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創世の欠片は禁忌の石  作者: Aevum the Sun


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8/26

出発の日

学期最終日。


終業日を迎えた校内は、明日からの夏休みに心を躍らせる生徒たちの浮き立った熱気に包まれていた。


廊下や教室のあちこちで賑やかな会話が交わされる中、リベーロはロゼリーの姿を見かけても、声をかけるどころか視線すら合わす事もなかった。


それよりも、リベーロの周囲には男子生徒が集まり、夏休みに遊ぶ中心にいた。




「あのゲーム大型アプデ入ったからさ、リベーロも一緒にマルチでやろうよ。」




「すげえ気になるけど。悪い、明日から旅行なんだわ。1週間後から参加するよ」




「旅行か、まあしょうがないな。待ってるよ」




ロゼリーもまた、気品ある静けさを保ったまま、いつも通り机で読書に向かい

誰から話しかけられる事もなかった。

最後の授業が終わり、貸与されていた教科書の返却を済ませると、二人は申し合わせることもなく別々の足取りで校舎を後にし、それぞれの自宅へと帰宅した。




重厚なヴェスティ家の扉を開けると、すぐに母の鋭い声が飛んできた。




「ロゼリー、さあ、全てを説明してもらいます」




玄関ホールに響き渡る母の声。

ロゼリーは外履きを脱ぎ、用意されていた室内履きへ履き替えると、鞄を手にしたまま母の前へ進んだ。




「そもそも、あなたは昨日の電話でエジプトへ行くと私へ一方的に告げて、通話を切って

そのまま帰ってこなかったのですよ!」




「はい。わかっております」




「しかも今朝、私が学校へ行くなと言ったにもかかわらず、あなたは私の制止を振り切って学校へ行った!」




母の声がさらに強くなる。




「昨日の電話で言っていたエジプト行き……男と二人で4泊5日というあの話、まさか撤回していないわけではないでしょうね!」




ロゼリーは黙って母を見つめた。




「相手の男子生徒は誰なの?」




「リベーロ・エキタスです」




その名前を聞いた瞬間、母の眉が大きく跳ね上がった。




「昨日あなたと宿泊した男子生徒?」




「はい」




「あなた、正気なの?」




「正気です」




即答だった。

母は言葉を失い、数秒間ロゼリーを見つめる。




「どうしても、エジプトへ行く必要があるのです」




「必要? あなたが行かなくても、代わりの者を出せるから必要ないわ」




「それについては、これからお話しいたします」




「これから? あなたは昨日の電話でも『今は言えない』と逃げたでしょう!」




母の怒声がホールに響く。

それでもロゼリーは退かなかった。




「ですから、今からお話しいたします」




母は険しい表情のまま、娘を睨みつける。




「……そこまで言うなら、聞きましょう」




「ありがとうございます」




「ただし、納得できる説明でなければ、エジプト行きなど絶対に認めません」




「承知しております」




ロゼリーは静かに鞄を置いた。


そして母の正面に立ち、まっすぐにその目を見た。




しかし、神の名やベンベン石の存在、世界に関わる禁忌といった真実を明かすことはできない。

提示できるのは「学業の一環であり、どうしてもそれを自分達で成し得たい」という主張のみだった。




「何度も言うけど、学業が理由なら専門のチームを作るからそこに帯同すればいいでしょう!

ヴェスティ家の人間が、なぜ素性の知れない男子生徒と二人で異国へ行く理由になるのですか!」




ホールには、一向に歩み寄ろうとしない母の激しい声が響き続けた。

時計の針が刻一刻と進み、30分、1時間と過ぎていく。


が。書記神トトが帳簿に記入した予定通りに全ては進む。


ロゼリーはどれほど怒声や拒絶を浴びせられても、取り乱すことなく静かに

しかし断固とした態度で言葉を重ねた。




「お母様、私に一切の危害は及んでいません。彼が私を唆したわけでもありません。ですから、リベーロの家へ抗議をするような真似は絶対におやめください」




「抗議をしない? なぜ私がそんな約束をしなければならないの! 今すぐその男の家に電話して——」




「おやめください」




ロゼリーの声には、母の言葉を完全に遮る強い威厳が宿っていた。


だが、どれほど言葉を尽くしても、母がエジプト行きを認めることはなかった。




壁の時計の針が進み、今夜23時発のフライトに向けて時間が刻一刻と押していく。張り詰めた緊張感がホールを支配する中、奥の書斎から足音が響き、これまで静観していた父親が静かに姿を現した。




「もういい、それくらいにしなさい」




重厚な声がホールに響く。

父はロゼリーと母の間に立つと、娘のまっすぐな瞳を見つめ、静かに告げた。




「ロゼリーを行かせてやりなさい」




「あなた!? 正気なのですか!?」




母の金切り声が上がった。




「あの子がどこの誰とも分からない男子生徒と二人で、海外へ行くんですよ!

