肉体を引き千切られて
『幽霊騎士』の世界は、果てが視認出来ない程広い。つまり、地球と同じくらいは大きい筈だ。
または本当に果てが存在しないのか。
僕と網走先輩が居候として暮らすルカの家は桜姫同様他より大きい。もしかしたら、古くから住んでいる人達が立派な家に住んでいるのかも。
ルカの家が建つのは、町人の居ない中心の商店街よりやや左方向。周囲はあまり人が住んでいない様で、建物が少ない。
桜姫は正反対の右方向だけど、もしかしたら仲間達を二人で守ってるのかも知れない。
ところで、幽霊騎士は基本的にパートナーが出来るらしい。
僕のパートナーは勿論ルカで、アイジのパートナーは笹野辺さん。上級クラスに強い人達は、基本二人組。
だけど満足に戦えない人達、アヤさん達や網走先輩達は複数人で協力し合うらしい。僕は強いんだね。やった。
桜姫のパートナーと言えば、彼と長い付き合いらしいナナミさんだ。
初日に、めちゃくちゃグロテスクなことを聞いて来たあの人。
ナナミさんはグロ大好き女子で、その趣味は周りにドン引きされる程。黒髪ゆるふわウェーブをカチューシャで装飾していて、優しい性格な為人気なご様子。
僕が言うのは気が引けるけど、恐らく幽霊騎士で最も美少女だと思う。ブラウンの瞳が陽の光を浴びると凄く綺麗に透き通るんだ。
それに巨乳だし……。別にそこはいいけどさ。
桜姫はルカ同様十年前からこの世界に来てる様で、古い付き合いだというナナミさんも恐らくそのくらいだと思う。
だからなのか、とても仲がいい。周囲に渦巻く噂では恋人だとか。
桜姫の家に住んでいる訳ではないらしく、僕は町に近い住宅街にやって来た。どの場所に行っても地面は草原なので、違和感が凄いけど。
ナナミさんの家は一言で例えると小さい一軒家。漆黒の屋根が際立っているけど、見つけるのは難度高そう。
僕はルカにマップ貰ってるから大丈夫だけど。
ルカは覗いて、初めて女性の家にお邪魔することになるのでかなり緊張してる。凄い美人だし。
年齢は十八って言ってたけど、外見はもっと大人っぽい。
桜姫も顔立ちが整っていて俗に言うイケメンだけど、凄いコンビだな。どっちも性格ヤバい。
「ふぅ、まず今居るのかすら定かじゃないけど、押してみよう」
ハート型の呼び鈴を鳴らし、外で気をつけして待機。暫くして足音が聞こえて来た。
ゆっくりと扉が開き、半袖の白いセーターを着たナナミさんが笑顔を見せて来た。やっぱり可愛い。
一応お辞儀して、本題に入ろうとしたら腕を引かれて中へ。お邪魔します。
でも、細い腕の割には力あるなぁ。道理で今まで生き残ってこれた訳だよ。
「ささ、今日はどうしたの? 私に聞きたいことでもあるのかな? あのねぇ、オススメの十八禁グロ本はぁ……」
「違います違います! 全く別の話です!」
本棚に向かうナナミさんの右腕を掴んで制止させる。「そう?」と首を傾げるナナミさんだけど、僕はそんなの好きになれません。
てかむしろ何でその話だと思ったの? オススメの十八禁グロ本って何。
ナナミさんがニコニコして座布団に座ったのを確認し、立ち膝を正座に戻した。
次取りに行ったらまた止めなきゃ。
てかここも和式なんだね。アイジの家も和式っぽくて、ルカの家もそうなんだけど。でも教会はあるしなぁ。
統一しろよ。
一度咳払いをし、ナナミさんと真剣に向かい合った。期待の眼差しが痛い。
僕はこれから、協力関係について申し出たいだけですよ。
「あの、これから戦闘を行う時でもし一緒だったら、協力して欲しいんです。そうしたら、お互いに信用して存分に戦えるでしょうし、有利になると思うんです」
真剣に説明したつもりなんだけど、ナナミさんはポカンと口を開けている。何か間違いました?
不安になってもう一度説明しようか悩んでると、ナナミさんは二コりと微笑んだ。
「何言ってるの夢奏君面白いね。私達とっくに仲間だよ? 協力してるんじゃん! だから今更気にしないで。そんなことも出来ないのはただのおバカさんだから」
「は、はぁ……」
アイジ、僕達ただのおバカさんだってさ。悲しいね。
一旦視線を下に向け、恥を隠す様にする。
そうだ、考えてみればそうか。僕達は『幽霊騎士』ってチームなんだ、もう仲間だったんだ。
これはかなり恥ずかしいぞ。絶対に桜姫とルカにはバレたくないな。
顔を上げると、ナナミさんはいつの間にかカバー付きの本を読んでいた。雑誌くらい大きいけど、太くはない。
何の本を読んでる? もしかして、堂々とグロテスクな内容の本を読んでるんじゃ……。
「ひっ!」
ナナミさんが不意に本を見開きで向けて来たので思わず顔を隠したけど、人が沢山写ってるだけだった様な。
腕を下ろし、その本をチラリと見る。やっぱり、家族写真みたいなのが貼ってあるだけ。
もしかしてこれ、アルバム……?
