明日
二話目です。
知代さんの家を出た僕はそのまま、車で地元へと帰って来ていた。まだ夏休み前という事で講義もある————というより、テストも近いのだけど、少しでもはやく済ませておきたい用事があったからだ。
両親にもそれは伝えてあり、何がしかは言われるだろうと覚悟をしていたものの、返ってきた言葉は、よく頑張ったな、というものだった。
一度実家に寄り、そこで車を置いて僕は歩いて目的の場所へと向かった。まずは花屋からだ。あらかじめ両親に言ってあったので手配してくれていたのだろう、名前を告げるとすぐにいくつかの花を持ち寄って来てくれた。その中でも僕の好みと華耶の好みを擦り合わせたものを選び、購入する。店員に用途を告げるときっちりと包装してくれた。
そのままの足で僕は華耶の実家へと向かった。距離はあるが、歩いていけない距離ではない。それに、久しぶりに地元に帰ってきたのだ、少しくらい見て回りたいという思いがあった。
家に着き、そこで僕は僅かばかりか逡巡する。華耶の両親と話すのは大学の入学が決まって以来の事だった。ふさぎ込んでいた僕は葬式に出る事もしなかった————出来なかったし、こうして華耶の実家へとお邪魔する旨を知らせたのも僕の両親だからだ。
数度深呼吸をし、精神を落ち着ける。これで何を言われようと受け止める準備は出来た。意を決してインターホンを押し、しばし待つ。
『……はい』
「お久しぶりです、秋月さん。蒼です」
『まぁ……。そう、どうぞ入って』
インターホンから離れる気配がし、次いで玄関の鍵を開けた音が響いた。横開きのドアを開けて出てきたのは、数年ぶりに見る華耶の母親の姿だった。
————老けたな。それが最初に抱いた感想だった。
最後に見た時よりも皺は増え、そしてその深さも際立っているようだった。それは加齢によるものではないのだろう。どことなく疲れたような気配が漂っていた。
「本当に久しぶりだわ。今大学三年生だったかしら?」
「はい、だいぶ教科も専門的になってきて、ついていくのがやっとです」
「それなのに、今日は講義を休んでまで来てくれたのよね。榎田さんから話は聞いているわ」
そう言って秋月さんは微笑んだ。疲れが滲んでいるものの、華耶を思わせるような笑顔だった。
それからしばらく世間話に花を咲かせた。やはり僕の杞憂は杞憂にしか過ぎないのだろう、懸念していたように詰られたりすることもなく、時間はあっという間に過ぎていった。
「……華耶さんに、線香をあげてもいいですか?」
「もちろん、あの子も喜ぶわ。……よかった、乗り越える事が出来たのね」
涙を滲ませながらの秋月さんの言葉に、僕はあえて答える事はしなかった。僕だけによるものではなく、華耶の力があったからこそ僕は前を向く事が出来た。それを無視する事なんて出来やしない。
秋月さんの案内の下、仏壇のある和室へと通される。
襖をあけ、僕はその部屋に踏み入った。そして、否が応にも目に入ってしまうそれへと近付く。仏壇の中央、そこには僕も見知った彼女の遺影が掲げられていた。
「……華耶」
ぽつりと呟く。湿っぽくなってしまっただろうか。そんな風にならないようにあらかじめ気を引き締めておいたはずだったのに。
僕は再び気を落ち着けるように深く深呼吸した。これくらいの失礼は見逃してほしいものだ。
秋月さんに一言断ってから、僕はろうそくに火をともし、線香を近づけた。そしてりんを二度鳴らし、手を合わせる。
拝啓、華耶。僕の思いは届いているだろうか。僕のふがいなさが原因で君に来させてしまった事、あれからずっと後悔している。死んでしまった後はどうなるのか分からないけど、君の性格と、最後の姿を見た限りかなりの無理をしたのだろう。僕のためにあれだけの無理をしてくれた事は正直なところ嬉しい。でも、前々から言ってきた事だけど、君は自分をもっと大切にするべきだ。今となっては意味のない事かもしれないけれど。
君のおかげで僕はどうにか前に進んでいけそうだ。この一年間こうして会いに来られなくてごめん。これからはなるべく多く来るから、どうか許してほしい。君の墓もいずれ参らせてもらおうと思う。
君が大丈夫、と言ってくれた事、全てを実現してみせるよ。なんたって君のお墨付きだ。ただちょっと、新しく彼女を作るというのは、少しばかり難しそうだ。なんて言ったら、君はやっぱり怒るだろうか。それとも呆れるだろうか。
「————っ」
なあ、華耶。これで最後にするから、少しだけ君の事を想ってもいいかな。
♦
随分と長く手を合わせていた。僕は秋月さんにありがとうございます、とお礼を伝えようと振り返る。だけど、その言葉はすぐには出せなかった。
僕の後ろで秋月さんは静かに涙を流していた。僕はすぐにもう一度仏壇の方へと顔を向け、さりげなく顔を拭った。
ややあって秋月さんから声がかけられる。気持ちの整理がついたのだろう。
「ごめんなさいね、みっともないところ見せちゃって」
「いえ、そんな。僕には何も言えませんよ」
「今日はこっちに泊っていくのかしら?」
「いえ、明日にも講義があるので、戻ろうと思ってます」
「そう……。大変なのね、夫にも会って欲しかったのだけど……」
大悟さんは仕事の関係上今日会う事は出来なかった。近々会う機会を設けた方がいいだろう。
これで僕はやっと前を向く事が出来る。華耶がいない隣は寂しく、どうしようもなく冷たいけれど、それでも世界は回っている。僕の中の世界は続いていく。僕を、そして華耶が生きた証を次へとつないでいくために。
華耶の家を出た僕はそのまま実家に戻った。両親にももう少しいるように言われたけど、それはまた今度という事で、その日の夕方近くに家を出た。車から見える夕日はどこかあの日のもののようにきらきらと輝いているような気がした。
僕と彼女————華耶の物語。長いようで短いそれは、確かに終わりを迎えたのだろう。ここからは僕の、僕だけの物語が始まる。
華耶に誇れるだけの僕になるための、そんな物語が。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。今話で四章は終わりです。最後のエピローグは明日更新したいと思います。
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