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創世の欠片は禁忌の石  作者: Aevum the Sun


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サッカラの地下水脈


「そういうことよ。ただし、地下水脈の真上にあると単純に考えるのは早いわ。地下水の深さは場所によって違うし、岩盤の亀裂や地層にも左右されるの。

でも、サッカラの地下遺構を調べるなら、水の影響は無視できないわ。地下水位が上がれば、遺構に浸水したり、塩類が石材を傷めたりする可能性もある。

リベーロ、まさか地下水そのものに欠片が反応していると考えているの?」



ウナス王のピラミッドから地上へ這い出ると、真上から降り注ぐ正午近い激しい太陽光線が、二人の目を眩ませた。 地下のひんやりとした静寂から一転、肌を焼き焦がすような砂漠の熱気が容赦なく押し寄せてくる。




「断定は出来ない。地下水でいいなら、なにもここじゃなくてもいいだろう?えーと、次はテティ王のピラミッドだよね。手がかりを探していこう」




リベーロは眩しそうに目を細め、リュックの紐をぎゅっと握りしめた。

夢の中で聞いた言葉がずっと忘れられない。



【夜の7時間目は夜の船を止める大事な時間】



【地下水を貰う時に一緒に貰うから、その時間砂漠に置く】




「そうね、考え込んでいても始まらないわ。次に向かいましょう」




ロゼリーは日よけの帽子を深くかぶり直し、待たせてあったチャーター車へと足を向けた。

数分後、車はサッカラ遺跡群の北側に位置するテティ王のピラミッド付近に到着した。




「おっと、このパターンだね。質素に見えて中がすごいパターン。そうでしょ?ロゼリー」




車を降りたリベーロは、得意な顔で目の前に広がる小高くなった土山を指さした。




「ええ。テティ王のピラミッドも、外観だけでは内部の様子は分からないわ。内部にはピラミッド・テキストが残されているの」




「そうだよね?今思うと、クフ王とかが変なんだよ。見た目すごいのに中身装飾も文字もなにもない。

もしかして、それをやっぱりファラオがもっと王っぽくしようよって言ったんじゃないかな。見た目じゃなくて、重要な棺の所ちゃんとやろうって。つまりバージョンアップだよ」




「バージョンアップって、あなた、ピラミッドをゲームみたいに考えているの?」




ロゼリーは呆れたように眉を寄せた。




「でも、クフ王のピラミッドには王の埋葬室があるし、装飾がないからといって、重要視されていなかったとは言い切れないわ。ピラミッド・テキストが登場するのは、もっと後の時代よ」




「だから、それがバージョンアップなんじゃないの?クフ王のピラミッド、外側に全力出し過ぎたんだよ

それで王様が変わるたびに、効率とか重要な部分が変わるってありそうじゃん?」




「発想は分かったわ。でも、実際に何を重視していたかは、遺構を見て判断しないとね」




ロゼリーはそう言って、テティ王のピラミッドへ目を向けた。




「中に入るわよ。ここでも欠片の反応を確かめましょう」




「もちろん。今度こそ何か手がかりがあると嬉しいよ」




リベーロはリュックを背負い直し、苦笑いを浮かべながら入り口へ向かうと、ロゼリーがスマートフォンを取り出し、入場券のQRコードを画面に表示した。




「リベーロ、チケットを準備して。入口のゲートで読み取ってもらうわ」




「はいはい。ほら。こういうのだってバージョンアップされてきたんだよ。QRコードが最初からあるわけないじゃん」




リベーロもスマートフォンを取り出し、QRコードを表示する。二人は係員の案内に従って画面を読み取ってもらい、テティ王のピラミッドへと進んだ。

リベーロはリュックの肩紐を掛け直した。夢の中の言葉が、頭の片隅で繰り返されている。




――地下水を貰う時に一緒に貰うから。




(地下水のついでにベンベン石の欠片を貰えるもんなのか、よく分からない。とにかくロゼリーから、欠片の破棄は破滅の選択だと言われてる。これ以上原初の石をそんな簡単に置く事はもう出来ない。他に手がかりがあって、確実に分かればそれが安全だ。)




暗い通路を進むにつれ、外の強烈な日差しが遠ざかり、二人の周囲は静寂に包まれていった。




「うわ、また狭いな。クフ王のピラミッドもこんな感じだったけど、王様の墓って、なんでこういう造りなんだろうね、腰痛えなあ、足腰へのダメージを狙ってるのかと思うよ」




「入口から埋葬室へ続く通路は、ピラミッドごとに構造が違うのよ。テティ王のピラミッドは、第6王朝のもの。内部にはピラミッド・テキストが残されているわ」




「そういやさっき、ウナス王の所でファラオは亡くなると、星や神様になるのも重要な意味があるって言ってたよね」




「そうね。古代エジプトでは、王が亡くなった後に星々や神々と結びつくことが、王の死後の運命を考えるうえで重要だったのよ。ピラミッド・テキストには、王が天へ昇り、神々と一体になることを願う呪文も記されているわ」




