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自己愛者(ナルシシスト)の婚約者から逃れて:バリ島で私を救ってくれた人  作者: NoxVane


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第78章 サヌールの空の下での別れ

今朝のアルカディア・プライムのオフィスには、どこか落ち着かない空気が漂っていた。エアコンの効きが悪いわけでも、コーヒーマシンが故障したわけでもない。全社員のメールに届き、デジタル掲示板にも掲示された、ある通知のせいだった。


「タウンホール・ミーティング ― 特別発表。午前10時。全社員出席のこと」


受付デスクでは、ミラとセラが眉をひそめて顔を見合わせていた。


「バスカラ部長が急にタウンホールを開くなんて珍しいわね。また監査かしら?」ミラが不安げに囁く。


セラは首を振り、まだ主のいないトリアのデスクに目をやった。「でも、トリアさんもユダさんもまだ来てないの。いつもは時間通りなのに、渋滞にでも巻き込まれたのかしら?」


午前十時整。社員たちは広々とした中央ホールに集まった。前方に立つバスカラ・リンタンの表情は読み取りにくく、誇らしさと寂しさが入り混じっているようだった。その隣には、ユダとトリアが並んで立っている。


ユダはお気に入りの薄いブルーのシャツを纏い、トリアは白いブラウス姿で凛としていた。二人は微笑んでいたが、その瞳には隠しきれない感慨が浮かんでいる。


「皆さん、おはよう」バスカラが口を開くと、静まり返った室内にその声が響いた。


「今日集まってもらったのは、目標や問題について話し合うためではありません。私たちの最高の家族である二人の門出を祝うためです」


「えっ?」


部屋のあちこちから驚きの声が上がった。ミラは思わず口を手で覆い、目を見開いてトリアを凝視した。


「名残惜しくはありますが、誇りを持って発表します。ユダ・プラディプタとトリア・マヘスワリが辞職を願い出ました。本日をもって、二人は正式にアルカディア・プライムを去ることになります」バスカラが言葉を継ぐ。


静寂が破られた。囁き声はすぐに大きな動揺へと変わる。


「競合他社へ移籍するわけではありません」バスカラはユダに視線を送り、微笑んだ。「二人はニュージーランドで、新しい生活とキャリアをスタートさせます」


「えええっ!?」


ミラの叫び声はもう抑えられなかった。彼女は人混みをかき分け、後を追うセラと共に二人の前へと飛び出した。


「トリア! 本気なの!? ニュージーランドだなんて!」ミラは叫び、その瞳にはすでに涙が溜まっていた。


トリアは頷いた。親友たちの反応を目の当たりにし、目尻から涙が溢れ出す。「ええ、ミラ。今まで黙っていてごめんなさい……」


合図もなしに、ミラはトリアを力いっぱい抱きしめた。そのまま堰を切ったように泣き出す。「ひどい! ひどすぎるわ、今さら言うなんて! 婚約のためにジャカルタへ帰るだけだと思ってたのに、まさか国を出ちゃうなんて!」


セラもその輪に加わった。平静を装おうとしていたが、涙をこらえることはできなかった。「嬉しいわ、トリア……でも、二人がいなくなると本当に寂しくなる」


トリアは二人を抱き返し、涙を流した。「ありがとう。ここであなたたちに出会えて、本当に良かった。一生忘れないわ」


会場は感動的な空気に包まれた。他のスタッフたちも次々と歩み寄り、ユダとトリアに握手を求め、祝福と別れの言葉を贈った。ユダはプロジェクトチームのメンバーに囲まれていた。リオは目を真っ赤にしながら、ユダの背中を力強く叩いた。


「向こうでも頑張れよ、相棒。地元のプロジェクトで戦ってる俺たちのことを忘れるなよ」リオの声は掠れていた。


「もちろんだ。お前たちは最高のチームだよ。ここの基準をしっかり守ってくれ」ユダはリオの手を固く握り返した。


◇◇◇


感情の波が押し寄せた発表会の後、ユダとトリアは最後の事務手続きのためにバスカラの部屋を訪れた。


バスカラは署名が必要な書類をいくつか差し出した。そして、目の前の二人を父親のような温かい眼差しで見つめた。


「書類はすべて整った。推薦状も、在職証明書も、すべてだ」バスカラは眼鏡を外し、椅子の背もたれに体を預けた。


「ユダ、トリア……ありがとう。君たちはこのオフィスに彩りを与えてくれた。ユダはそのリーダーシップで、そしてトリア……君は、あの困難に立ち向かったその強さで」


「こちらこそ、ありがとうございました、バスカラ部長。部長は私たちにとって、ここでの父親のような存在でした。あの時、トリアを守ってくださって本当に感謝しています」ユダが心からの言葉を述べた。


「それが私の役目だ。ああ、そうだ」バスカラは引き出しを開け、厚みのある二つの封筒を取り出した。「これはささやかな退職金と業績ボーナスだ。取締役会も、君たちへの感謝として早期の支払いに同意してくれた。向こうでの生活資金にしなさい」


