第二十四話 水紀は夕空を見上げて
ケヤキの木々から、葉が舞い飛んでゆく。
電線に留まったムクドリは、その葉を追うようにして、飛んでゆく。
煌めく一番星が、グラデーションの中で瞬く。
そこに向かって、飛行機が尾を引くようにして飛んでゆく。
遠くには、小さな黒ごまのように見えるカラスの群れが、どこかに向かって飛んでゆく。きっと、ねぐらの山にでも帰るのかな。
迷いなく巣に帰ってゆくカラスたち。それを見上げるあたしは、どこに向かって歩いているのだろう。
まだ、家に戻るつもりはないんだ。もう少し、歩き回りたい。
あたしは明日、実家に帰る。その準備も全て終わった。十年間住んだこの雑木ヶ谷の街とも、お別れか。
何だか今になって、妙に離れたくない自分がここにいる。実家を出て、この街に住み始めた頃は、たまに栃木が恋しくなった時もあったのに。今度は、その逆か。
いつの間にかこの街に、溶け込んでいた藤咲水紀という一人の人間。
御湯ノ水女子大に通ってた頃は、学生の特権だと言って東京を満喫していた。
総務省を辞めた頃は、無気力でだらしなかった。
自分はフリーターだと割り切った頃は、バイトをしながら日々の生活を楽しんでいた。今もその延長だ。
過去には戻りたくない気持ちでいっぱいだ。
でもきっと、実家に戻ったらこの街であった様々な出来事は、あたしの記憶を構成するパーツの一つとしてフラッシュバックする時が必ずある。
この街に戻りたい、あの頃に戻りたい、なんて思うことは必ずある。それも、受け入れなきゃだめなんだろう。
でも、あたしはそんな後ろ向きな気持ちには戻りたくないんだ。
あたしがこの街で出会った人はみな、それぞれの時間軸の中で、前に進んでいる。時の終着点に辿り着き、この世を去った人もいる。
あたしは、止まっていたけど、前に進み始めたつもりだよ。進む人、終わった人、止まっている人、人はみなそれぞれが違う道と時間を持っているんだ。
あたしが今ここで見上げている夕空も、道の反対側から見上げている人にとっては、また違う景色に映っているんだろうな。
人の数だけ、道がある。人の数だけ、世界がある。あたしはそう思ってる。
「(・・・・・・あたしは、この先、どんなことがあっても前だけ向いて生きていこう!)」
しばらく足を止めていたあたしは、そう心に誓って、空を見上げてまた歩いていった。
過ぎ去った時間、過ぎ去った過去は、振り返らずに前を向く。
過去をあれこれ言ったって、過去が変わって現在に変化があるわけじゃない。
見つめる先は未来。目を向けるべきは、道の終点。
「・・・・・・終わり良ければ全て良し、なんて言葉もあるけれど・・・・・・」
あたしは思った。これから歩く道は、いくらでも分かれている。どの道に行ってもいいんだ。
結果として、あたしが歩んできた道が泥に埋もれず、最後には花が咲いた道となるようになれば、ね。




