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第十二章 奪われたもの

 数日後、尾長家のリビングには、重い空気が漂っていた。

 志津香、次郎、静江、小夜、康政。

 全員が揃っている。

 その中心に立つようにして、健介は口を開いた。

「この家は俺の家だ」

 声は震えていたが、はっきりと言った。

「なんで俺を阻害するような真似をするんだ」

 志津香は、少しだけ首を傾げた。

「そんなことしてないわよ」

 次郎も穏やかな口調で続ける。

「そうだよ健介君。考えすぎだよ」

 その言葉が、健介の中の何かをさらに逆撫でした。

「じゃあ、何で俺の分の食事が用意してない!?」

 声が大きくなる。

「なんで俺の部屋は掃除しない!?なんで俺の物は洗濯しない!?なんで俺との会話を避ける!?」

 静まり返るリビング。

 志津香はしばらく黙っていたが、やがて淡々と言った。

「そこまで言うなら、別れましょ」

 健介は一瞬、言葉を失った。

「……そういう話じゃないだろ」

「いいえ」

 志津香はまっすぐ健介を見る。

「貴方が私たちのやることに納得がいかないって言うんなら、一緒に生活していく事なんて無理よ」

 そして、はっきりと続けた。

「離婚しましょう」

 健介は、しばらく黙っていた。

 怒りと、戸惑いと、疲れが入り混じる。

「……分かった」

 やがて吐き出すように言った。

「じゃあ、そうしよう」

 志津香は、すぐにテーブルの引き出しを開けた。

 中から、一枚の書類を取り出す。

「あと、あなたの名前と捺印だけだから」

 差し出されたのは、離婚届だった。

 健介は、それを見つめたまま動けなかった。

「お前……用意してたのか……」

「ええ」

 志津香は、あっさりと答えた。

 健介はペンを取り、震える手で署名し、印を押した。

「これで満足だろ」

 吐き捨てるように言う。

 志津香は、すぐに静江の方を向いた。

「じゃあ、お母さん。小夜と一緒に出しに行ってきて」

「分かったわ」

 静江は離婚届を受け取り、小夜の手を引いて家を出ていった。

 ドアが閉まる。

 健介は大きく息を吐いた。

「さぁ、これで俺たちは他人だ」

 そう言って、志津香たちを見回す。

「さっさと俺の家から出て行ってくれ」

 その言葉に、志津香は静かに首を振った。

「いいえ。出て行くのはあなたの方よ」

「何ぃ!?」

 思わず声が裏返る。

「この家の名義は、生前贈与って形で私に変更されてるわ」

 健介の頭が、一瞬、真っ白になった。

「……なんだと?」

 慌てて二階へ駆け上がる。

 自分の部屋へ飛び込み、天井裏の板を外す。

 そこに隠していた、貴重品を入れた箱を引っ張り出す。

 蓋を開ける。

「な……無い……」

 現金も、通帳も、何もかもが消えていた。

 下から、志津香の声が聞こえる。

「前に旅行に行ったでしょ」

 階段を駆け下りると、志津香が冷静な顔で立っていた。

「あの時、お父さんとお母さんが家捜しして見つけたの。それで知り合いに頼んで、私の名義に変更する手続きをしてもらったの」

 まるで、当たり前のことのように言う。

「だから、この家と土地は私の物」

 健介は、言葉を失った。

「だから、出て行くのはあなたよ」

「くっ……!」

 歯を食いしばる。

 だが、まだ終わりじゃない。

「……だが、財産分与はちゃんとしてもらうからな」

 荒い声で言う。

「夫婦の通帳を出せ!」

「はい」

 志津香は、すぐに通帳を差し出した。

 健介は奪うように開く。

「残高……」

 数字を見て、目を疑った。

「5万円……!? ふざけるな!こんなわけないだろう!何処へ隠した!?貸金庫か!?」

 志津香は、首を横に振った。

「そんなところに隠しても、後で見つかったら取られるんだから意味ないでしょ。その金額は正真正銘、夫婦の貯金額よ」

「そんなわけないだろ!」

「だって、生活費とか必要なお金は全部そこから出してたんだもの」

 健介の呼吸が荒くなる。

「お義父さんとお義母さんの稼いだ分は……?」

「それは、お父さんとお母さんの口座よ」

 志津香は、さらに紙を差し出した。

「それに、これはお父さんとお母さんの住み込み家政婦としての雇用契約書。月給五十万円」

 健介は、その紙を見た。

 確かに、契約書の形をしている。

「私は専業主婦になったから収入は無いし、お父さんとお母さんの給料はお父さんとお母さんの口座。貴方の稼ぎと貯金は、生活費とその給料に使ってたの」

 淡々と続ける。

「だから、貴方の貯金はほぼゼロ。夫婦の貯金はその五万円だけ」

 そして、通帳を指差した。

「半分は貴方の物だから、二万五千円だけ持って出て行って」

 最後に、もう一冊の通帳を差し出す。

「あ、貴方の通帳はこれね」

 震える手で受け取り、開く。

 残高。

 百八十四円。

 その数字を見た瞬間、足の力が抜けた。

 健介は、その場に崩れ落ちた。

 声にならない嗚咽が、喉の奥から漏れた。

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