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第18話 Great Days

 整う――という言葉が存在する。

 『ミステリという勿れ』の主人公の名ではない。


 サウナと水風呂を交互にすることで、

 暑い場所と冷たい場所を行き来して、

 交感神経を刺激する――

 それにより、

 痺れるような快感を得る行為のことだ。


 それで言うなら、今、この状況――

 主良しゅらは充分に()()()いた。


 カードゲームをして――


「くそーっ、負け!」

「マスター、無念です」

「きひひ。

 これで、五連勝、だねっ……!」


 温泉に入って――


「ほら、かき氷。

 アナエルはブルーハワイ。

 千影ちかげはカルピス味な」

「感謝します」

「ええっ? 私、いちご味がいいー……」

「奢りなんだから、文句言うなって」


 熱いカードバトルと、

 冷たいかき氷。


 これを繰り返すことで、主良は完璧に整ってきた。


 ループも悪いことばかりじゃない。

 最初は面食らったけど、

 だんだんと慣れてきたのもある。


 人間は慣れる生き物、と聞いたことはあるけど。


 たとえば、千影にはカルピス味だ。


 かき氷を二人に手渡すと、

 アナエルと千影は美味しそうに食べ始める。

 何度も繰り返してきた光景――。



「「おいし~~~(です)」」



 アナエルと同じブルーハワイから始めて、

 メロン、みぞれ、レモン、と一通り試してみたが。


 なぜか、千影はカルピス味では頭痛を起こさない。


「(きっと、何かの成分が上手く働いてるのかな……)」


 試行錯誤は必ず身を結ぶ、という証左である。

 カードゲームも同じ、こと。


「毎回毎回、痛がる千影を見てるのはつらかったからな」


 これで、心置きなくループが出来るというものだ。

 いつ終わるかわからないが――

 今は、デッキを完成させるのを優先しよう。


 アナエルが環境で戦えるように。

 まずは、その可能性を追求し尽くす!



 いつも通り、

 藤原さんからシルバーのキーを受け取り。

 いざ、らせんの間にて――



「「対戦、よろしくお願いします!」」


 パチパチパチパチパチパチ……。

 千影が奏でるカードをはじく音も、

 この頃になって耳になじんでくる。


「(こればっかりは、千影の悪癖だけど)」


 他に騒音が無い静かな部屋でなら、悪くない。

 環境音声的な、風物詩というか……。


 こういうASMR音声動画も、

 ひょっとしたらアリなのかもしれないな。


 作業用BGMって感じで。


「――くっ」


 対戦の行方はというと、今回も一歩及ばず。


 575を警戒してインタラプトの妨害を構えていたものの、千影の方が上手であり――こちらの妨害に対して、充分に対処札を構えられてしまった。

 《銀の鍵》、《望郷歌・ウィスタリアテイカー》、《スパイラル・ウェーブ》と三種のスペルがデッキに戻っていき、エクストラ・ターンが追加。


 再び、無限ループが開始されていく。


「マスターの負け、ですね」

「えへへ。お兄、雑魚すぎ……っ!

 これで私の五連勝、だねっ」

「本当は、五連勝どころじゃないんだけどな」

「えっ?」

「いや……」


 こうやって、延々と千影に負けていると。

 スピキャスを始めたばかりの頃を思い出す。


「こうしてると、俺がまだ、初心者の頃みたいだよな……今みたいに、上級者の千影とは、デッキパワーの差がありすぎてさ。いつも、ボコボコにされてた」


「……む、昔の話、ね。

 たしかに、一方的にボコってたけど。

 今は……ちゃんと反省してるよぉ」


 アナエルが「なるほど」と呟く。


「理解しました。

 切札が、ちーと面識が無かった理由が」


 そういえば。


 カードとしてのアナエルと出会ったのは、ここ1年くらいの話であり――そのあいだ、アナエルは主良の相棒として、ずっと主良のことを見ていた――と話していた。


 なのに、主良の妹である千影のことを、

 アナエルは知らなかった。


 その理由は――


「言われてみれば、千影相手には【アナエル神造】を回してなかったな。というか、こうやってガッツリと千影とスピキャスするのも、久しぶりな気がする」


 千影はこくり、とうなずく。


「うん……。

 今日だって、ほんとだったら……

 私は一人だけでCS出てたし、ね」

「質問です。

 以前はよく遊んでいたんですか?

 マスターと、ちーは」

「あぁ……というか」


 そもそもの話。


「俺がスピキャスを――カードゲームを始めたのは。千影と仲良くなりたかったからだったんだよな」


 父さんが母さんと再婚して。

 母さんの連れ子である千影と初めて会ったとき――

 正直、どう接していいかわからなかった。


 生年月日で考えれば、兄は自分になるけど。


 同い年の女の子が現れて、いきなり一緒に住むことになって、「今日から家族です」って言われたって……法律上はそうなのかもしれないけど、そんなの、無理な話だった。自分も、まだガキだったし。


