↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創世の欠片は禁忌の石  作者: Aevum the Sun


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/26

無謀を進む

午前3時18分。


暗闇に包まれたオシリスホテルもあるアブディーン地区の街並みに

遠く近くの礼拝堂から一斉に、ファジュル(夜明けの祈り)を告げるアザーンが

大音量で響き渡った。重低音の拡声器による歌う様な声が街全体を震わせる。


その声に、ベッドの上でリベーロが飛び起きた。

突然の予期せぬ音に、毛布を被って顔だけ出し片目だけ開けて回りを見渡す。




「え!?…え?何?…ずっと歌ってる…?」




隣で眠っていたロゼリーもその音に起きて。驚く様子はなく伸びをしていた。




「ふあぁ。これはアザーンと言って、イスラム教の礼拝の時間を知らせる合図なんだけど、初めて聞いたら驚くわね」




隣のベッドで上半身を起こしたロゼリーが、毛布から顔だけ出してるリベーロに向かって静かに告げた。




「今流れているのは、一日に五回ある礼拝の一回目、ファジュル。夜明け前の祈りを告げる呼びかけよ。ここカイロは礼拝堂が密集しているから、より一斉に歌い出したように聞こえるけれど、中身は礼拝を知らせる純粋なアナウンスメントよ」




「これ録音を流してるんでしょ?まさか起きてて1人の生歌をカイロ全体に今、流してるの?」




「録音じゃないわよ。もちろん生放送の呼びかけよ。それぞれの礼拝堂にいるムアッジンと呼ばれる専門の招集係が、今その場でマイクに向かって声を上げているの」




ロゼリーは、窓の外から響く重低音の節回しに耳を傾けた。




「もちろん、正確な発音や文法が最優先されるから、節を意識しすぎて意味が崩れないように厳格なルールがあるわ。でも中には圧倒的な美声を持つ人もいて、まるで国民的な歌手のように人々から深く愛されることもあるのよ」




「毎日、毎朝聞いてたらそうなるのかな、何言ってるかわからないし、俺にはさっぱりだよ」




リベーロはスマートフォンで現在の時刻を確認した。




「まだ3時だよ!まだ寝るよ。」




そう話すと、耳を塞ぐように布団を被って再び眠りについた。


それから2時間足らずの午前5時ちょうど。


トントン、と部屋のドアを静かに叩く音がした。

フロントのスタッフによる手動のモーニングコールだった。




「おはようございます。ご指定のお時間です。

ご予定のご出発に間に合うよう、お知らせに参りました。

どうぞゆっくりお支度を始めてくださいませ。」




「ありがとうございます」




ロゼリーは対応すると、すぐリベーロを起こした。




「時間よ。起きてリベーロ、支度しましょう」




寝ぐせ頭で、リベーロは目をつぶったまま笑って話した。




「あの歌で起こされて、二度寝したから頭がボーっとするよ」




薄暗い室内でよろよろと洗面所に向かい、冷たい水で顔を洗って丁寧に歯を磨く。

着替えとして用意したのは、日差しと砂埃を防ぐための薄手の長袖シャツと、動きやすいカーゴパンツ。

リュックには、ベンベン石の欠片がしっかりと入っている事を確認した。


準備しながらロゼリーに話しかけた。




「1日に5回もあの放送あるんでしょ?なんで昨日気づかなかったんだろう?」




「夜のアザーンは20時頃だから、丁度シャワーを浴びてて聞こえてなかったのよ。準備はいい?

さあ、いくわよ」




小型のエレベーターで1階に降りて、フロントへ向かう。24時間常駐している夜勤スタッフに鍵を渡して真鍮のドアノブを回すと、早朝の乾いたひんやりとした空気が肌に触れた。

午前5時40分。配車アプリで手配していたタクシーが、ホテル前に滑り込んできた。

車はスムーズに高架道路を走り抜けていく。昨夜の地獄のような大渋滞が嘘のように車影はまばらで

東の空がゆっくりと茜色から黄金色へと移り変わっていく。

タクシーは北東のエジプト古来の聖地、マタレヤ地区のヘリオポリス神殿遺跡へと向かって進んだ。


午前6時半過ぎ、ヘリオポリス神殿のあったオベリスク公園に到着した。


開園前の史跡周辺100m以内には、喫茶店や食堂、パン屋、フール・ワ・タアメイヤ(サンドイッチ)の専門店が軒を連ね、すでに早朝から仕込みや朝食を求める現地の人々で行き交っていた。

