第32話 一日一アナグラム好きの主人公
陽が紅に染まり、
空が朱に焼けていく夕暮れ時。
昼と夜の境界を、三人は歩いていく。
解決編の口火を切ったのは主良だった。
「なぜ、カードを盗まなければならなかったのか?
それは――これが原因だよ」
主良が取り出したのは――
「マスター、それは……
空白カードです、切札の!」
「そうだよ、アナエル。
精霊が実体化した後には
空白カードが残される――
これはシケイダの時もそうだったよね?」
「肯定します。
ですが、推理が理解できません。
なるのですか、カードを盗んだ動機に?」
「なるんだよ。まずは事件の流れを追っていこう。犯人であるナラクはカードの姿となって、大量の買取品と一緒に店内で査定を待つことになった――そして、人気のない夜になった後のこと。ナラクがカードから実体化する。とっさにDステルスで姿を隠したから、ナラクは監視カメラに映らなかったものの、そこには自身の抜け殻である空白カードが残されていた。ここで考えてみよう、アナエル。もし、このまま翌朝になったらどうなると思う?」
「推定します。
おそらく、店長さんは空白カードを発見します」
「そのとおり。そして同時に《”死ノ怪盗”ナラク》のカードが失われていたことに気づく。こうなった場合に”カードの精霊の実体化”という前提を持たない店長さんは、きっとこう判断するはずだ。昨日、確認したときには確かにナラクだったカードが別のカードに変化している――エラーカード、あるいは偽造カードを疑う」
「肯定します。
では、ナラクがカードを盗んだ動機は――」
「空白カードを現場から消し去るため。
自身のマスターに迷惑をかけないために」
主良の推理を聞いた鹿の子は機嫌が良さそうに拍手する。
「面白い推理ですね、主良くん。せっかくですから『小説家になろう』にでも書くのをおすすめしますよ!」
「どうせ書くなら『ハーメルン』に書くよ。
カードゲームが題材ならな」
「ハ、ハーメルン……?
バイオリン弾きのことですかぁ?」
やはり、『ハーメルン』は知らないのか。
「カードゲーム小説のメッカと言ったら『ハーメルン』だ。もしwebでカードゲームを題材にした小説を書くのなら、『ハーメルン』を選ばない理由なんてない。そこでわざわざ『なろう』の名前を挙げたのは――鹿の子さん、君の正体に関わっている」
小説投稿サイト『ハーメルン』が開始したのは今からおよそ13年前。一方で小説投稿サイトとしては老舗の『小説家になろう』が作られたのは、今から20年ほど前だ。
ここで仮定してみよう――
春井夏 鹿の子には、
19年前から先の知識が無いとしたら?
思えば、鹿の子の言動には違和感が多かった。
★★★
「ひっ……!
わ、わかりました。
推理を一部訂正します……!
主良くんとアナエルは、
お似合いのゲロマブ☆カップルです」
「バッチグーです。
主良くんとは趣味が合いそうですね」
★★★
「やたらと言い回しが古臭かったし……」
「ギクッ」
★★★
「あのぉー、犯人、わかっちゃったんですけどぉ」
「愛ある限り戦いましょう、命、燃え尽きるまで」
★★★
「引用する作品も古かった。
今の子はついていけないぞ?」
「しゅ、主良くんは拾ってくれたじゃないですか!
それに愛ある限り~
は元ネタのポワトリンじゃなくて、
麻耶雄嵩の生んだ銘探偵・メルカトル鮎の方で!」
「どっちにしろだろ……」
そこで、アナエルが異議を唱えた。
「ザ・待ってください!
ムジュンがあります、マスターの推理には」
★★★
「だーかーらー。ボクは名探偵なんです。怪盗には名探偵って相場は決まってるじゃないですかァ~っ! たとえるならキラークイーンとストレイキャットの空気弾! チョコラータに対するセッコ! 荒木飛呂彦の原作に対する上遠野浩平の『恥知らずのパープルヘイズ』!って感じなんですよぉ~っ!」
★★★
「確認してみてください、マスター。鹿の子はこの時、『恥知らずのパープルヘイズ』について言及していますが、ファイロ・ゲノミクスのデータに照会したところ……(ピピピピピピ)こちらの作品は15年前に刊行されています!」
「そうだな。
俺もそのせいで推理を確信できなかった……」
だが、ある仮定を挟めば突破可能だ。
「作者である上遠野浩平先生は20年前の時点でもとっくに活躍している、当時の電撃文庫を代表する超人気作家だ。そして、先生が大のジョジョ好きであることもファンには有名。作中用語で洋楽を引用するのもそうだし、そもそも代表作である『ブギーポップ』シリーズの作中に登場するMPLSがジョジョのスタンド能力をオマージュしてるのも明白だしな――まぁ『仮面ライダー』とか『ウルトラマン』とか『ゴジラ』とかもオマージュしているが――ともかく、20年前の人物である鹿の子が既に上遠野先生と『ジョジョの奇妙な冒険』の熱心なファンだと考えれば、今朝の時点でその情報を探して知った可能性がある。もっとも、読む時間は無かっただろうから、ピントの外れた喩えをすることになったんだろうが……」
アナエルは目をわずかに開き、驚きを示した。
「鹿の子が、20年前の人物――?
何を言っているのですか、マスターは」
「カードショップ『オネスト』に持ち込まれた、大量の買取希望カード――大昔にリミ0になったナラクが混じってたことから考えて、家の押し入れかどこかに仕舞われていたものなのだと思う。それがナラクがリミ1に緩和されて需要が高まったのを持ち主が知り、買取りに出した……」
鹿の子はきっと。
この20年間の間、誰にも接せずに闇の中にいた。
「さっきの俺の推理は、ナラクが実体化した後でカードに戻れないことを前提とした推理だったよね。加えて、カードを買取に出した人物こそがナラクのマスターだという前提にも立っていた。これは鹿の子の証言とは矛盾しているが――俺は、この推理が正しいと思っている」
鹿の子は観念したように目を伏せる。
「ボクが、嘘を吐いているというのですね?」
「ああ。ナラクは、カードに戻ることなんて本当は出来なかった。鹿の子がナラクのマスターというのも、きっと嘘だよ。だって……ナラクは、俺たちの目の前にいるんだから」
★★★
《”死ノ怪盗”ナラク》と言えば、
スピキャスでも群を抜いて知名度が高いカードである。
登場したのは、今から20年ちょっと前だ。
★★★
主良は紙とペンを持って、さらさらとメモしていく。
「文字の入れ替え――アナグラム。
実は、俺の趣味でもある」
「初耳です、マスター。
切札は聞いたことがありませんでした」
「言ってなかったからね」
これを言うと皆、微妙な反応になるし……。
アナエルに言ったら、引かれると思って。
主良は紙にアルファベットを書き終えた。
「で、偶然か、こじ付けかとも思ったんだけど――
《”死ノ怪盗”ナラク》はヘボン式のローマ字に変換すると、
SHINOKAITOU NARAKU
になる。
これを今度は訓令式のローマ字に変換すると、
HARUINATU SIKANOKO
春井夏、鹿の子と読めるんだ……」




