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第九章 満たされた日々

 健介、志津香、小夜の三人での生活は、思っていた以上に穏やかに進んでいった。

 最初のうちはどこかぎこちなさもあったが、日が経つにつれて、その空気も自然と馴染んでいった。小夜は相変わらず健介を「パパ」と呼び、志津香も家の中ではすっかり妻としての立場を確立していた。

 食卓にはいつも温かい料理が並び、夜になると三人でテレビを見ながら他愛のない会話をする。以前の生活とは違う形だったが、不思議と居心地は悪くなかった。

 時々、志津香の両親も遊びに来るようになった。

 祖父の次郎は口数こそ少ないが、穏やかな人柄で、健介のことを何かと褒めてくれた。

「立派だなあ。こんな若いのに、ちゃんと家も守ってて」

 そう言われるたびに、少し照れくさくなる。

 祖母の静江も気さくで、台所に立つと自然と手伝いを始める。

「こういうのは人数が多い方が早いのよ」

 そう言って、手際よく食器を片付けたり、食材を切り分けたりする。

 二人とも気遣いがあり、無理に踏み込んでくるようなこともない。

 健介は、本当に良い舅と姑だと思っていた。

 そんな生活が三ヶ月ほど続いた頃だった。

 ある夜、食後の時間に志津香が切り出した。

「ねえ、健介さん。ちょっと相談があるんですけど」

「どうした?」

「父と母のことなんです」

 志津香は少しだけ言葉を選ぶように続けた。

「この家、広いじゃないですか」

 確かにそうだった。

 この家は、もともと健介の両親が建てたものだ。将来は健介の家族と同居できるようにと、部屋数も多く、全体的に余裕のある造りになっている。

 今は三人で暮らしているが、持て余している部屋も少なくない。

「もしよかったら……父と母を一緒に住まわせてあげられないかなって思って」

 健介は少し驚いたが、黙って続きを待った。

「その代わり、私、水商売やめます。専業主婦になります」

「え?」

「父は清掃のバイト続けてますし、母もスーパーのパートがあります。二人とも、家のことを手伝うって言ってくれてて」

 確かに、この家の掃除は大変だ。部屋数も多く、手が回らない場所も出てくる。

「家計も少し助かると思うし……」

 志津香は、まっすぐに健介を見て言った。

「どうかな?」

 健介は少し考えた。

 この家は広すぎる。掃除や管理も大変だ。志津香が仕事を辞めて家に入るなら、その分、家のことがしっかり回るようになるかもしれない。

 そして、次郎と静江は感じのいい人たちだ。無理を言うようなタイプにも見えない。

「……いいと思う」

 健介はうなずいた。

「ほんと?」

「うん。みんなで住んだ方が、にぎやかでいいだろ」

 志津香は、ほっとしたように笑った。

 一週間後。

 次郎と静江が、尾長家へ引っ越してきた。

 生活は大きく変わったが、驚くほどすぐに落ち着いた。

 家計は志津香がまとめて管理することになった。両親の収入も含めてやりくりした方が効率がいいという話になり、健介も特に異論はなかった。

 次郎は家の掃除を担当するようになった。清掃の仕事をしているだけあって、細かいところまできちんと手が届く。家の中は以前よりもずっと綺麗になった。

 静江は洗濯を引き受けてくれた。毎日きちんと仕分けをして、干して、取り込んでくれる。

 その分、志津香は料理に時間をかけることができるようになった。

 食卓に並ぶ料理は、以前よりもずっと豪華になった。品数も多く、味も良い。

「今日はちょっと頑張ってみたんです」

 そう言って笑う志津香を見て、健介も自然と笑みがこぼれる。

 小夜は相変わらず健介に懐いていて、帰宅すると真っ先に駆け寄ってくる。

「パパ、おかえり!」

 その声を聞くだけで、疲れが少し軽くなる気がした。

 美人で、料理も上手な妻。

 家事を手伝い、家計も助けてくれる舅と姑。

 自分を慕ってくれる娘。

 ある日、次郎と静江が二人で話を持ってきた。

「たまには、家族で出かけてきたらどうだ」

「え?」

「四泊五日の旅行、プレゼントするよ」

 思いがけない言葉だった。

「その間の家のことは、俺たちが全部やるから」

 静江も笑ってうなずく。

「久しぶりに、ゆっくりしてきなさいな」

 健介は、しばらく言葉が出なかった。

 こんなに気遣ってもらっていいのかと思うほどだった。

「……ありがとうございます」

 自然と、頭を下げていた。

 その夜、志津香と小夜と三人で、旅行の話をした。

 どこへ行こうか。何を食べようか。そんな話だけで、時間が過ぎていく。

 健介は、心の底から思っていた。

 自分は今、幸せの真ん中にいるのだと。

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