「神々と一体となることを願うか…それは当然、国民全員に願われて、呪文が記されたって事だよね」




「いいえ、リベーロ。そこは区別しなければならないわ。ピラミッド・テキストは、もともと王の埋葬室などに記されたものよ。王が死後に復活し、神々と結びつくことを願う呪文が含まれているけれど、国民全員がそれを願い、記したという意味ではないわ」




ロゼリーは通路の壁に目を向けた。




「少なくとも、王のために記された呪文と、国民一人ひとりの願いを同じものとして扱うことはできないわ」



「だってこれだけ、ピラミッド作るほど国民が頑張ったじゃん。でも、違うのか。

複雑な事情があるんだね」



リベーロは狭い通路で、リュックからの反応を慎重に探り、中腰の姿勢を続け、腰をかばいながら顔をしかめた。



「王様は星になれるかもしれないけど、俺はこの通路で腰痛になりそうだよ」




「そうね。ピラミッドの建設には大勢の人々が関わったけれど、彼らが王の死後について何を考えていたのか、全員が同じ信仰を持っていたのかまでは分からないわ。王のための宗教儀礼と、一般の人々の信仰は、分けて考える必要があるのよ」




ロゼリーが説明している間も、リベーロは中腰のままリュックに意識を集中させていた。




「特に反応ない。腰が限界だよ、そろそろ奥へ行ってみよう」




「ええ。埋葬室を確認しましょう」




二人は狭い通路を進み、やがて埋葬室へとたどり着いた。

壁面には、古代エジプトの文字が刻まれている。リベーロはリュックを下ろさず、ゆっくりと室内を見回した。




「ここでも反応がなかったら、次を考えよう。欠片を返す場所は、まだ別にあるはずだから」




「そうね。焦って決めつけるわけにはいかないわ」




ロゼリーは埋葬室を見渡し、壁面と石棺へ順番に目を向けた。

そこには一部が崩落しつつも、壁一面にびっしりと刻まれたヒエログリフが残されていた。

リベーロは、欠片から何か伝わってこないか、慎重に埋葬室で反応を待った。




「ウナス王の時より、ここは壁が傷んでるね」




「ええ。一部は盗掘や地盤変化で損傷しているけれど、古代エジプトの葬送思想を伝える碑文は今も残っているわ」




ロゼリーが真剣な眼差しで文字を追う。 リベーロはリュックを胸に抱え、奥に静かに横たわる黒い石棺へとゆっくり近づいた。リュックから伝わるかすかな脈動。




「ロゼリー、ここも違うみたい。振動はある。けど強くない。ヘリオポリス神殿の方が強かったぐらい」




「そう、ここは求めている返却場所ではないわね。外に出て、セラペウムへ向かいましょう」




12時50分頃、2人はテティ王のピラミッドの地上へ戻りチャーター車に乗り込み、サッカラのさらに深部にある、アピス神の聖なる牛を祀る地下墓地「セラペウム」へと向かった。

地上から地下へ降り立つと、そこには岩盤を直接くり抜いて造られた巨大な一本の直線トンネルと側室がどこまでも広がっていた。薄暗い洞窟の左右に彫り込まれた部屋には、数十トンから100トン近くに達する漆黒の玄武岩や花崗岩で造られた24個の巨大石棺が鎮座している。




「こんなに沢山、誰のお墓なの??」




「『誰』のお墓って……これは、人間のお墓じゃないわよ」




「ここは『セラペウム』。古代エジプトで神の化身として信仰されていた、聖なる牛『アピス』が眠る地下墓地よ。ここに並んでいる巨大な石棺は、全部その聖牛たちのためのものなの」




「牛のお墓!?しかも、すげえデカイ牛って事じゃん、黒ジャッカルが怒って遺体を食べるって言ってたけど、このサイズの牛いるなら大丈夫だよ、黒ジャッカルに勝てる。聖なる牛って言われるはずだよ」




石棺1つひとつ、近くによって反応を確かめていく。




「そうじゃないわよ、リベーロ。石棺が大きいからといって、牛そのものが巨大だったわけではないわ。これは、聖なるアピス牛を埋葬するための石棺なの」




ロゼリーは、巨大な石棺の表面を見上げた。




「アピスはプタハ神と結びついた聖牛よ。死後はオシリス神と結びつけられ、オシリス・アピスとして信仰されたの。だから、これほど大きく、頑丈な石棺が造られたのよ」




「複雑だなぁ。今度は牛一頭のために、岩盤を掘ってこんな地下施設まで造ったんでしょ?王が神になれますように。ぐらいはやっぱり国民全員が願ってもいいと思うよ。ここまでやったんだから」