トリアは胸が熱くなった。「部長……こんなにたくさん、いただけません……」


「受け取りなさい。向こうの物価は高いだろう? 遠くへ旅立つ子供たちへの、父親からの餞別だと思ってくれ」バスカラは優しく微笑んで言葉を遮った。


ユダとトリアは、バスカラの手を敬意を込めて握った。これほど素晴らしい上司の元を去るのは心苦しかったが、彼の祝福こそが何よりの宝物だと二人は知っていた。


◇◇◇


夕方、退勤の時間が近づくと、トリアとユダはオフィスの横にある駐車場で驚くべき光景を目にした。


長いテーブルが並べられ、ピザの箱やナシ・トゥンペン、色とりどりの軽食が所狭しと置かれている。プルメリアの木には、素朴な風船が吊るされていた。


「サプライズ!」


二人がロビーから出てくると、全社員が一斉に声を上げた。


トリアは驚きと感動で口を押さえた。「皆さん……いつの間にこんな準備を?」


「今朝の発表の後、すぐにみんなでカンパしたのよ!」目は腫れているが、再び笑えるようになったミラが声を上げた。「急遽用意した送別会よ! 拒否権はないからね!」


普段は滅多に姿を見せない社長までもが上の階から降りてきて、二人に握手を求めた。夕暮れの空気はとても温かかった。部署の垣根はなく、全員が混ざり合い、笑い、共に食事を楽しみながら、ユダとトリアとの思い出を語り合った。


宴の最中、一台の車が駐車場に入ってきた。シャニアが車から降り、大きな包みを抱えてやってくる。


「シャニアさん!」トリアが呼んだ。


シャニアは満面の笑みを浮かべて歩み寄り、知り合いたちに挨拶を済ませると、トリアとユダを抱きしめた。


「セラさんに誘われたの。送別会をやってるって」シャニアが言った。「どう? 準備は整った?」


トリアは周囲を見渡した。笑い合う友人たちの顔、自分に二度目のチャンスをくれたオフィス、そしていつも美しいバリの空。


「寂しいです、お姉ちゃん。でも、覚悟はできています」トリアは力強く答えた。


宴は日が沈むまで続いた。同僚たちは一人、また一人と、最後の抱擁と祈りを捧げて去っていった。ミラとセラは最後まで残り、トリアがシャニアの車に乗り込むのを見送る際、再びその瞳を濡らした。


「ビデオ通話、絶対に忘れないでね! 忘れたら承知しないから!」ミラがしゃくりあげながら脅した。


「ええ、分かってるわ。必ずね」トリアも涙を拭いながら約束した。


◇◇◇


その夜、シャニアの家のリビングには、大きなスーツケースが整然と並んでいた。明日の朝、二人はシドニー経由でオークランドへと飛び立つ。


ユダは最後のパッキングのために自分の家へ戻り、トリアはシャニアと最後の夜を過ごすことになった。


二人はリビングのカーペットに座り、二つのホットチョコレートを手にしていた。家の中は静かだったが、濃密な感情が満ちていた。


シャニアはトリアをじっと見つめた。その瞳が潤んでいる。


「あっという間だったわね、トリア。泣き腫らした目でここに来て、私の腕の中で泣きじゃくっていたのが、つい昨日のことみたい」シャニアが静かに言った。


トリアは微笑み、カップを置いた。「ええ、お姉ちゃん。あの時の私は本当にボロボロで、人生が終わったと思っていました」


「今のあなたを見て」シャニアはトリアの頬に触れた。「あなたは海外へ行く。素晴らしい婚約者と一緒に、新しい夢を追いかけるために。あなたは癒えたのよ、トリア。あなたは勝ったの」


トリアは身を寄せ、シャニアをきつく抱きしめた。実の姉のような存在である彼女の肩に顔を埋める。


「全部、お姉ちゃんのおかげです。私を受け入れてくれて、仕事を与えてくれて、バスカラ部長を紹介してくれて……お姉ちゃんがいなかったら、今の私はありません」


シャニアはその抱擁を返し、トリアの髪に涙を落とした。


「あなたのことを誇りに思うわ。本当に。女性は強いんだって、あなたが証明してくれた。ハルランなんて必要なかったし、悪い人間からの承認もいらなかった。あなたは自分の足で立てるようになったのよ」


シャニアは体を離し、トリアの目を真剣に見つめた。


「向こうでも体に気をつけてね。ニュージーランドは寒いけれど、ユダが温かい毛布になってくれるはずよ。もし彼が変なことをしたら、すぐに私に電話しなさい。ニュージーランドまで飛んでいって、耳を引っ張ってやるから」


トリアは泣き笑いした。「はい、お姉ちゃん」


「それから、一つだけ覚えておいて」シャニアは優しく付け加えた。「どこにいても、この家はあなたの家よ。バリが恋しくなったり、帰る場所が必要になったら……合鍵はいつもの場所にあるからね」


トリアは再び涙を溢れさせ、力強く頷いた。「ありがとう、シャニアさん。本当に、ありがとうございました」


その夜は、距離や時間を超えて決して切れることのない、姉妹のような絆の温かさに包まれて更けていった。トリアは満たされた心で眠りについた。彼女がバリを去るのは逃げるためではない。前へ進む準備ができたからだ。


バリは彼女を癒した。そして今、世界が彼女を待っている。



第78章、お読みいただきありがとうございます。

アルカディア・プライムとの別れ、そしてシャニアとの最後の夜。

涙と感謝に満ちた、 Baliでの最終章でした。

次章はいよいよニュージーランドへ!

オークランドでの新生活、そしてユダとの結婚式の準備などが描かれます……?

新しい舞台での二人の活躍を、どうぞお楽しみに。

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