地球と言う名の星は
ルカの家に居候として住まわせてもらってる僕は、頭が実はおかしかった親友の気味が悪い表情を思い出して唸った。コタツに顔を埋めている為、振動が凄い。
この幽霊騎士の世界は不思議だ。
今、現世は初夏に近づいて気温が高くなってきているというのに、この世界では気温を殆ど感じない。
いや、「感じない」って表現はまた違うか。
言うなれば、「暑くないし寒くもない」と言ったとこだと思う。過ごしやすい環境だよ。太陽は常に照りつけてるのにさ。
温帯気候だとしても、ここまで穏やかになる筈もない。未知数な世界だね。
でもそんな世界でも皆慣れてるんだもんなぁ。
同じくコタツに顔を乗せて眠るルカをチラ見してたら、ある疑問が浮かび上がった。
でも今話しかけたら起きちゃうもんな。起こすのは気が引けるから、後にしよう。
「何だ? 夢奏、言ってみろ」
「急過ぎるでしょ起きるの。不自然だから。絶対起きてたよね」
「いや、たった今視姦されている気がして目を覚ました」
「何言ってんの!?」
大欠伸を隠さないルカは、コタツから両脚を抜いた。凄い。僕なんて心地良過ぎて出たくもないのに。
軽く鼻を鳴らしたルカは、見下す様な視線を向けて来た。
いや、目線はルカが下なんだけど。
「そんなことも決断出来ないからいつまでも弱いままなのだ。お前は。もっともっと精神を鍛え、心地良さに負けたりするな。分かったな」
「う、うん分かった」
僕は即決……ルカの威圧感に負けて脚を抜いた。急に体感温度が変わっても丁度いい気温に変わりはなかった。
凄い技術だなぁ。創りものな訳ないと思うけど。
ルカは藍のキャミソールがはだけているのを直すと、両二の腕を摩った。寒いのかな?
「で? 何だと訊いているんだ、答えたらどうだ。それとも、本当に何でもないとかぬかすつもりか?」
綺麗な顔を顰めたルカは、腰に右手を当てて立ち上がる。身長は低いけど、スタイルはまあまあいいんだろうなぁ。興味はあまり無いけど。
てか、身体細っ。パンツから伸びた脚もさらさらしてそうだし、実は顔もかなり可愛い。
あれかな、猫目な幼い女の子って感じの顔してる。
生きてたらさぞかしモテたことだろうなぁ。大して異性に興味が湧かない僕でさえ可愛いと思えるもん。
ルカの容姿を眺めていたら、思考がこんがらがって別の質問が飛び出していた。
「ルカって、モテてた? 彼氏とか居たの?」
まさかの質問だった。
言いつつ「あ、何言ってんだ」と表情が薄れて行ったけど、ルカにその質問は殆ど無意味なんだよ。
十年前からこの世界に存在し続けているということは、十年前には死んでしまっているんだから。
目を見開いたまま硬直しているルカにいそいそと謝罪する。謝罪というより、訂正をする。
「ご、ごめん間違えた。そうだ、こっちだよこっち。この世界に僕の一人前に来たのって、誰? それはいつ頃?」
「……ああ、恐らくアヤだな。三ヶ月程前だが、車の運転中にスリップかなんかして死んだらしい。後々現世に戻って確認したら、誰かがハンドルを壊していたらしいな」
「え、そ、そうなんだ」
アヤって、あのサングラスの礼儀がある女の人だよね。ショートヘアの。
それと、誰かがハンドルを壊したってことは殺人? 事故じゃなくて、他殺なんだ……。僕なんか全然いい方じゃん。
待って、そしたら──
「ルカは、何で死んじゃったの?」
アヤさんの説明を聞いて、反射的に出た疑問だった。
アヤさんで三ヶ月前なら、桜姫・ルカは更に前の十年前。その時、どう死んでしまったのだろう。
相手の気持ちなんて考えることもせず、知りたいが故に言葉を吐いていた。
戸を開けて空を見上げ、ルカは座る。その顔がとても悲しそうで、少し後悔した。
「さあな、私もよく分からん。何故、私はここに居るのかも、自分が何なのかもな……」
「え……? 死んだ理由はまだしも、自分が何なのかくらいは分かるんじゃ?」
「まあ、人間だろうな」
「う、うんそうね」
ここに来てもおふざけで返してくれるルカに心が救われた。多分、彼女の方は傷口を抉られただけだと思うけど。
本当に申し訳ない。僕は心から謝罪した。
でもルカは微笑み、何も言わなかった。
怒られもしないのが、何処かに引っかかって痛かった。怒られたくはないんだけど。
ルカは殴って来るし。
「さてと、もう一つ質問に答えなくてはな」
「え?」
何か質問、したっけ? どうしてここに来たのか、以外に何聞いたっけ。
ルカは胸を張り、そこに右掌を重ねた。
今気づいたけど、ルカって結構貧乳だよね。キャミソールではちゃんと分かるんだけど。
「私はモテたな! うん! かなりモテていたと思うぞ! 毎日告白を受けていたな!」
「その質問に対する答え!? てか、嘘でしょ! 十年前君いくつ!? しかも自分が何か分からないとか言ってたじゃんっ!」
「そうだな、私は十年前は五歳だ。告白を受けたことは一度もない。だがどうだ? この美貌。可愛いだろう? 美しいだろう?」
「今十五歳なんだね、ようやく年齢知れたよ。てかやっぱ嘘かよ! 確かに可愛いけど、自分で言う!?」
「えっ」
胸を張っていたルカが突如短く声を発し、真っ赤になって固まった。そんなに暑くないよここ。
僕から目を逸らしたルカはロボットみたいにカクカク手を動かし、ぎこちない動作で後ろを向いた。
え、完全に無視された?