 共通の話題だって、何もない。


 そんなときに――

 千影がカードゲームを遊んでいることに気づいた。


「千影は昔から、態度もマナーも最悪でさ。今はよそ行きの外面を覚えたけど……当時はそれも無くって、学校の近くのショップでは出禁になってた。だから、俺がカードゲームを始めたら、家の中で遊び相手になれるだろ? ゲームを通して、話すきっかけが出来るんじゃないかと思って。千影がどんな子なのかわかる、そう思って……スピキャスのスターターを買ってみたんだ」


 アナエルは強く首肯した。


「肯定します。

 切札は、スピリットは、カードは……

 存在しています、人と人が交流するために」


「おかげで、千影のことがわかった」


 う~~、と千影は目を三角にする。


「はいはい。お兄が言いたいことはわかりました~~。どうせ、美少女なのは外見だけで、内面は性根の悪さが煮詰まった、ゴミカスのカードゲーマーだって……なじりたいんでしょ」


「そうだな。

 千影は小さい頃から、義母さんに似て綺麗だったけど」


 このループしている状況が、なんなのかわからないが。

 夢みたいなものかと思うと、つい――

 口が軽くなり、普段は言えないことも言ってしまう。


「今はもっとだ。

 本当に、可愛くなったと思う」


「ふぇっ……。いや、そういうのはさ……にひひ……自分で美少女って言うんかい、とかって突っ込まないとさァ……ギャグに、ならないじゃんっ……ひ、ひひ」


「千影が可愛いことに、疑問の余地はないだろ。

 俺だってずっと可愛いと思ってたし。

 好きな女性のタイプは千影に破壊されてるんだ。

 全破壊だ。

 今思うと、アナエルを好きになったのだって、

 たぶん……千影に似てるからだしな」


「ふ、ふえぇ――!?」


 全部、言ってしまおう。


「――ちーと、家族になれて。良いところも、悪いところも知って。俺の方も、カードゲームが好きになって。それで――俺も千影も、同じカードゲーマーだけど、必ずしもカードゲームの楽しみ方は重ならない、ということがわかったんだ」


 千影にとって、カードゲームは競技だ。

 メタゲームの潮目を読み、

 その環境で最も勝率の高いデッキを見つける。

 対面を深く理解した上で、

 最も勝率の高いデッキを、強く回す――

 そこに「愛着」は介在しない。


 けれども、主良にとって。

 カードゲームは一種のごっこ遊びだった。

 自分の気にいったカード、

 面白いと思ったギミック、

 使いたいと思ったデッキを回す。


 そんな主良の前に、アナエルが訪れた。


 環境で最も強いカードを好きになったことで、

 主良は最も勝率の高いデッキを握ることになった。


 Tier1。


 アナエルによって、

 二人の遊戯が交わったのだ。


「……正直に話す。アナエルを使うようになって、俺が競技をやってたときも、千影が参加してそうなCSはずっと避けてた。これは、千影が嫌いとかじゃなくて……俺の方が、千影の土俵を……土足で踏み荒らすような真似をしたくなかったっていうか。ずっと、カジュアルでしか遊んでなかったし。きっと、千影に嫌われたくなかったんだよな。ごめん、千影」


「きひひ、何、それ……。お兄、考えすぎ。私がお兄のこと、嫌いになるわけないじゃん……。何されても、好きだよ。私、性格最悪だし……私には、お兄だけだもん」


「そんなことはない。

 今だって、アナエルのために頑張ってくれてるだろ」


 アナエルと目線を交わすと、

 サファイヤの瞳が千影を映す。


「肯定します。

 温泉でも言いましたが、ずっと前に。

 優しいですよ、ちーは」


「そ、そうかなぁ……?」


 まぁ――と、一応釘を刺しておく。


「他人とやるときには、シャカパチは抑えめにな」


 この忠告も、

 記憶ごとリセットされるのかもだけど。


 どれだけの時間を繰り返したか、

 わからないが――


 アナエルがきっかけで、

 二度、交わったプレイスタイル。


 一度目は目を逸らした。

 二度目は、正面から向き合った。



「禁止制限改訂、一枚制限――

 リミテッド・ワン」



 ――アナエルを環境で使いたいという、無謀。


 アナエルだけでも、

 主良だけでもたどり着かなかった。


 千影という厳しい目があったからこそ、

 たどり着ける境地があったんだ。


「アナエルを手札に加えます。

 錬成ユニゾンには素材代用効果で――」


 これも千影のおかげだろう。

 ようやく、納得のいくデッキが出来た。


 一枚のカードを、テーブルに置く。



「――錬成ユニゾン

 なにか対応はありますか?」

「うっ……ま。

 ま、負けでいいですぅ……。

 ちいっっっ!

 お兄なんかに、負けたああああっ!」



 ――やった。


 勝率で言えば、一割にも満たないが。

 勝ち目が見えた。

 ここから更に、練度を上げていけばいい。



「アナエル!

 やったよ、デッキが見つかった!」


「肯定します。

 これなら――切札が活躍できると確認しました。

 マスターには感謝を。

 そして、おめでとうございます。


 次の練習に移行しましょう、

 ()()、温泉に入って」


「えっ……?」



 氷のような無表情に、影が差した。

 主良が違和感を問いただす前に――

 アナエルは表情を変えないまま、言う。


「デッキの完成度を上げられると予測します。

 ()()――五時間で」

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