第13話 傲慢のアナエル、ここに
――そのデッキでは勝てないと千影は言った。
それは意外な切り口……では無かった。
「……ああ。そう、かもな」
主良自身も気づいていたことだった。
気づいていながら、
アナエルを前にして言い出せなかったことでもある。
アナエルは無表情のまま、問う。
「マスター。マスターも……
考えていたのですか?
勝てない、デッキなのだと」
「もちろん、従来の【神造】にアナエルを入れるよりは勝ちを狙えるデッキになると思うよ。ダインスレイフという明確なゴールがある分、決まりさえすれば勝てる……けども」
「お兄もわかってるよね?
ダインスレイフ錬成の要求値は依然として高い。
なにせ、時代遅れのテーマ同士の混ぜ物だし。
素材代用効果でハードルを下げたとしても、
そうそう実戦で決まるものじゃないってハナシ」
「ああ。それでも、これはアナエルにしか果たせない役割になるはずだ。【神造】に1枚刺ししたときのように、ハダリーを入れた方がいい……という結論では終わらない」
リミテッド・ワンのカードはデッキに合計1枚までしか入れることができない。
《メトロポリスの工匠、ハダリー》もリミテッド・ワンのカードだ。
ハダリーを入れれば、
アナエルを入れることはできなくなる。
アナエルの前には常にハダリーが立ちはだかるのだ。
そして無色単の【神造】構築を考えるかぎり、無色に染める最大のメリットとなるハダリーを採用しない選択肢は存在しない。
だとしたら――
【神造】だけがアナエルの生きる道じゃない。
【暗黒物語世界】との混合構築。
ダインスレイフとの錬成こそが、
アナエルが実戦で輝く道になるはずなんだ。
これが、主良のたどり着いた結論。
千影は再度、兄に問いかける。
「もう一度、聞くよ。
お兄は、勝ちたいの?」
「……アナエルは、言ってたんだ。コレクションファイルで余生を過ごすのはまっぴらだって。デュエルの場で、もう一度、一緒に戦いたいって」
「戦えれば満足なの?
それなら、デッキの強さを求める必要はないよね。
負けていいなら……どんなデッキを使ってもいいし」
「いいや」
スピリット・キャスターズは、勝利を目指すゲームだ。
目の前の対戦相手に向き合い、
互いに勝利条件を満たすことを目的とする。
勝利だけを、目的にはしないが……
勝てないゲームは、面白くない。
それはカードゲームの大前提となる部分である。
「デッキを組むからには、勝てるデッキにする。
千影が、最初に俺に教えてくれたことだったよな」
「ん……よかった。
お兄のこと、嫌いにならなくて済んだみたい」
たとえばさ、と千影は言う。
「本当に勝利だけを目指すなら、簡単な話だよ? 適当な環境デッキにアナエルをピン刺しすればいい。リミテッド・ワン枠は死んじゃうし、シナジーも何もないゴ……無駄なカードが入るだけだから、そこには何のタクティカル・アドバンテージも存在しないけど……アナエルをデッキに入れて勝利を目指す、という命題だけは果たされる。でも」
ふぅ、と千影は息を吐いた。
「アナエルさんがやりたいことは、違うんでしょ?」
「肯定します。
切札はマスターに貢献したいです。
その上で……
戦いたいです。
マスターと、一緒に」
張り詰めていた千影の表情が、柔らかくなる。
「ふへへ……。
アナエルを使った上で、
ちゃんと活用して、
その上で勝ちも目指す、って……。
それって。
めちゃくちゃわがまま、だよ……?」
「肯定します。ですが」
アナエルは主良の腕を取り、身を寄せた。
「アナエルっ!?」
「マスターは、約束しました。
切札のわがままを、聞いてくれると!」
そうだ、約束してしまった!
よく考えると安請け合いをしたものかもしれない。
だけど――
「アナエルは言ってたよね。
”切札とは遊びだったのですか?”って……」
「否定します。
言いましたっけ……?」
「だいぶ序盤に言ってたよ!?」
遊びだったのか、と言われれば……
遊びだった、という他ない。
そう、遊びだ。
楽しかったんだ。
初めて自引きしたシク版がアナエルだったこと。
環境最強のデッキを握ると決めてから、
初めて競技シーンの情報を本腰入れて追うことにした。
地域ごと、時期ごとにめまぐるしく変わるメタゲーム。
重ねる練習。プレイミスの連続。
あっぷあっぷになりそうになりながらも――
初めて掴んだ、優勝景品のプロモーションカード。
勝つのは楽しかったけど――
勝つ以外の遊びも、全部楽しかった。
アナエルと、一緒だったから。
「わかったんだ。
俺はアナエルを引いたのが嬉しかった。
アナエルで勝つのが楽しかった。
でも、それだけじゃない。
アナエルが好きなんだ。
だから、また一緒にアナエルと戦いたい。
わがままなのは、俺も同じだ。
だから、力を貸してくれ……千影!」
「むぅ……そ、それは別にいいよ」
そう言いながらも、千影は真っ赤になっている。
体調が悪いのだろうか?
千影はちょんちょん、と主良の横を指さす。
「でも、アナエルが好き、って。
そこに本人、いるんですけどぉ……」
「本人……って、あぁ!」
指さした先には、無表情のまま頬を抑えるアナエル。
「ぽっ」
主良は今更、自分が何を言ったのかに気づいた。
「違うんだ、アナエル!
俺が好きと言ったのはカードのアナエルであって」
「ちーの前で、告白なんて。
家族公認の仲なのですね、切札とマスターは?」
アナエルはわざとらしく身体をくねらせる。
千影の方は顔色を青くした。
「非公認でぇーーーす……っ!
いい、お兄?
もし付き合ったりしたら、
ママに言いつけてやるんだから……!」
「千影は、話をややこしくしないでくれ!」
一通り、バタバタした後で……
千影は長い銀髪をかき上げて、真面目な顔をした。
「わかったよ、お兄。お兄とアナエルさんが、ある程度弁えてることがわかったから。力を貸したげる。ダインスレイフ如きで楽に勝てるなんて甘い考えだったなら、50戦ぐらいボコボコにしてわからせてあげるつもりだったけど……」
「勘弁してくれ」
スピキャスを始めたての頃――
千影に容赦なくボコボコにされていたのを思い出す。
ともあれ、千影の協力を得られたのはありがたい。
「ありがとう、千影」
「感謝します。
ちー、よろしくお願いします」
「……最初に言っとくけど。
口が悪くなったら、ごめんね?
私、カードのことだと……
お世辞とか、無理だから」
「わかってるよ。遠慮なく言ってくれ」
「……なら、お兄」
机の上に並べられたカードを一瞥し、
千影は言い放った。
「そうと決まれば、お兄がやるべきことは一つだよ。
ダインスレイフをデッキから追放して!」
「はぁ!?」
な、なぜダインスレイフを?
アナエルも「はい」と手を挙げる。
「マスター、わがままを発動します。
切札は行きたいです――温泉に!」




