一章 十五話 実らない実
ちょっと油断してたら更新が止まってた……精進します。
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休憩の後にもまた二人で機織による織物を再開する。
メリアドールの体は存外に器用にできていたようで、おばさんとふたりの分があれば数日中には服を一着仕立てる分に到達できるのではないかという段階に達した。
そのやる気の原動力は、やはり仕事の楽しさと……レイラへの思いからか。
是非とも自分が作った布でできた服を着て欲しい。
前世では口下手で人付き合いの苦手だった頃はそうできたらいいなと思って、結局実行できずにいた。
それでも拙いながらも折り紙を折っては年下の親族らに手渡したりしたものだ。
一生懸命に布を織った代償に備蓄してた糸の残りが、この布で服を仕立てる頃には無くなりそうになっていた。
そのことに気づいたのか、今度来る行商人の方から買こうかなとおばさんの口から呟きが溢れた。
「しかしよく頑張ったねぇ。この調子だとあと二日で必要な量ができるよ」
「」
「きっとレイラも喜ぶだろうねぇ……と、そろそろ夕飯の支度をしないと」
「あ、僕が機織を片付けておきますよ」
「そうかい? それじゃお願いしようかね」
夕飯の支度に向かったおばさんを見送ったあと、二人で作業をした跡を片付けた。
残った糸を巻いて保管し、糸くず等は一纏めにする。火起こしの種火を育てる為の燃料として再利用できるからだ。そして仕上がった布地を別の木製の棒に巻き取っていく。二人の分をそれぞれ巻き取ると、それなりの厚みになっている。
今は単色の布しか織れなかったが、次に服を仕立てる時には少し難易度を高くして、模様入りのものを織ってみたいなと心に秘めた。
「んー、頑張ったなぁ」
目に見える成果だからか、感じる満足の度合いが違った。
物作りの場合はこうして出来上がったものが自分がどれだけ頑張ったのかが分かる。その布の巻物をそっと手でなぞりながら、どんな服になるだろうかを想像してみる。それだけで胸に温もりが宿った。
「そういや僕のあの服、修繕したいなぁ」
糸と布さえ手に入るなら、針仕事を覚えて自分の最初の衣服──無駄にお金が掛かってそうなゴシックドレス──を修繕したい。けどそこまで至るのにはまだまだ自分は未熟だろうと推測する。
何事も、順序よくこなしていかなければ。
第一、肝心な布と糸の調達の目処が立ってないのだから。
「最悪人に頼むにせよ、やっぱりお金稼ぎだよね。明日、行商人さんに売れる商品を準備できるかが鍵かな」
出来上がった布をそっとしまい込むのと同時に、レイラが帰宅した。
どことなくホクホク顔を浮かべているところをみるに、なにかいいものを見つけたのかなとメリアドールは察する。
「お帰り、レイラ。なにかいいものでも見つけた?」
「ただいま! ちょっと待ってねメリア」
ルンルン、と鼻歌が聞こえそうなぐらいに軽やかな足取りで、まずは奥にいるだろうおばさんへと挨拶しに行くレイラを見送る。
そのままレイラが戻ってくると、得意げにしながらメリアドールの右手をとって、レイラに渡したガラス瓶の中身を手のひらに零した。
まん丸で赤みがかった固いものだった。それはほんのりと光沢があって綺麗だった。大きさはこちら側で言うところのビー玉ぐらいの大きさで、真球に似た丸みを帯びて……なにかの植物の縁がついている。
ただその形状がメリアドールの、それも前世の記憶に引っかかった。もう少しで思い出せそうな所までこみ上げてきた情報を、レイラの言葉が引っ張り上げた。
「実らない実だよ」
「実らない実?」
実らない実なんて何だろう?