写真を一枚外したナナミさんはそれを見て、物思いにふけている様な表情をした。
ナナミさんの家族……。もう、会えなくなっちゃったからってことなのかな。
僕も釣られて少しだけ悲しい気持ちになったけど、ナナミが呟いた言葉でその気持ちは吹き飛んだ。
「この人達は、私を殺したんだよなぁ……」
「え……こ、殺した?」
「うん、そう。私が嫌いだった──訳じゃないんだよ。むしろ、私を愛してくれてたんだ」
「えぇ……」
愛してるのに殺した? 愛した故に起こした過ち、だとしても全員? この人『達』って言ってたもんね今。どゆこと?
家族に殺されるなんてこと、僕には微塵も想像出来ない。僕の家族は、何気皆優しいしね。
愛されてるなら、尚更だ。
小さな手を伸ばし、ナナミさんは写真に写る中学生程の男子を指差した。ナナミさん同様艶のある黒髪が綺麗な男の子だ。
「これはお兄ちゃん、ハルカお兄ちゃん。六つ歳上なんだ。お兄ちゃんは私を、包丁で何度も刺した」
「嘘ぉ……」
猟奇的だよやることが。何? 小学生低学年の妹を包丁で何度も刺すって。怖いよ。
このナナミさんの表情、悲しいのか静かに恨んでいるのか、読み取れない。とにかくナナミさんも怖い。
桜姫、君凄いよ。何かね。
続いてその男の子の隣に座る父親らしき大人の男性を指差した。ナナミさんと違って、艶の無い短髪。いかにも男らしい人だ。
もしかして、この人も……。
「彼はお父さん。何かの会社に勤めてたんだけど、覚えてないなぁ。すっごい、優しかった」
「そ、そうなんですね。じゃあお父さんは加害者じゃ……」
「お父さんは私を、私の首をワイヤーで締めてたっけなぁ。とっても苦しかったよ」
「うぅぁ……」
ヤバいよ。恐ろしいよ。まだあと一人、お母さんらしき人物が写真に写ってるよ。
ナナミさん表情暗いし、もしかしたらお母さんもだよ。聞きたくない聞きたくない。
「ママは、最後まで私の味方だった──けど」
「け、けど?」
「私の為だって言って、身体を引き千切ったんだよね。ニュースではバラバラ死体が発見されたってなってたし。酷いなぁ、もっと綺麗な姿で死にたかったよ」
「バラバ……ラ……」
恐ろし過ぎて、言葉を失った。嘘でしょ? 実の娘を、そんな惨殺する? 可愛がってたのに? しかも全員で?
虚ろな瞳のまま、ナナミさんは言葉を続けた。そこで、漸く真実を知れた。
「私が死んだのは九年前の八月八日……私の、九歳の誕生日だった」
誕生日に殺された。その上母親は『ナナミさんの為』と告げて殺している。
だとしたら、その殺人の動機は一つしか思い当たらない。
僕は恐る恐るナナミさんの顔を覗き込み、自分の予想を声に出した。
「ナナミさんが、グロいの好きだから喜ぶと思った……てことですか?」
「うん、そういうことみたい」
ナナミさんは小さく頷いて写真を元に位置に貼った。
マジか……グロいのが好きでも、自分がそうなることは望まないよ普通。当然じゃん。
何でそんな理由で、人を殺せちゃうんだよ。どうなってんの本当に。
「まあ三人共私が死んだ直後、正気に戻ったみたいだけどね。恨みたいとこだけど、桜姫君に色々手伝ってもらってるから許す」
「三人共、どうなったんですか?」
「自首したっぽいよ? いずれバレてただろうけど」
「……」
何て声かけたらいいんでしょうか。桜姫、仲良くなったならこの状況どうにかして。てか助けて。
アルバムを戻したナナミさんは、両手を挙げて交差し背伸びした。脇が見えてるし、胸が凄く、主張しててドキドキする。
この人動くだけで刺激が強い。
あんな話の後こんなこと考えられる僕も凄い気がするよ。普通異性として見れなくなっちゃいそうだけど。
ナナミさんが僕の死に興味を持って訊いてきたから、知ってる限りのことを全部話した。
工事現場を放棄している大人達に頬を膨らませて文句を言って、それから雨が五割で降ることに驚愕している。どっちにしろ可愛い。
先輩もルカも可愛いんだけど、ナナミさんは破壊力抜群だ……。
「そうだ、桜姫君には協力してもらうように言ったの?」
ナナミさんが思い出した様に手を叩き、首を傾げた。
揺れる揺れる。いや何でもないです。
僕は一度頷き、初日に手を組んだ(僕はそのつもり)ことを教えた。驚いてる様だけど、そんな仲悪く見えます?
