第二十五話 雑木ヶ谷での、最後の晩餐
「〔自分は楽しみですよ。水紀さんが入社してくれて。春から、改めてよろしくお願いしますね〕」
「はい。こちらこそ。あ、岬副社長は来年度って、副社長 兼 東京支社長のままなんですか?」
「〔ああ、その件なんですが・・・・・・――――〕」
「・・・・・・――――えっ・・・・・・? そうなん・・・・・・だ・・・・・・」
夕飯前に、岬副社長から電話がかかってきた。
あたしは春から、岡山岬青果の社員になる。
これまではアラサーフリーターの藤咲水紀と副社長の岬行光という間柄だったが、今度は新入社員と副社長という、一つの組織内での上下関係が勝手についてしまう。まぁ、それは仕方ないよね。
いま電話で聞いて初めて知ったんだけど、岬副社長はこれまで兼務していた東京支社長としての職は外れ、次年度から副社長職のみになるとのこと。岡山にある本社ビル内の副社長室で仕事することになるんだって。
東京支社と北関東支社はそれぞれ別な支社長が着任して、現場での全体指揮をするみたい。今までみたいに関東で過ごすことは、ほとんど無くなるだろうってさ。
電話を切る前に、岬副社長は「新支社で一緒に仕事できたらよかったのですが」と言ってきた。
あたしは別にどっちでもいいんだけどさ。岬副社長のその言葉は、どういう意味を含んでいるんだろう。
もしかして、あたしに特別な感情とかがあるとか。
いや、さすがにそれはないか。単にあたしの思い過ごしかな。
こんなことを考えちゃうあたしって、自意識過剰なのかな。
仮に、新人社員となる特定の人間に、副社長が仕事以外の感情をもって接したりしたらまずいだろうね。
あたしは、せっかくの再スタートになるんだから、そういうの無しでヒラに仕事は始めたい。
新しい職場で関係を築く人たちと、ひとつずつまた積み上げていきたいの。
岬副社長があたしのことをいろいろ気にかけてくれるのは、悪い気はしないけどさ。
それよりも、北関東支社長って、どんな人なんだろう。ってか、まず、どんな人たちと一緒に働くんだろう。ちょっと今から既に、程よい緊張感でドキドキしてる。
「・・・・・・ま、いいや。あたしは、前に進んでるんだから。なるようになる。きっとね」
この部屋で食べる最後の夕飯が、いま、あたしの目の前に並んでる。
ポテトサラダにアジフライ。豆腐の味噌汁に雑穀ご飯。特に何の変哲も無い、普通の食事にしたんだ。
普通でいいんだ。ありのまま、いつも通りでね。
「うん。よくできてる。・・・・・・やっぱり、いつ作っても実家で食べてたポテサラの味だな、これ」
小さい頃から食べていた母の手作りポテトサラダの味を、あたしはよく覚えてる。自分で作ると無意識のうちにその味になってしまう。
料理は特に誰からも習った覚えはないけど、目と舌の記憶できちんと実家の味を再現できるようになってたんだね。
それと、豆腐を見ると思い出すことがある。
昔、高校の部室で隠れて豆腐を食べてた後輩のことを。
今も彼女は豆腐好きなままなのかな。