「王たちにとっても、神々への信仰は重要だったのよ」




リベーロは返事をせず、リュックを抱え直した。

石棺一つひとつに近寄って反応を確かめていく。黒い玄武岩、花崗岩。どれも人間の棺とは比べものにならない大きさだった。

だが、欠片の反応は弱いままだった。




「ここも違うみたい」




ロゼリーはリベーロの手元を見た。




「反応がまったくないわけではないのね?」




「うん。これじゃ返却場所だって断定できない」




リベーロは次の石棺へと歩き出した。地下に沈む静寂の中、二人は残された石棺を一つずつ確かめていった。しかし、公開エリアの最奥にある最後の石棺まで巡っても、ベンベン石の欠片から決定的な反応は得られず、結局返却場所は見つからなかった。二人はセラペウムを後にし、地上へ戻った。

砂漠の空気の中、遠くからアザーンが聞こえてくる。二人が耳を傾けているうちに、その声はほどなく途切れた。




(夢の中で、アザーンを使ってすーばーぬちゃんが言ってた、あの話。やっぱり地下水が気になる)




リベーロは、ふと思い出したようにロゼリーを振り返った。




「あれさ。さっき見た階段ピラミッドの中央シャフト、時間はまだ大丈夫だよね? もう一回行ってみたいんだ」




「いいけど、地下水はもらえないわよ」




「分かってる。もう一度戻ろう。あのシャフトのそばに、何か手がかりがないか探してみようよ」




ロゼリーは一瞬考えたものの、反対はしなかった。




「分かったわ。僅かな可能性でも行ってみるべきね」




2人は待たせていたチャーター車へと急いだ。車に乗り込むと、ロゼリーが運転手に階段ピラミッドへ戻るよう伝えた。

車は再び、サッカラ遺跡群の中を走り始めた。チャーター車を降り、階段ピラミッドの南側入口から内部へ再進入した2人は、見学用の木製プラットフォームの手前まで戻った。

一般観光客が立ち止まれるのはここまでだ。

手すり越しに中央シャフトの深部を見下ろすことはできるが、その先の地下回廊へ続く通路は、強固な鉄格子で完全に封鎖されていた。格子の前には




「立入禁止・事前の特別許可がない場合は進入不可」



と記された大きな警告看板が掲げられ、照明も途切れている。その向こうは、一般公開されていない最下層の坑道へと続く、漆黒の暗闇だった。

リベーロは、まるで吸い寄せられるように鉄格子の前へと歩み寄った。




(この先が、地下水…。)




【地下水を貰う時に一緒に貰うから、その時間砂漠に置く】




夢の中で聞いた言葉が、頭の中で鋭く反響する。

それと同時にベンベン石の欠片が少しづつ強く反応している。




「こっちか」




リベーロはフラフラと足を踏み出し、鉄格子の横にあるわずかな隙間へと身を滑り込ませた。




「ちょっと、リベーロ!? 何をしているの、やめなさい!」




ロゼリーは青ざめた顔で周囲を気にしながら、押し殺した切迫した声で叫んだ。




「ここは立入禁止区域よ……特別な許可もなしに入るなんて許されるわけがないわ! 見つかったらただの不審者じゃ済まないのよ、早く戻りなさい!」




ロゼリーは焦燥感を露わにし、鉄格子の隙間から手を伸ばしてリベーロの服の端を掴んで止めようとしたが、リベーロを追うように自分も中へ入った。


リベーロは耳元で早口に囁いた。




「地下水に少しでも近づいてみたいんだ。すぐ戻るから」



周囲の静寂に気を配りながら、歯を喰いしばってすぐ囁き返した。




「地下水……? 何を言っているのよ……! すぐ戻るだなんて、そんな言い訳が通用する場所じゃないのよ! お願いだから聞き分けなさい……!」




ロゼリーは懸命に洋服を引っ張り、音は立てないようにして戻そうとした。その時だった。




يا أنت! ماذا تفعل هناك؟

(おい!そこで何をしてる?)




懐中電灯の強烈な光が暗闇を貫き、格子越しに二人を真白く照らし出した。


ロゼリーは息を飲み、弾かれたようにリベーロの手首を掴むと、瞬時に自分の背中へと引き寄せた。

警察官たちの視線を遮るように立ち塞がり、冷や汗の浮かぶ額を隠さず、努めて冷静さを保った低い声で素早くアラビア語を返した。




「نحن آسفون جداً! لم نكن نعرف أن……!」

(この先が禁止区域だとは知りませんでした!)




だが、私服警察の男たちは険しい表情のまま距離を詰め、二人を完全に包囲した。逃げ場のない地下通路で、ロゼリーはリベーロの手を固く握りしめたまま歯を噛みしめた。

騒ぎを聞きつけ、警察官がまた1人またひとりと増えていく。




「مستحيل! حتى لو لا تفهم العربية، اليافطة مكتوبة بالإنجليزية. لا يمكن أن تدخل هنا بالخطأ. سأحتجزكما الآن!」

(そんな訳はない! アラビア語が分からなくても英語で標識があるだろう。うっかり入れる場所じゃない。二人とも拘束する!)

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