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第45章 感情から逃げるのをやめる

再び活気を取り戻し始めたオフィスの廊下に、ユダとトリアの足音が静かに響き渡る。通り過ぎる数人の社員が二人の方に視線を向けたが、ユダは気にする様子もなかった。


ユダはトリアのデスクのすぐ横で足を止めた。両手をスラックスのポケットに差し込み、温かみのある微かな微笑みを浮かべて彼女を見つめる。


「じゃあ、仕事に戻って。頑張ってね」


ユダが声をかけると、トリアは小さく頷いた。ショルダーバッグのストラップを握る指先に力が入る。先ほどレストランでナディアにからかわれた時の火照りが、まだ頬に淡く残っていた。


「うん、ユダ。今日はランチに誘ってくれてありがとう」


トリアが柔らかく返すと、ユダはもう一度頷き、いつもよりほんの一秒長く彼女と視線を合わせた。


それからユダは背を向け、自分の執務室へと軽やかな足取りで向かっていった。その逞しい背中が、自動で閉まるガラス扉の向こうへと消えていく。


トリアは深く息を吐き出し、デスクの方を向いた。その唇には、自然と小さな笑みがこぼれていた。


しかし、その笑みはすぐに凍りつくことになる。


目の前では、すでにミラとセッラがそれぞれの椅子に座り、体をこちらに向けて待ち構えていた。その鋭い眼差しは、獲物の隙を狙う捕食者そのものだ。


「コホン」


ミラがわざとらしく大きな咳払いをした。


トリアは唾を飲み込み、何でもないふりをしてゆっくりと席に着くと、パソコンの電源を入れる作業に没頭するふりをした。


「それで……デートはどうだったの?」


セッラが単刀直入に切り込んできた。


トリアは激しく刻む鼓動を悟られまいと、努めて冷静さを保とうとする。デスクの上のボトルを手に取り、水を一口含んだ。


「何言ってるの、セッラ。ただの普通のランチよ。あそこで偶然、ユダの古い友人に会っただけ」


トリアは平然を装って答えた。


ミラは目を細め、キャスター付きの椅子をトリアのデスクに膝が触れるほど近づけた。


「古い友人? それって、ユダさんが自分の友達にあなたを紹介したってこと?」


ミラの声のトーンが語尾に向かって上がっていく。


トリアはためらいがちに頷いた。「ええ……ナディアさんと、旦那さんのアルデンさん。今、こっちに休暇で来てるんですって」


セッラはドラマチックに両手で口を覆い、目を見開いてミラを見た。


「ミラ、聞いた? 彼、自分の『親しいサークル』に彼女を紹介したのよ!」


セッラが興奮気味に声を上げる。


ミラも顔を輝かせ、熱心に頷いた。


「それは強力なサインよ、トリア! 男の人が親友に女の子を紹介するなんて、よっぽどのことがない限りあり得ないわ。つまり……」


ミラは言葉を切り、眉を上下に動かして含みを持たせた。


「……つまり、将来の奥さんとして紹介したかったのよ!」


セッラが素早く言葉を継いだ。


ぽっ。


トリアの顔は耳の先まで一瞬で真っ赤に染まった。熱い感覚が顔全体に広がっていく。


「もう! 二人とも何を言ってるの! 想像力が豊かすぎるわ!」


トリアはノートでミラの腕を軽く叩きながら、必死に否定した。


「変な噂を流さないで。ただ楽しくお喋りしただけなんだから」


そう付け加えたものの、唇に浮かぶ恥ずかしそうな笑みまでは隠しきれなかった。


ミラとセッラは、親友のうろたえる様子を見てクスクスと笑い声を上げた。


「見てよセッラ、頬が茹でたカニみたいに真っ赤。口では嘘を付けても、頬は嘘を付けないわね」


ミラがさらに追い打ちをかける。


トリアは両手で顔を覆い、こぼれそうになる満面の笑みを隠そうとした。恥ずかしさの裏側で、胸の奥には温かな感情が弾けていた。


長い時を経て、初めてその確信が本物だと感じられた。もう、怖くはなかった。


(……たぶん、もう逃げるのはやめる時なんだわ)


トリアは心の中でそう呟いた。



一方、オフィスの反対側では、全く異なる冷ややかな空気が流れていた。


ユニはデスクに座り、マーケティングデータのスプレッドシートが表示されたモニターを虚ろな目で見つめていた。指先が苛立たしげなリズムで机を叩く。


先ほど、ユダとトリアが連れ立って入ってきた光景が、彼女の気分を最悪にさせていた。完敗したような気分だった。昨日仕掛けた遠回しな嫌がらせも、全く効果がなかったようだ。