ただ、実という言葉からその赤い玉のようなモノの正体がうっすらと輪郭を浮かび上がってきた。
「うん。すごく固い実でね、撒いても実らないの。まるで宝石みたいだからどうかなって」
「ふむふむ」
「時々歩いていると、森の浅いところで転がっていたの。たまに薬草詰みにいってると見つけるの」
時には地面の中から掘り出されることがあるらしい。普通はそんな状況なら発芽してなにか育ってもいいものだが、不思議とその実は植えても発芽せずにそのままであるらしい。ちなみに大人が潰してみようとしたところ、歯が立たなかったそうだ。木槌で潰そうとしたら、逆に木槌にくい込む程の硬度を発揮したらしい。
以後は村ではこの赤くて綺麗な実を宝石の一種みたいに飾りに用いたりするようになったという。
「だから実らない実、なんだね。けどちょっとそれは勘違いかも」
「え?」
レイラの目の前で赤い実をそのままキュっと力を込める。メリアドールが思い浮かべる通りのモノであるなら、きっとこの実らない実の正体は彼女のよく知るモノ、ないしはそれに類するモノである可能性が高い。
レイラどころか大人のの力でもびくともしなかった赤い実が、パシっという音とともに割れる。人外の怪力の前には流石の実らない実も敵わなかったようだ。割れた赤い表皮の中から現れたのは白い実が四粒。
「あれ、実から白いのがでてきた」
「やっぱり。ちょっと待ってね」
あるものを持って、一端家の外にでる。
あるものこと昨日説明の為に作った硝子の器に、地精霊にお願いして植物の育成に適した土に変換してもらったものを満たす。中に戻っては、その白い種の一つを衣服の袖で磨くいてから植えた。
「本当はじっくり育てるのがいいのだけど、ちょっと精霊さんにお願いするね」
そっと思念で樹精霊に生育を促してもらいながら、水精霊に水を適量与えてもらう。
変化は劇的であった。
ぐっと芽吹くとそれがスルスルとまっすぐに伸びる。その茎には少々痛そうな棘が備わっていた。
最後にひとつの蕾が一番上に付く。それがフワリと花開く。
大きな一輪の、メリアの目の色と同じ緋色の大輪。その漂う香りにレイラは気づいた。
「あれ、この香り……メリアの髪の毛からの匂いに似てる」
「そうなんだ。えっと、このお花の名前は薔薇っていうんだよ」
「バラ? こんな綺麗なお花みたことがないかも」
やはり薔薇実の一種であったらしい。仕事場で季節のアレンジをする際に時より使われる素材で、大抵は枝に付いたままの野薔薇を用いる。そして種から育てる物好きだった場合、その実から取り出した種から薔薇を育てるのだ。ただ剥いただけでは表面に存在する発芽を抑制する物質のせいで育たないので、取り出したあとに発芽を抑制する物質を拭い取ってから植えなければならない。
遅れながら、開いた花の形状がメリアドールの知識を起こす。どうやら種から育てたものを見たことがないだけで、育った物なら見たことがあるらしい。
先代のメリアドールが好んだこの薔薇は、同じ夜の民が趣味で作った品種だった。
夜の民は長生き故に、多くは暇つぶしと称して様々な物に手を出す。その中で生まれたものは意外と多いが、それは全て同族らの間にしか伝わらない。
本来の野生種の薔薇から数多の品種改良を隔てて生まれたこの薔薇は、緋王を称えるという意味でこの名前が与えられている。
体からこみ上げてくる切ない懐かしさに、レイラにこの花についてのお話を伝えたくなった。
勿論、ぼやかすのを忘れない。
「薔薇というのは大まかな種類の名前でね。昔の国で、この薔薇を作った人がこの薔薇にこう名付けたんだって。
──メリアドールって」
「え、それって」
「偶然だけど、素敵だよね」
「そっか、いい名前だね」
にっこりと微笑みながら、花開いた美しい緋色の薔薇を愛でる。
そのときメリアドールの体の中を、何かがザワリと蠢いた気がした。
吸血衝動の時に覚えた巡りとはまた異なった、身の内側を流れる別の気配。
きっと気のせいだと思った時には、レイラがこのお花を貰っていい?と訪ねてた。
「うん? いいよ。……結構繊細な子だけど、ちゃんと育てたら毎年お花を咲かせてくれる子だから、頑張ってね」
「わあい!」
無邪気に喜ぶ顔を見ているうちに、一瞬感じた違和感は忘却の彼方にあった。




