットキャスターズには紙版のNEXTから関わり、ゲームデザインから世界観・コンセプトデザイン、さらには元コミック・アーティストという経歴を活かして多くのカードイラストも手掛けていたことで知られている。
自身も広告塔としてスピキャスの宣伝に尽力し、そのひょうきんなキャラクターから子供たちに愛されていた。
現在は一線を引いていたと聞いていたが――
その孫娘が、罪園CPにいたとは。
「(罪園CP。スピキャスの製造販売元である大企業……!)」
先ほど、彼女は回収と言っていた。
もしかして――
★★★
「やっぱり、もう一匹いましたのね」
★★★
「楠江。
お前はシケイダの行方を知っているんだな」
「えぇ、もちろん。
タチの悪い害虫でしたけど、すでに回収済みですわ」
「…………っ!」
主良の頭に血が上るが、
それより先に爆発したのは千影だった。
「ふ、ふざけんな……!
シケイダ返せ、クソガキッ!」
車椅子の楠江に掴みかかろうとした千影。
そこに、不可視の巨体が風を切る音が響く。
「千影、危ないっ!」
瞬時に動いたアナエルが、
千影を抱っこして跳躍する――!
「ア、アナエルさん……!」
アナエルは安全な場所で千影を下ろした。
「ちー。危険です、この子供は。
精霊に人を襲わせることに躊躇がありません」
「くうっ……!」
まぁ、と楠江は口元に手を当てた。
「うふふ。わたくしだって、好き好んで暴力に訴えるつもりはありませんのよ。なにせ、生まれつきこの身体ですし……乱暴するのもされるのも苦手ですの。ですから――どうせカードゲーマーでしたら、これで決着をつけません?」
楠江が懐から取り出したのは――
カードデッキだった。