「おーいルカ? 何で急にそっぽ向いたの?」
近寄って声をかけても返事はない。それどころか顔すら見せてくれない。いつの間にか顔だけでの鬼ごっこが開始してた。
あっち向いてホイの顔バージョンみたい。
それより、何で一向に返事してくれないのかな。
諦めようと踵を返すと、裾を掴まれた。
背後に手を伸ばし、ルカが申し訳なさそうに摘んでいる。
「どうしたの?」
「いや、その、な、何となくだ。何となく、夢奏と日向ぼっこでもしていたいなぁなんてな。はは……」
「日向ぼっこ? うーん、いいけど何で急に?」
「いいから転れほら! 何となくだって言っただろう!」
「うわぁっ!? 危なっ!」
襟を引かれて無理やり縁側に転がせられた。鼻を打って結構痛い。
顔を起こすと、鼻が触れ合いそうな距離にルカの顔があった。僕の左手とルカの右手が重なっていて、少しだけ緊張してる。
改めて間近で見ると、ルカが端正な顔立ちなのが分かる。
小さい鼻はどこか可愛らしく、大きくてくりっとした瞳は切れ長でつり目。睫毛が長くて、それだけでドキッとしてしまう。
口元はリップでもしてるのか潤ってる様に見えて、プニプニ柔らかそうな頬は幼さを感じさせる。
これで高校生くらいの年齢? 嘘でしょ?
ルカは、どこの国の子なんだろう。
エメラルドグリーンの透き通る様な水晶に、艶めいているけどさらりとした柔らかそうな銀髪。僕の国だと染めない限りいないと思う。
ツインテールも似合ってるし、本当綺麗なコだなぁ。
「そんな、じろじろ見てて何か楽しいか? 私が可愛くて、美人で見惚れているのなら頷けるがな。ふふっ」
ルカはちょっと照れた様に微笑んだ。耳赤くするくらいなら言わなきゃいいのに。
その笑顔を見た僕は、本音を小さく零していた。
「うん、見惚れてた……かな。ルカみたいな女の子、そうそういないだろうねぇ」
「う、うぇぇ!?」
突然、ルカは達磨みたいに顔を紅潮させた。
綺麗な瞳に涙が滲み、嫌だったのかなとちょっと後悔。女心は全く分かりません。
先輩なんて常時病んでる様にしか見えないもん。
別にいいんだけど、これじゃ彼女なんて出来ないよね。
ルカの手の上にあった僕の左手は弾かれて、自分の顔を叩いた。いったい。
立ち上がったルカは顔を真っ赤にしたまま外に駆けて行ってしまった。
「あれ? 日向ぼっこするんじゃなかったの? しかも無理矢理僕のこと転がしたよね、酷くない? 自分勝手過ぎない?」
ぽかん、と目を開けたまま僕は一人転がったままでいた。地味にあったかい。
太陽──僕は視線の先で眩い程輝く太陽を見つめていた。不思議と目は痛くならないけど。
そもそも、僕らがここに生きているのは幽霊騎士として炎神と戦う為。そして太陽はその炎神を発生させるものでもある。
つまり、僕らは太陽の所為で苦労して、太陽のお陰で生き延びている様なものなんだ。
今まで考えようとも思わなかったけど、本当に死んでここからも消滅したなら、どうなっちゃうんだろう。
ルカと桜姫は十年前から、何人もの人間がそうなるのを目の当たりにして来たんだろうなぁ。そして、その恐怖も知ってるんだ。
だから精一杯生きてる。戦い続けてるんだ。
この地球という名の星を守り続けるには、自分の命を犠牲にしてでも戦う人間が存在しなければならない。だけどそうするなら、太陽が消滅する。
太陽が消滅しなくて、僕らが何もしなければ炎神は増え続けて人類は滅びる。
僕は銀杏を守りたい。父も守りたい。母も守りたい。網走先輩も、幽霊騎士達も守りたい。
その上、『あの人』のことだって守りたいと願ってる。