ヴェスティ家の体面はどうなるのです! 認められるはずがありません!」




「ロゼリーの目を見なさい。遊びや軽率な気持ちで行こうとしているのではない。

自分で決め、責任を持とうとしているのだ」




「そんな理由で許せるわけがないでしょう! 私は絶対に認めません!」




激しく猛反対を続ける母を静かに制し、父は再びロゼリーへと視線を向けた。




「リベーロ君と言ったか。戻ったら、彼を連れて来なさい」




「お父様、彼を家に連れて来るなど。恋人ではありませんわ」




「ハハハ!今のロゼリーの答えでわかった。私は恋人なのかは聞いていないよ」




「よし大丈夫、リベーロ君の家に抗議をすることはない。私が誓おう」




「お父様、ありがとうございます。」




父の言葉に、ロゼリーは静かに胸を撫でおろした。

フライトの限界時間が迫っていることを悟り、ロゼリーは急いで自室に用意した

キャリーバッグを取りに向かった。




「お父様、それでは行って参ります。お母様、失礼いたします」




ロゼリーは両親へ向かって深く一礼すると、一度も振り返ることなく重厚な扉を開け、夕闇の包む外の世界へと足を踏み出した。


背後で母がなおも反対の声を上げ、父がそれを宥める気配が残っていたが、重い扉が閉まるとともに静寂へと消えていった。




タクシーが国際空港ターミナル4の車寄せに停まったのは


21時を少し過ぎた頃だった。




深夜23時発のエジプト航空・カイロ行き便の搭乗手続き締め切りを考慮すれば、

ちょうど良い時間だった。


巨大なガラス張りのエントランスの前では、深夜便を待つ国際線の旅行客たちが行き交っている。


その人波の中で、リベーロはすでに到着していた。


黒いキャリーバッグを足元に置き、小さなリュックを背負い、落ち着かない様子で周囲を見渡している。ロゼリーの姿を見つけると、ほっとしたように表情が緩んだ。




「おーい!! ロゼリー」




「そんなに大きい声で呼ばなくても見えてるわ! お待たせしたわね」




リベーロは一歩近づき、早速言った。




「ねえ。喉、乾いた。空港って広いからあんまり動かないでここにいたんだよ」




「売店で水くらい買えばいいでしょう。……あ、でも待って。100mlを超える液体物は保安検査で没収されるから、検査を抜けてから買った方がいいわ。

この時間は国際線が混み合うから、まずは早めに手続きを済ませるの」




二人は自動ドアを抜け、ターミナル内へ入った。

深夜便が集中する時間帯のため、カウンター前には長い列ができている。

ロゼリーはリベーロを促し、ビジネスクラス専用カウンターへ向かった。

カウンターへ進む手前で、ロゼリーはリベーロの足元と背中の荷物を改め、低い声で念を押した。




「リベーロ、確認よ……ベンベン石の欠片を預け入れ用のキャリーバッグに入れてはダメよ」




「えっ? ダメなの? 大きいバッグに入れておいた方が楽だし安全だと思ってた」




「航空会社によるロストバゲージのリスクがあるのよ。何があっても手放さないよう、そちらの身につけるリュックへ入れて機内へ持ち込むの。手荷物サイズと危険物規定には抵触しないから、手元で管理する方がいいわ」




