第74話 エルフローラの双子の兄
オークそっくりと蔑まれていた少女エルフィナ。
その正体は、特別な力を持つ女神の生まれ変わりだった。
神々が道を外れた時――
世界は一人の少女を呼び覚ます。
コアが――眩く、爆ぜるように光り輝いた。
次の瞬間、エルフィナの足元に、ぽつりと〝黒い点〟が生まれる。
それは、まるで世界に開いた傷口のように――
じわり、じわりと広がっていき、
気付いた時には、底の見えない〝穴”〟と変わっていた。
そして――ストン、と。
吸い込まれるように、エルフィナの身体はその中へと落ちていく。
(うわ~~~~!?なにこれ!?気持ち悪い~~!落ちる~~!!
遊園地の落ちる系、私ほんと無理なんだけど~~~!!)
重力の感覚がぐにゃりと歪み、上下の感覚すら曖昧になる。
落ちているのか、浮いているのか――それすら分からない。
そして――
「いった~~……くない?あれれ?」
ふわり。
まるで雲の上に降り立ったかのような、頼りない感触と共に着地した。
恐る恐る足元を見れば、そこには確かに〝地面のようなもの〟がある。
だが、それは質量を感じさせない、曖昧な存在だった。
ゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは――
「……やっと、会えた」
あの絵の中にいた女性。
ジュリアナは思わず息を呑む。
ここは、真っ白な世界――そう思っていた。
だが違う。
ここには、〝色そのものが存在していない〟
白ですらない、完全なモノトーンの世界。
光も影も、意味を失っている。
「真っ白な場所だと思ってたけど……
ここ、色が〝無い〟のね……」
ぽつりと呟くエルフィナ。
視界に映る全てが、無機質で、静かすぎて――
まるで、世界から切り離された場所のようだった。
「……こんな場所に何年もいたら、普通は……おかしくなるわよね?」
その言葉に、ジュリアナがわずかに眉を動かす。
「貴方……どうやってここに来たの?
……あ……色彩が……」
次の瞬間。
エルフィナの頬に、じんわりと〝赤み〟が差す。
それはまるで――この世界に、色が〝侵食していく〟かのように。
足元、空間、空気。
少しずつ、少しずつ。
失われていた色彩が、戻り始めていた。
ジュリアナは、目を見開く。
「……まさか……」
「貴方が……ジュリア……ジュリアナさん、ね?」
「あっ……貴方は……」
言葉を失うジュリアナ。
何かに気付いたように、瞳が大きく揺れる。
「やっぱり……私のこと知ってるのね?
教えて。私と貴方の関係」
「……貴方、記憶が無いの?」
「あるわよ?記憶喪失になったこともないし」
「そうじゃなくて……前世の記憶よ」
「そんなの、普通ある方が珍しいでしょ?
それに私――前世、無いらしいし」
「……そう……」
一瞬、沈黙が落ちる。
ジュリアナは視線を逸らし、小さく息を吐いた。
「……私も、ただ……見たことがある気がしただけよ」
嘘だ。
エルフィナは確信する。
あの反応は、〝知っている者〟のそれだった。
「それより……どうしてここに来たの?」
「貴方に会いたくて来たんだけど……
貴方の絵を見た時から凄く気になって……」
「そんな事、聞いてないわ。
ここ……もう、帰れないわよ?」
「え?そう?」
あまりにも軽い返答に、ジュリアナの表情が固まる。
「帰れる?貴方……ここから出られるの?」
「うーん……多分?」
指先を顎に当て、少し考える仕草。
「空間転移魔法かな?
〝帰りたい〟って思えば――帰れそうな気がする」
「は?」
次の瞬間――
エルフィナの姿が、忽然と消えた。
「え……?」
取り残されるジュリアナ。
静寂。
「うそ……本当に……?」
動揺が広がる。
「……帰った?……一人で……?
もしかして……記憶、あるの……?
やっぱり……私を――恨んで……?」
その声は、かすかに震えていた。
⸻
「出られるわね」
「お嬢!?なんで一人で行っちまうんだよ!?」
元の空間へ戻ったエルフィナに、スカイが詰め寄る。
「あー、ごめんごめん。でもちょっと待ってて。
あの人、連れてこなきゃ」
「会えたのか?何かわかったか?」
「うーん……会えたけど……
〝知ってる気がする〟だけだって」
唇を尖らせる。
「……嘘ばっかり。
あんな顔してたのに」
「あんな顔?」
「なんか、すごく動揺してた……」
「何か事情があるのかもな」
スカイは腕を組む。
「だが、あのコア……もう一回いけるのか?