暫く考え事をして、微笑んだナナミが可愛過ぎて目を逸らした。
無条件で天使みたいなの見れるよこれ。でも可愛過ぎて保たない。
「それなら、大丈夫そうだね。夢奏君からしたらフーカちゃんも苦手かも知れないけど、常識はあるから安心して。仲間思いでもあるし、何より強いから!」
「そう言えば、幽霊騎士の中で誰が一番強いんですか?」
「ルカかな、多分。それか桜姫君。で、多分私とアイジ君が同じくらいでちょっとだけフーカちゃんが下だと思うよ」
「ナナミさん強っ!」
「でしょう〜?」
予想外のランキングだったけど、今名前が出たメンバーが主力なのも理解出来た。やっぱルカ強いんだね。
それとアイジ別に見栄張ってた訳じゃないんだ。本当に強いんだね。
何だっけ、確か皆守りたい人が居る筈って僕自分で言ってたけど、本当になのかな。少し気になったんだけど。
家族に殺されて少なからず恨みがあるであろうナナミさんは、一体誰を守りたいんだろう。
僕はそれとなく、質問してみた。
「ナナミさんが戦う理由って何ですか?」
少しの間不意を突かれた様に停止したナナミさんはテーブルに両手を伸ばして転がり、唸った。
「使命感、かな。私なんかじゃ今までこんなこと役に立たなかったけど、今は炎神と戦えるだけの力を持ってる。だから、私は地球と人間を守らなきゃいけないんだろうなぁって。ダメかな」
不安そうに僕を覗き込むナナミに向けて笑顔を作り、首を左右に振って見せた。
絶対にその理由は間違いじゃないと思うよ。僕は使命感ではないけど同じ理由も持ってる。誰でもいいから守るんだ。
「いい理由ですよ、ナナミさん。これから頑張って炎神と戦い続けましょう!」
「うん! 頑張ろ!」
実際、これから何年先まで戦いが続くのか分からないし、炎神を排出しない様にするのも叶わないかも知れない。
それでも、戦えるだけ戦うんだ。僕が生きてる限りは、誰も死なせたくない。
身近にいる人達は僕の手で救うんだ。
無理難題を目の当たりにしたところで、僕の決心は揺らがない。こんな笑顔が見れるなら、ね。
「ん? 何だ耳鳴り?」
「え? 大丈夫? 夢奏君。病院ならちょっと先にあるから連れてってあげようか? 失敗して内臓抉り取る羽目にならなきゃいいけど」
「いやいやいや、そんな不安なとこ行きませんよ。それと、これは何か別の──」
僕の脳に直接、宇宙が映画の様に映し出された。無数の星々が輝き、僕がいつか父に見せたいと願う景色。
守れるかな、なんて考えてたら地球から『声』が送られて来た。
それは少し前、炎神が来た時と同じ声。
その声に遅れてか、反応してなのか太陽から光が四つ地球に降り注いで来るのが見えた。ゆっくりだからまだ間に合うかも知れない!
僕は立ち上がり、携帯電話を取り出した。
番号は桜姫のもの。最も拡散出来る知り合いに伝えるんだ。
「桜姫! 炎神が地球に降りて来た! 今度は四体……多いけど、どうする!? 僕らも教会で合流するから皆に伝えて!」
『分かった。前代未聞だな四体なんて……! 急いで教会に来いよ』
「分かった!」
携帯電話と閉じ、振り返るとナナミさんは既に立ち上がり靴を準備していた。流石。
「今の本当!? 夢奏君。四体って、一体がただでさえ強いのに……!」
「はい、僕にも何でなのか分からないんですけど、間違いないです。そろそろ地球に降りて来ちゃう! 急ぎましょう!」
「うん……!」
僕達が教会に着いた頃には、殆ど全員が集合を終え、桜姫は炎神の着地点を予測した。
静かに皆が見守る中、桜姫は短く声を発した。何か、驚く様なことがあったのかな。
振り返った桜姫の口から出た言葉は、ここに居る全員を絶句させるのに充分だった。
「一体、ここに来るぞ……!」
「えっ……!?」
直後、大地震とも呼べる振動が響き渡り、耳をつんざく様な獣の雄叫びが轟いた。
何で、ここに……!?
第一章は終盤に……!