でも、間違いなく願ってるだけじゃダメなんだ。行動に移さなきゃ。
完全に救う為には、太陽エネルギーを消滅させて炎神を滅ぼす。でもそうしたら人間も滅びる手前に一気に追いやられる。
その責任は、勿論取れない。
僕は昔、ある人の教えを必死に成し遂げようとして、失敗ばかりしていた。
僕が恐らく一番尊敬している人間だ。
その人とは多分もう二度と会えないと思ってるから、説明は不要だと思う。とにかく偉大な人なんだ。僕の中では。
父とかも尊敬してるけど、それ以上なんだよ。
だから今一度、その人に問いかけたい。教えを請いたい。
僕は、どうしたら皆を救えますか? 『仙里さん』──。
「あ? 夢奏お前何してんだ。何の用があってここに来やがった」
扉に肘を置いて上から睨みつけて来るのはアイジだ。
正直僕はこんな奴に会いたくもないんだけど、こいつもトップクラスの強さを誇る一人って聞いた。さっき桜姫と会って訊いたの。
だから、少なからず協力が可能な関係にはなっておかなければならないんだ。
「アイジ、僕はお前が嫌いだよ。歳上だとしても礼儀正しくするつもりもない」
「んだよ、文句でも言いに来たのか? 喧嘩がしてぇなら買ってやるよ。おら来いチビ」
「馬鹿だねやっぱ。そうじゃないよ。僕は守りたい人達がいる。それは多分、アイジだって他の皆だってそうだと思う」
「……ああ、居るよ。んで? それがどうしたんだよ。仲良くしようってか? ごめんだな」
「違う、僕だって仲良くする気は一切無い。だからアイジも今まで通りでいい」
眉を曲げて全く理解出来ていない様なアイジに、声を張りながら僕の意思を伝えた。
「仲間としては、認めるよ。上からみたいだけど、僕は直線上に全員が並んでると思ってるから誤解しないでね。それと、僕らがいつまでもいがみ合ってて足手纏いになったら困るでしょ? だから、戦闘時だけでいい。協力しよう」
最大限の譲歩のつもりだ。これで断られたら僕も諦めざるを得ないけど、それは出来ない筈だ。
アイジだってこの死後の世界に誘われた人間の一人。そしてこの与えられた力を使って誰かを守りたいと願う者。そうしたら、なるべく有利な条件を選ぶに決まっている。
というか、そうじゃなくちゃ困るんだよ。
手に持っていた煎餅を齧ると、アイジは今までと違う真剣な目つきで僕を睨んで来た。
それに対して、臆することもないし警戒する必要もないのは、僕でも判断出来る。
「いいか? 俺は俺の目的の為に協力してやる。俺はどうしたって桜姫とルカ以外よりは強えから足手纏いにはならねぇけどな、テメェが足手纏いだったら即帰還させるからな。せいぜい強くなるんだなクソ夢奏」
悪態づいてわざわざ上からなアイジは、別に僕を拒否してる訳でも馬鹿にしてる訳でもない。
要するに、『怪我したら即刻逃す』って意味だ。全く素直じゃないんだからなぁ。
それに、甘く見ないでよね。
「僕だって強くなるよ。いずれ、アイジよりも強くなっちゃうかもね? せいぜい気をつけなよ」
小馬鹿にした様な表情を作り、アイジを下から覗く。
僕もアイジも互いに不敵な笑みを浮かべ、振り返った。そのまま、何も言わずに扉が閉められ、何も言わずにその場を去って行く。
僕らはこれでいいんだよ。僕らが協力するってことは、どれよりも心強いことだ。
別に僕が強いって訳じゃないんだけど、特にいがみ合ってる二人が協力する程有り難いことはないと思う。
心配事が一つ減るからね。
これで、あと協力関係が結べてないのは……ナナミさんかな。よし。
もうすぐ、急展開……?