「ちっ……」


ユニは低く舌打ちをした。


トリアが日に日に大胆になっていくのを感じる。ユニはキーボードの横に置いてあったスマートフォンを手に取った。連絡先リストを開き、今朝手に入れたばかりの名前を探し出す。


ルリ・プラセティオ。


トリアが以前ジャカルタにいた頃、同じビルで働いていた高校時代の友人だ。ユニは発信ボタンを押し、スマートフォンを耳に当てた。


プルル……プルル……。


コール音が響き、電話がつながった。


『もしもし? ユニ? こんな時間に珍しいな』


受話器の向こうから、少し驚いたような男の声が聞こえてきた。


ユニは誰も見ていないにもかかわらず、即座に表情を愛想の良いものへと作り替えた。


「もしもし、ルリ君! 元気? 仕事中にごめんね、ちょっとだけいいかな?」


ユニは作り物のような甘い声で言った。


『元気だよ、ユニ。いいよ、ちょうど休憩中だし。どうしたんだ? 僕に会いたくなった?』


ルリが冗談めかして言う。


ユニは内心で呆れて目を回したが、声のトーンは明るいまま保った。「あはは、相変わらずね。ねえルリ君、昨日話してたトリアさんのこと、もう少し聞きたくて」


『ああ、トリア・マヘスワリ? 彼女がどうかしたの?』


ユニは遠くの事務デスクの方をちらりと見やり、誰も自分に注目していないことを確認した。


「ただの好奇心なんだけど。彼女、前の職場に元彼がいたって言ってたわよね? 名前は……ハルラン、だったかしら?」


ユニが鎌をかける。


『ああ、ハルラン・アディティアだね。こっちのプロジェクトマネージャーだよ』ルリが即答した。『それがどうかした?』


「別に。ただ、そのハルランってどんな人なのかなって。今でも彼女のこと、話したりするの?」


電話の向こうで、ルリがコーヒーをすする音が聞こえた。


『それがさ、ひどいもんだよ、ユニ。トリアが突然辞めてどこかへ消えてから、ハルランはボロボロなんだ』


ユニは背筋を伸ばした。瞳に興味の色が宿る。


「ボロボロって、どういうこと?」


『仕事のパフォーマンスはガタ落ちで、上層部からもこっぴどく叱られてるらしい。噂じゃ、トリアに去られたストレスで相当参ってるみたいだ。職場の連中も、あいつは心ここにあらずだって言ってるよ』


