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自己愛者(ナルシシスト)の婚約者から逃れて:バリ島で私を救ってくれた人  作者: NoxVane


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第77章 新たな地平へ

「ニュージーランド?」


レトノが声を上ずらせて聞き返した。まるで娘から、火星に移住するとでも告げられたかのような驚きようだった。


「トリア……あんなに遠いところ。世界の果てじゃないの」


ようやく落ち着きを取り戻していたアルウィンも、再び背筋を伸ばした。眉間に深い皺を刻み、説明を求めるようにユダを凝視する。


「ユダ君、なぜそんなに遠くなんだ? ジャカルタやバリでは、まだ狭すぎるというのか?」


アルウィンの問いに棘はなかったが、父親としての切実な不安が滲んでいた。ようやく手元に戻ってきた娘を、また手の届かない場所へ放さなければならない。その葛藤が声に震えを与えていた。


ユダは座り直し、トリアの両親と正面から向き合った。アルウィンの鋭い視線から目を逸らすことはない。


「お父様、お母様、ご不安はもっともです」ユダは静かに、しかし毅然と言葉を紡いだ。「実を言えば、あちらでの仕事は学生時代からの夢でした。ですが、最大の理由はキャリアのためだけではありません」


ユダは隣のトリアに一瞬だけ視線を送り、再びアルウィンを見据えた。


「これまでに起きたこと……ハルランによる執拗な嫌がらせ、トリアがジャカルタで負った心の傷、そしてバリにまで追いかけてきた忌まわしい記憶。それらを断ち切るために、私たちは全く新しい場所が必要だと考えたのです。過去に怯えることなく、真っ白な状態で人生をやり直せる場所が」


トリアはテーブルの上で母親の手をそっと握りしめた。


「お母さん、あそこはとても静かな場所なの。空気も涼しくて、カリウランに少し似ているわ。ユダはあちらで素晴らしい役職に就くし、私は……私は彼を支えたいの」


レトノは娘の瞳を見つめた。そこには、長い間失われていた輝きがあった。恐怖に怯える色ではなく、未来を見つめる希望の光。


「でも……あんなところで一人ぼっちにならないかしら。親戚も友達もいないのに……」レトノの声が細くなる。


「ユダの友人がいるわ、お母さん。アルデンさんと奥さんのナディアさん。とても良い人たちで、二人が色々と手伝ってくれているの」トリアが畳みかけるように説明した。


アルウィンは深く息を吐き、木製の椅子の背もたれに体を預けた。そして、射抜くような視線でユダを見つめる。


「ユダ君、その覚悟はできているんだろうな? 私の娘を異国の地へ連れて行くということは、君が彼女の唯一の支えになるということだ。彼女が病に倒れた時、悲しみに沈んだ時、家を恋しく思った時……彼女には君しかいないんだぞ」


「重々承知しております」ユダの答えに迷いはなかった。「誓います。私の命がある限り、トリアを一人にはさせません。どこにいても、私が彼女の帰る場所になります」


居間に沈黙が流れた。古い柱時計の刻む音だけが、規則正しく響いている。


やがて、アルウィンの口元に微かな笑みが浮かんだ。彼はゆっくりと頷いた。


「分かった。それがお前たちにとって最善の道なら、私は止めまい。翼の癒えた鳥は、高く飛び立たねばならんからな」


「お父さん……」トリアの瞳が再び潤んだ。


レトノも涙を拭い、諦め混じりの、しかし慈愛に満ちた笑みを浮かべた。「お前たちが幸せなら、それでいいわ。でも約束して……頻繁に電話をちょうだい。帰る道を忘れないでね」


「もちろんよ、お母さん。約束するわ」トリアは再び母親を抱きしめた。


◇◇◇


張り詰めていた空気は、皿の上の揚げバナナがなくなる頃にはすっかり解けていた。レトノは男たちのために追加のコーヒーを淹れに席を立ち、トリアはしんみりした雰囲気を変えようと、茶目っ気たっぷりに話し始めた。


