対岸
川は、流れていた。
さっきまでの異常は、どこにもない。
ただの水。
ただの流れ。
「……渡るぞ」
龍が言う。
誰も反対しない。
もう一度、船を押し出す。
水に乗る。
流れは強いが、さっきよりも“普通”だった。
音がある。
波がある。
それだけで、違う。
「……さっきのと全然違うな」
かんたが言う。
「あっちは静かすぎた」
幸人が答える。
進む。
揺れる。
だが、崩れない。
時間はかかる。
それでも、確実に対岸が近づく。
やがて――
土を踏む。
固い地面。
流されない場所。
「……着いたな」
龍が言う。
全員が、川から離れる。
振り返る。
ただの川だ。
何も起きていない。
「……あれ、何だったんだ」
かんたが呟く。
沈黙。
力嶽が口を開く。
「推測だ」
前置きする。
「ドラゴンの能力だ」
短い言葉。
「空間ごと、引き込む」
「……あいつの?」
かんたが言う。
「おそらくな」
力嶽は川を見る。
「水の中でしか成立しない領域だった」
龍は目を細める。
「だから、水に入った瞬間に移動した」
「そして、倒したら崩れた」
幸人が続ける。
辻褄は合う。
だが――
「……ルビーは?」
かんたが言う。
沈黙。
力嶽が答える。
「沈んだ」
「は?」
「領域の中の海底だ」
淡々とした声。
「戻ってこない」
かんたが顔をしかめる。
「せっかく倒したのに?」
「そういうものだ」
力嶽は言う。
「取りに行ける場所じゃない」
龍は川を見る。
流れは、ただ流れているだけだ。
あの空間は、もうない。
入る手段もない。
「……無駄だったか?」
かんたが言う。
「いや」
龍は首を振る。
「違う」
短い否定。
「倒した」
それだけだった。
幸人も頷く。
「唯一種は消えた」
「それで十分だ」
かんたは少し黙り、
やがて息を吐いた。
「……まあ、生きてるしな」
力嶽は何も言わない。
ただ、前を見る。
対岸の先。
まだ続く道。
獣のドラゴンは、先にいる。
止まる理由はない。
「行くぞ」
龍が言う。
全員が、前に進んだ。




