第33話 夜に影を探すもの
「ボクが《アナグラ・ミミック》なんて
使ったから、面妖なヒントを与えたみたいですね」
鹿の子――否、
ナラクの左腕には精霊たちが使う機械が付けられていた。
「擬解」
ナラクが呟き、機械を操作する。
[Dismimic――!]
ナラクの全身が黒い影に染まっていく。
春井夏 鹿の子としてのシルエットは、
闇に包まれて大きく姿を変えていった。
足元のローファーは、先のとがったブーツに。
黒色のズボンと白いベストに身を包み、
首元には紳士然とした白いスカーフが出現した。
闇そのものが形となったマントが広がり――
マントからあふれた影の触手が、空に手を伸ばす。
つばの広い漆黒の帽子を目深に被り、
眩く光る二つの眼だけが存在を顕わにした。
ナラクのスピリット・タイプはシャドウ。
意志を持つ、生きる影である。
その肉体は影そのものなのだ。
正体を現したナラクに主良は問いかける。
「やっぱり――
春井夏鹿の子(haruinatusikanoko)は、
死の怪盗ナラク(shinokaitounaraku)の
アナグラムだったんだな?」
「正解です、主良くん! ボクのマスターが買取に出したカードの中で、とっさに擬態に使えそうなカードが……《アナグラ・ミミック》しか無かったものでして」
「《アナグラ・ミミック》?
マスター、そのカードは一体」
と、アナエルが疑問を挟んだ。
「カード名を並び替えて別のカード名にするカードだよ。スピキャスの最初期に刷られたカードで、大した実用性は無い。変なコンボに使えるからたまに名前だけは挙がるけど、未だに再録もされてないんだ」
まさか、そんなカードで擬態していたとは。
だから名前をアナグラムしていたのか。
ところで、それよりも――
「こんな住宅地で正体を現して大丈夫なのか?」
「おっと、そうですね。
姿を消しておきましょう!
――Dステルス」
闇そのものであるナラクの身体が透けて、
夕焼けの住宅地の中に消えていく。
「どうでしょう、主良くん?
ボクは見えてませんよね?」
「あぁ。バッチグーだよ、鹿の子さん」
見た目はナラクだが、声も人格も鹿の子そのものだ。
なんだか、調子が狂ってしまう。
「ええと……ナラクって女の子だったのか?」
「男や女、といった生態はボクたちシャドウにはありません。名前をアナグラムしてそれらしい人名を作れたのが鹿の子、という女の子の名前だっただけです。まぁ、主良くんは可愛い女の子に弱いようでしたので、結果的には大正解でしたね!」
「うっ……」
「質問です、ナラク。ナラクのマスターが、ナラクを買取に出した人物だとして……理由はなんですか、その住所を手に入れようとした」
「――ボクが、カードに戻るためですよ。アナエル」
カードに戻るため。
そういえば、主良の協力を取り付けるための条件が「アナエルがカードに戻る方法を教える」だった。
「昨晩実体化した時点では、ナラクはカードに戻れなかったはず。だからこそ、空白カードを隠すために怪盗事件を起こしたんだから……それで、どうしてナラク・カードを現場に残したんだ?」
ただの盗難事件が怪盗事件になったのは、ナラク・カードが残されていたからだった。
「ボクの目的は、ボクのマスターに疑いがかからなくするためです。ナラク・カードを残せば、事件は愉快犯によるものと決めつけられて、マスターへの疑いは逸れるんじゃないかと考えました――それと、もう一つ」
「もう一つ?」
「主良くんのような人を待ってたんです。精霊が実体化した事情を知る人物を。怪盗ナラクの模倣犯が出たと知れ渡ったら、他のマスターと精霊にも会えるんじゃないかって」
「やっぱり……助けが欲しいのは、本当だったんだな」
「はい。都合よくコキ使える助手が手に入るのではないかと!」
まったく。
はた迷惑な話だけど、助けになったなら良かったよ。
「――ボクは間もなく、カードに戻ります。ボクがカードに戻った後に、盗んだカードをショップに返すための助手が必要でした。お願いできますよね、主良くん」
「…………ああ」
昼と夜の境界を歩く。
夕陽は傾き、影は濃くなっていく。
やがて、ナラクと主良たちは――
一軒の家にたどり着いた。