「そういえばお父さん、お母さん。ユダがどうやってプロポーズしたか知りたい?」


トリアは悪戯っぽく笑い、コーヒーを啜っていたユダに視線を送った。ユダは思わずむせ、きまり悪そうにカップを置いた。「トリア……そんな細かいことまで話さなくていいだろう」


「いいえ、話すべきよ! お父さんに、この未来の婿殿の正体を知ってもらわなきゃ」


顔を赤らめるユダを見て、アルウィンが声を上げて笑った。「ほう、どんな方法だ? ヘリコプターでも使ったか? それとも看板でも立てたのか?」


「違うわよ」トリアはくすくすと笑った。「あの時、ユダの家族と一緒にテレビを見ていたの。そしたら彼、いきなりテレビを消して、私の前で膝をついたのよ。ロマンチックでしょう?」


「あら、映画みたいじゃない」おつまみの瓶を抱えて戻ってきたレトノが相槌を打つ。


「ええ、最初はそうだったわ。でも、彼が私の頬にキスしようとした瞬間……」トリアは笑いを堪えながら続けた。「ユダのお母さんのラティさんが、後ろから彼の襟首をひっ掴んで叫んだの。『ちょっと! まだ正式な夫婦じゃないわよ! 煩悩を抑えなさい!』って」


「わはははは!」


アルウィンの爆笑が居間に響き渡った。レトノもお腹を抱えて笑い転げている。


「やれやれ……彼のお母さんはなかなか厳しい方のようだな」アルウィンが笑いながら尋ねた。


ユダは両手で顔を覆い、まな板の上の鯉のように諦めの境地に達していた。「母はあんな性格なんです。けじめに関しては、人一倍厳しくて……」


「それがいいんだ!」アルウィンはユダの腿をポンと叩いた。「お母様は筋の通った方だ。気に入ったよ。宗教的な教えや礼儀を重んじる家庭なら、安心してトリアを任せられる」


「妹のファラなんて、大騒ぎしながら全部動画に撮ってたのよ。あの一家は本当に賑やかで、全然堅苦しくないの」トリアの瞳がキラキラと輝く。


アルウィンは頷き、笑いの余韻を楽しみながら言った。「良かった。ジャカルタの金持ちと聞いて、高慢で冷たい人たちだったらどうしようかと心配していたんだが、杞憂だったようだな」


「今度ぜひ、父に会ってください。父も冗談が好きですから、きっと気が合うと思います」ユダは失った威厳を取り戻そうと、努めて真面目に提案した。


「ああ、そうしよう。正式な結納の時には、じっくり語り合いたいものだ。いい親戚付き合いができそうだな」アルウィンは上機嫌で応じた。


その夜のカリウランには、もう隠し事などなかった。そこにあるのは笑い声と、未来への計画。そして、まだ見ぬ二つの家族が、同じ赤い糸で結ばれ始めた確かな予感だけだった。


◇◇◇


続く二日間、トリアとユダは現実に戻る前のひとときをジョグジャカルタで過ごした。混雑した観光地には目もくれず、ただこの愛すべき街の空気を吸い込み、心を満たしていく。


朝は、アルウィンの趣味である蘭や盆栽の水やりを手伝った。普段はプロジェクトの設計図を握っているユダの手が、今は剪定鋏を握っている。結婚生活と同じように、忍耐が必要な盆栽の手入れについて語るアルウィンの言葉を、ユダは敬虔な面持ちで聞き入っていた。


昼には、レトノに連れられてブリンハルジョ市場へ向かった。高級なバティックを買うわけではなく、市場の入り口で売られている素朴な野菜料理、プチェル・スンゴルを頬張る。


