大顎-4
水面は、また静かだった。
だが、違う。
さっきまでとは。
「……来るな」
龍が言う。
「逃げたわけじゃない」
幸人が矢を構える。
「距離を取ってるだけだ」
かんたは呼吸を整える。
「……あっちも学習してるってことか」
「ああ」
龍は水面を見る。
「だが、こっちもだ」
沈黙。
時間が流れる。
だが、無駄じゃない。
全員が同じものを見ている。
水の揺れ。
流れ。
わずかな変化。
「……来る」
幸人が言う。
位置が分かる。
さっきよりも、はっきりと。
水が動く。
円を描く。
そして、直線に変わる。
「回ってから来る」
龍が言う。
「方向は固定される」
「つまり」
かんたが口を開く。
「来る位置は読めるってことだな」
龍が頷く。
「誘う」
短い言葉。
配置が変わる。
龍が中央。
幸人が後方。
かんたが側面。
水面が膨らむ。
来る。
龍は動かない。
完全に、狙わせる。
直前。
かんたが叫ぶ。
「今だ!」
龍が横に跳ぶ。
同時に、かんたが踏み込む。
水面すれすれ。
囮。
大顎が口を開く。
かんたへ。
その瞬間。
幸人の矢が放たれる。
一直線。
迷いがない。
口の奥へ。
深く。
貫く。
だが、止まらない。
大顎は、そのままかんたへ突っ込む。
「まだ来るぞ!」
龍が叫ぶ。
かんたは避けない。
ギリギリまで引きつける。
そして――
踏み込む。
自分から、口の中へ入るように。
「うおおおお!!」
拳を叩き込む。
傷の奥へ。
さらに奥へ。
鈍い感触。
だが、砕ける。
その瞬間。
龍が入る。
横から。
全力。
剣を振り抜く。
顎の付け根。
重ねる。
硬い。
だが――
砕ける。
完全に。
大顎の動きが止まる。
一瞬。
完全に。
「……今だ」
龍が低く言う。
もう一度。
振り下ろす。
深く。
確実に。
大顎のドラゴンの身体が、沈む。
抵抗はない。
ただ、落ちる。
暗い方へ。
消える。
水面が、静かになる。
完全に。
何も、いない。
頭の奥に、何も来ない。
唯一種は、消えた。
その瞬間だった。
水面が、歪む。
「……っ?」
かんたが声を上げる。
空間が、揺れる。
足元が崩れる。
視界が、引き裂かれるように歪む。
「戻るぞ!」
力嶽が叫ぶ。
次の瞬間。
落ちる。
光が一瞬、走る。
そして――
水。
現実の流れ。
「ぶっ……はぁ!!」
龍が水面から顔を出す。
空気が違う。
流れがある。
さっきの静寂じゃない。
川だ。
元の場所。
「戻った……のか」
幸人も浮かび上がる。
かんたも水をかき分ける。
「……マジで戻ってる」
岸に上がる。
全員、濡れている。
だが、確かに現実だ。
さっきの空間は、もうない。
水面は、ただ流れているだけだった。
龍は振り返る。
何もない。
ただの川。
「……終わったな」
短く言った。
だが、誰も気を抜かない。
あの空間は、確かに存在した。
そして――
また現れるかもしれない。