ユニは薄く冷笑を浮かべた。これは面白い情報だ。


「へえ……。じゃあ、彼はまだトリアさんに未練があるってこと?」


『未練どころじゃないよ。昨日も他の部署の連中と飲んでた時、人事の奴にトリアの新しい住所を聞き出そうとして断られたらしいからね』


ユニの唇の端が吊り上がった。狡猾な計画が頭の中で形を成していく。


「そうなの……ハルランさんも可哀想ね」ユニは偽りの同情を込めた声を出した。「ねえルリ君、ハルランさんの連絡先、知ってる?」


『ああ、職場のフットサルグループが一緒だから知ってるよ。どうするんだ?』


「教えてくれない? ちょっと仕事の用件があって。私の会社で、ちょうど彼らの会社みたいなバックグラウンドを持つベンダーを探してるの。コラボできるかもしれないし」


『いいよ、今送るね』


ピコン。


メッセージの着信音が鳴った。ユニはスマートフォンの画面に表示されたデジタル名刺を確認する。


【ハルラン・アディティア ― ナワセナ・テック】


「ありがとう、ルリ君。今度ジャカルタに行ったらコーヒー奢るわね」


ユニはそう言って電話を切った。


スマートフォンをデスクに置くと、画面に映るハルランの名を見つめ、勝利を確信したような笑みを浮かべた。


「ハロー、ハルラン」ユニは低く囁いた。「どうやら、私たちには共通の目的があるみたいね」


自分の手でユダとトリアを引き離せないのなら、他人の手を使えばいい。そして、その汚れ仕事をさせるのに、終わっていない過去の男以上の適任者がいるだろうか。



時間は瞬く間に過ぎ、太陽が西に傾き始めた。オレンジ色の光がオフィスの給湯室の窓から差し込み、タイルの床に長い影を落としている。


トリアはシンクの前に立ち、キャラメルマキアートを飲んだ後のマグカップをすすいでいた。蛇口から流れる水の音が、小さな部屋の静寂を埋める。


水を止め、カップを水切りラックに置いた時、給湯室のドアが開いた。


トリアが振り向くと、空のボトルを手にしたユダが入ってくるところだった。


「あ、ユダ」


トリアが小さく声をかける。


ユダは微笑み、シンクの横にあるウォーターサーバーへと歩み寄った。


「コップを洗ってたのか?」


ユダが何気ない様子で尋ねる。


「ええ、ちょうど終わったところ。お水を入れに来たの?」


ユダは頷きながらサーバーのレバーを押した。冷たい水がボトルを満たしていく。二人の間の空気は、今朝に比べるとずっと軽やかだった。緊張感は消え、心地よい親密さだけが漂っている。


ユダはボトルの蓋を閉めると、給湯室のカウンターにゆったりと寄りかかった。そして、悪戯っぽい目でトリアを見つめる。


「なあ、トリア。ちょっと気になってるんだけど……」


ペーパータオルで手を拭いていたトリアが顔を上げた。「何を?」


「さっきのレストランで……ナディアとずいぶん長く内緒話をしてただろう。一体何を話してたんだ?」


ユダは疑わしげに目を細めて尋ねた。


トリアは一瞬、動きを止めた。ユダは感情に関しては「鈍感」だが、とても誠実だというナディアの言葉が脳裏をよぎる。


彼女の頭に、少し悪戯な考えが浮かんだ。


「ああ……あれね」


トリアは静かに言い、ゆっくりと出口の方へ歩き出した。そしてドアの縁まで来たところで足を止め、振り返ってユダに謎めいた微笑みを向けた。


「内緒」トリアは茶目っ気たっぷりに言った。「女同士の秘密よ」


ユダは呆気に取られた。「え?」


ユダの表情を見て、トリアはクスクスと声を漏らした。彼女はナディアの仕草を真似て、片目をパチンとウィンクしてみせた。


ユダの返事を待たず、トリアはそのまま背を向けて給湯室を飛び出した。鈴の音のような笑い声だけを残して。


ユダはその場に立ち尽くした。何度か瞬きをし、今のトリアの言葉と態度を頭の中で反芻する。


やがて、彼の顔に大きな笑みが広がった。ボトルから水を一口飲み、言いようのない安堵感に包まれる。


「ああ……これは、かなりいい進展だ」


ユダは独り言を漏らした。


ユダも給湯室を出た。自分の執務室へ戻る途中、事務デスクのエリアを通り過ぎる際、彼の目は自然とトリアの姿を探した。


トリアはすでに席に戻っていた。彼女はユダが通りかかるのを察していたかのように、一瞬だけ視線を上げた。


二人の目が合う。


トリアはいつものようにすぐに目を逸らしたりはしなかった。むしろ、笑いを堪えるように唇を噛み、それからゆっくりとパソコンの画面に顔を戻した。その動作は、明らかに楽しさを隠しきれていない。


声のないやり取りはわずか二秒ほどだったが、その効果は絶大だった。


「コホン!」


二つの方向から、同時に大きな咳払いが聞こえた。


ユダとトリアは驚いて肩を揺らした。


ミラとセッラが、二人を交互に見つめながら、これ以上ないほど意地の悪い、からかいの視線を送っていた。


「あらあら、セッラ。目が痛いわ。熱々すぎて、当てられちゃうわね」


ミラがわざと大きな声で皮肉を言った。


「本当ね、ミラ。甘すぎて糖尿病になりそうだわ」


セッラも負けじと応戦する。


ユダは苦笑しながら首を振り、足早に執務室へと入っていった。


一方のトリアは、またしても真っ赤になった顔を書類ファイルで隠す羽目になり、親友二人の満足げな笑い声がオフィスに響いた。


アルカディア・プライムのその日の夕暮れ。山積みの仕事と締め切りの中で、一つの感情がついに、確かな居場所を見つけた。迷いもなく、恐れもなく。

第45章、お読みいただきありがとうございます。

トリアさんの「内緒」というウィンク、ユダさんも嬉しそうですよね!

でも一方で、ユニの動きが不気味に加速しています……。

「ユダトリア可愛い」「ユニ許さない」など、感想をコメントでいただけると嬉しいです。

次章は、少し緊迫した展開になりそうです。ブックマークよろしくお願いいたします。

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