「ユダ君、お味はどう?」辛さに汗を流すユダを見て、トリアが尋ねた。


「最高だよ。辛いけど、癖になる味だ」ユダは汗を拭いながら答えた。気取らずに路上の食事を楽しむ未来の婿を見て、レトノは満足げに微笑んだ。


夕暮れ時、二人はトゥグ駅近くの屋台、コピ・ジョスに座った。ゴザの上に胡坐をかき、ストリートミュージシャンが歌うKla Projectの『ジョグジャカルタ』のメロディに耳を傾ける。


「ねえ、ユダ」トリアは熱い炭の入ったコーヒーをかき混ぜながら呟いた。「以前は、ここへ帰るのが怖くてたまらなかった。お父さんやお母さんに、失敗した自分を見せて失望されるのが怖かったの」


街灯の淡い光の下で、ユダは優しく彼女を見つめた。「今は?」


「今は分かるわ。家というのは、成功を誇示する場所じゃない。疲れた時に帰り、癒されるための場所なんだって」トリアはユダの肩に頭を預けた。「そして今、私には二つの家がある。一つはカリウラン、そしてもう一つは……あなたの隣」


ユダは微笑み、トリアの頭頂部に軽くキスを落とした。「そしてもうすぐ、オークランドに三つ目の家を建てよう」


◇◇◇


出発の日が来た。壮麗なジョグジャカルタ国際空港(YIA)が、別れの舞台となった。


レトノはトリアを長く抱きしめ、涙を堪えることができなかった。


「体に気をつけるのよ。食事を抜いちゃだめ。何かあったらユダ君に相談して、一人で抱え込まないでね」レトノが啜り泣く。


「分かってるわ、お母さん。お母さんも元気でね」トリアは努めて明るく振る舞おうとしたが、その瞳も潤んでいた。


アルウィンがユダの前に立った。初老の男は未来の婿をじっと見つめ、手を差し出した。二人の握手は強く、固かった。


「私のたった一人の宝物を、君に託すよ」アルウィンが重々しい声で言った。「ユダ君、君を信じている。彼女を導き、異国の地で守ってやってくれ。もし彼女が間違ったことをしたら、優しく諭してやってほしい。決して傷つけないでくれ」


「約束します、お父様。頂いた信頼は、私の誇りです」ユダは真摯に答えた。


「気をつけて。バリに着いたら連絡しなさい」


トリアとユダは出発ゲートへと歩き出した。エスカレーターが二人を階下へ運ぶ直前、一度だけ振り返る。アルウィンとレトノはまだそこに立ち、子供たちの姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。


◇◇◇


デンパールへと向かう機内、トリアは窓際に座り、幾重にも重なる白い雲の海を眺めていた。


肘掛けの上で、彼女の手はユダの手と固く結ばれている。


不思議な感覚だった。いつもなら両親の家を離れる時、胸に重い塊が残るはずなのに。今回は違った。


満たされていて、そして、軽い。


過去の重荷はすべて両親の前で下ろし、彼らはそれを受け入れてくれた。祝福という名の免罪符を手にし、トラウマは置き去りにしてきた。


トリアは隣で目を閉じて休んでいるユダを見つめた。感謝の念が込み上げる。


(私を家に連れ戻してくれてありがとう、ユダ)


今、彼女にはバリで果たすべき最後の大仕事が残っている。アルカディア・プライムとの別れ。二人が出会い、彼女が涙を流し、そして再生したあの場所。


飛行機が高度を下げ始めた。眼下には、輝く青い海に囲まれた神々の島が見えてくる。


「起きて、お寝坊さん。着いたわよ」トリアが優しく囁いた。


ユダは目を開け、晴れやかなトリアの顔を見て微笑んだ。


「新しい冒険の前の、最終章へ向かう準備はいいかい?」


トリアは力強く頷いた。


「ええ、準備はできているわ」



第77章、お読みいただきありがとうございます。

ジョグジャでの温かな時間、そしてご両親からの祝福。

ユダとアルウィンさんの絆、深かったですね。

次章はいよいよバリへ戻り、アルカディア・プライムとの別れが描かれます。

ミラやセラ、そしてシャニアとの別れ……涙なしには読めないかもしれません。

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