かなり弱ってたぞ」
「ああ、それは大丈夫」
にやりと笑うエルフィナ。
「今度は――自分で行けるから」
「……は?」
「じゃ、いってくる!」
空間が歪む。
そして再び――消える。
「……とんでもねぇな……お嬢のあの転移……」
⸻
「たっだいま~」
軽い調子で戻ってきたエルフィナに、
ジュリアナは一瞬、言葉を失った。
「今……何をしたの……?」
「ん?ちょっと外に出てただけ。
やっぱり出来たわよ」
まるで散歩から帰ってきたかのような口ぶり。
「で、色々聞きたいんだけど――」
「お願い……それは後で……!」
ジュリアナが、縋るように言う。
「出られるなら……早く……
もう……3年……ここから……」
声が、途切れる。
限界だったのだろう。
「……仕方ないなぁ」
苦笑するエルフィナ。
「これじゃ、どっちが神様だか分かんないじゃない」
くすり、と笑う。
「戻ったら――ちゃんと話してね?約束よ」
ジュリアナの手を取る。
その瞬間、空間が波紋のように揺らぎ――
二人の姿は消えた。
「――ほら、戻ったわよ?」
しかし。
「……あれ?」
隣にいるはずのジュリアナが――いない。
「……スカイ?」
「ああ」
低い声で答える。
「男が一瞬現れて……あの女を連れ去った」
「……はぁ!?」
エルフィナの眉が吊り上がる。
「ちょっと!?助けてもらっといてそれ!?
いきなり連れ去られるとか、どういうこと!?」
苛立ちを隠さず吐き出す。
「そんな事できるの……アストラさんしかいないでしょ?
元・神の……!」
拳を握る。
「スッキリするどころか、
モヤモヤが増えただけなんだけど!!」
「……恩も感じてないのか?」
スカイが呟く。
「神として、それでいいのか?」
「ああ……でも……あの人……
悪い人には見えなかったな……」
少しだけ視線を落とす。
「……むしろ……
何か、どうしようもない事情がある感じ」
だからこそ――
「余計に……気になるのよ……」
「創造神に聞いてみればいいだろ」
「もうやった」
即答だった。
「……何も、答えてくれなかったけど」
ーーーー
――その頃。
「彼女は、やはりジュリアナ?
あの事件の後、行方がわからなくなった?」
「そうじゃろうな……じゃが、事件の後ではないぞ……
あの子がいなくなったのは、前日からじゃよ」
「もしやジュリアナの夫というのは……」
「アストラル……では無いかの?」
「アストラル……エルフローラの双子の兄……」
「いや、双子の兄というのは便宜上でな」
静かに語られる真実。
「お前達、第1宇宙の神々は、わしの放った神聖力が、
長い時間を掛け、成長し増え、そして集まり出来たもの。
つまり全員兄弟みたいなものじゃ」
「でしたら何故あの2人が、双子の兄妹だと?」
「たまたまじゃよ?たまたま同時期に誕生したに過ぎん。
一緒に育てなければならなかったから、
それ以前に誕生していた神々に、
双子扱いされていただけの事。
エルフローラの膨大な魔力の陰で、
アストラルのそれは小さく、
魔法道具などを作り出す事で、
創造に特化した神となった。
あの魔道具の暴発事件まではの……」
「責任を感じてか神界から出ていったアストラルは、
行方不明に……ジュリアナは確か……」
「うむ、そもそも第1宇宙のものでは無い」
さらに深い話へと落ちていく。
「エルフローラが生まれる1年前――
遥か彼方から、1人の〝赤子〟が飛来した」
「……赤子?」
「神聖力に包まれたカプセルのようなものじゃ。
光速で、一直線に飛んできよった。
もし星に激突すれば――
神聖力の暴発で、星ごと消し飛ぶ」
「……!」
「だがその時、
それに最初に気付いた〝存在〟がいた」
静かに語られる。
「――神聖力の塊そのものが、動いたのじゃ」
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