「分かった、しっかりリュックのチャック閉めておくよ」




チェックインカウンターは一般列よりも短く静かだった。




「ようこそ。パスポートとご予約の確認をお願いします」




笑顔の地上係員に、ロゼリーは流れるような動作でパスポートとEチケットを提出した。

リベーロも少し緊張しながらパスポートを差し出す。

係員が端末を打ち込み、荷物タグを発行して二人のキャリーバッグをコンベアに乗せるよう案内した。

リベーロは初めての手続きに戸惑いながらも、ロゼリーの動きを真似してバッグを預けた。




「これ……丸ごと行っちゃうんだ」




「目的地のエジプトで受け取るの。貴重品と石を入れたリュック以外は手ぶらになれるので問題ないでしょう?」




発券されたビジネスクラスの搭乗券を受け取り、二人はTSAの保安検査場へ向かった。

列は長いが流れは早い。




「リベーロ、上着を脱いで、ポケットの中身とモバイルバッテリーも全部トレイに出して。

それから、靴も脱いでトレイへ乗せるのよ」




「靴まで脱ぐの!? マジで?」




「アメリカの保安検査は厳格なのよ。金属類と電子機器だけトレイへ。慌てなくて大丈夫」




「そうなんだ……映画で見たことあるやつだ。ビビーって鳴って別室に連れていかれたらどうしよう」




「危険物は持っていないでしょう。落ち着いて通過なさい」




全身スクリーナーを無事に通過し、靴を履き直したリベーロはホッとしたように息を吐いた。

アメリカでは対面の出国審査ブースはなく、保安検査を抜けた瞬間に出国エリアへと繋がっている。




「終わった……なんだ、検査を抜けたらもう自由なんだね。審査官のスタンプとか押されないんだ」




「ええ、航空会社が搭乗時にパスポート情報を国境警備局へ送信するので、アメリカは出国のスタンプを押さない仕組みなのよ」




保安検査場を無事に抜け、コンコースへ出たところで、リベーロは大きなガラス窓から夜の滑走路を見渡し、長いため息をついた。




「はあ……搭乗開始まであと1時間以上もあるよ。待ち時間長いなあ」




ロゼリーは歩みを止めることなく、フッと口元に小さな笑みを浮かべた。




「誰が一般の搭乗待合室で待つと言ったの? リベーロ、こっちよ」




「え? こっちって……搭乗口と違う方向じゃない?」




戸惑うリベーロを余所に、ロゼリーは洗練されたデザインの自動ドア前へ足を向けた。重厚なエントランスの横には、指定プレミアムラウンジのレセプションがある。




ロゼリーが受付のスタッフに二人のビジネスクラス搭乗券を提示すると、スタッフは丁寧に会釈をし、奥の静かな空間へと二人を招き入れた。

ガラス扉が閉じると、空港特有のガヤガヤとした雑音が嘘のように遮断された。

室内には柔らかな照明が焚かれ、心地よいジャズが流れている。

フカフカの革張りソファや充電コンセント付きのプライベートデスクが並び、奥には色とりどりの温かい料理やサラダ、フルーツ、パンが並ぶビュッフェコーナー

それとドリンクサーバーが用意されていた。




リベーロは目を見開き、周りをキョロキョロと見回した。




「うわ……なにここ!? 映画に出てくるホテルのロビーみたいじゃん! でもマジでやってる。

夜の21時過ぎだよ? こんな時間なのに普通に料理並んでるし、店員さんもいっぱいいるじゃん」




「ここは巨大な国際線ターミナルですもの。世界中へ向かう深夜便のために、ラウンジも深夜遅くまでフル稼働しているのよ。昼夜を問わず人が行き交うのが空港という場所なのよ」




ロゼリーは自然な動作で空いているソファ席へ腰を下ろし、鞄を足元に置いた。




「ビジネスクラスの搭乗者専用ラウンジですから、搭乗までの時間はここで静かに過ごすのよ。

温かいお茶や軽食も自由にいただけるわ。

Wi-Fiも、ここに掲示されている専用の高速回線が使えるから

スマートフォンの充電をしながら過ごすといいわ」




「へえ! 食べ物もタダなの!?」




「チケットの料金に含まれているのよ。ただし、機内食も出るから食べ過ぎてお腹を壊さないように」




「ビジネスクラスって……中はどうなってるの?」




リベーロの問いに、ロゼリーは分かりやすく説明を加えた。




「座席が1列ごとに独立した配列になっていて、隣を気にせず個室のように過ごせるわ。

シートはボタン一つで180度水平になるから、機内でしっかり睡眠が取れる様に出来てるの。

他に専用のアメニティや、ノイズキャンセリングヘッドホンも用意されているのよ」


「へえ、めっちゃ贅沢な部屋じゃん。Wi-Fiは? YouTubeとか動画見たい」


「機内衛星Wi-Fiはあるけど、上空での帯域は限られているから。テキストメッセージのやり取り程度なら問題ない、動画のストリーミング再生は厳しいわ。

今夜は動画よりも、明日の着陸に向けて体を休めることを最優先にしなさい」




「そっか……まあ、横になって寝られるなら最高だけどね。ちょっとジュース取ってくる!」




リベーロは興奮気味にビュッフェカウンターへ向かっていった。その背中を見送りながら、ロゼリーは腕時計を確認し、深く静かに息を吐いた。




自宅での激しい押し問答、父親の介入、そして空港への移動。


張り詰めていた気がほんの少しだけ緩み、ロゼリーは静かなラウンジの空間で

これから向かう異国の地に思いを馳せるのだった。




ロゼリーは腕時計に目をやった。22時15分。




「リベーロ、そろそろ時間よ。まもなく優先搭乗が始まるの。搭乗券は持ってるでしょうね?」




「大丈夫持ってるよ。なんだか、いよいよ外国に行くんだなって気がして、急に緊張してきた」




「心配要らないわ。私がいるんですもの」




リベーロはその落ち着いた言葉と静かな青い瞳に、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。

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