二人はその中の、フール・ワ・タアメイヤのお店へ入った。

注文して運ばれてきたのは、じっくり煮込まれたソラマメのペースト「フール」に、

固ゆで卵「ベード」、そして窯から出たばかりの香ばしく温かい全粒粉パン

それと小さなガラスのグラスに注がれた温かいシャーイ(紅茶)だった。


リベーロはパンを小さくちぎって袋状に開き、フールと潰したゆで卵をたっぷり挟んで一口かじった。




「へえ!ありだよ。美味い」




「フールと卵はエジプトの伝統的な朝のエネルギー源ね。美味しいわ」




ロゼリーも手際よくフールをパンですくい、シャーイを口に含みながら落ち着いた口調で朝食を味わっていた。

二人はしばらく無言で食事を続けた。


やがてロゼリーはカップをテーブルに置くと、目の前に広がる古代の聖地へ視線を向けた。




「さて、いよいよ始まるわ。ヘリオポリス神殿……と言っても、見ての通りよ。今は神殿そのものがほぼ完全に消失・解体された状態で、地上に神殿としての原型は一切残っていないわ」




ロゼリーはパンを置き、さらに説明を続けた。




「あそこに見えるでしょう? 残った建造物は、全長20メートルのセンウスレト1世のオベリスク。

ヘリオポリスに残る、数少ない古代の遺構の一つよ」




「これだけしか残ってないの?」




「そう。だから、私たちが探すのは建物そのものではないわ」




ロゼリーは声を少し落とした。




「ここは、かつて太陽神ラー、そしてアトゥムが信仰された場所。ベンベン石も、この場所と深く結びついている」




リベーロは食べかけのパンを置いた。




「じゃあ、まずここを調べるんだね」




「ええ。昨日も話したでしょう。ベンベン石の欠片を、どこへ戻せばいいのか。それを確かめるためよ」




ロゼリーがそう話している時だった。

リベーロのリュックの中で、ほんの僅かに揺れた。




「んん?」




背中に伝わった微かな振動に気づき、リベーロは動きを止めた。

そして、ロゼリーに小声で伝えた。




「ロゼリー……! なんか背中で動いてる」




ロゼリーの表情が変わった。




「反応があるのね……」




「ずっと管理してたけど、振動するような事はなかったよ」




「ええ。ここが本来ベンベン石が安置されていた場所だから、当然最初にここを選んだの。

まさか、到着しただけで反応するなんて……」




ロゼリーは周囲を確認してから、声をさらに落とした。




「まずは人目のない場所で、ベンベン石の欠片を少しだけ近づけてみましょう。

何に反応しているのか確認する必要があるわ」




リベーロはリュックに手を添えた。




「わかった。じゃあ、ここで何か見つかるかもしれないんだな」




「まだ決めつけてはいけないわ。でも、調べる価値は十分にある」




ロゼリーは時計を確認した。




「それと、11時には次の目的地へ向かうわ。次はギザ。」




「ギザって、ピラミッドのところ?」




「ええ。入場できる時間は16時まで、ヘリオポリスでの調査は午前中に済ませる必要があるわ」




二人は残った朝食とシャーイを急いで口に運んだ。

朝食とお茶を終える頃には、周囲もすっかり明るくなっていた。

早朝の静けさは消え、人の往来も増え始めていた。

そして、午前7時開園し2人は手がかりを探した。




「これ公園の敷地内だけか。発掘現場はそりゃ立入禁止だよなぁ…」




「ええ。許可なく入ることはできないわ」




「探せる場所は限られているって事か。うーん」




「ここには、かつてベンベンの家(House of the Benben)」と呼ばれる

特別な礼拝堂が存在していたの。何か手がかりが見つからないかしら」




ロゼリーは周囲の遺構を確認しながら、ゆっくりと歩を進めた。

公園から先は、すぐに立入禁止区域、金属フェンスが二重に設置され

入口には観光警察の制服を着た警官が二名、さらに奥には警備員が立っていた。

警官は腰に無線機を携帯し、フェンスの前を通る観光客へ鋭い視線を向けている。

警備員は腕を組み、発掘現場の方向を常に監視していた。




「ここは完全に立入禁止ね。発掘現場は許可証がないと絶対に入れないわ」




リベーロはフェンス越しに中を覗いた。




「欠片出して、ゴソゴソ出来る様な雰囲気じゃないよ」




「ええ。観光警察が常に見張っているもの。ここで欠片を近づけるのは不可能ね」




ロゼリーは腕時計を確認した。時刻は午前10時50分。




「時間ね。ヘリオポリス神殿での調査はここまで。予定通りギザへ向かうわよ」




あまりにも無謀に思える捜索だった。2人は巨大なセンウスレト1世のオベリスクの前で困難を痛感していた。長い年月を越えて今もそこに立ち続ける姿は、まるで自分たちの力不足を静かに突きつけているようだった。




「仕方ない。でも、決して無駄じゃない。ここじゃないって分かったことは大きな収穫だよ」




「ロゼリー、ここを教えてくれてありがとう。次に進もう」




ロゼリーは一瞬だけ、「判断を誤ったかもしれない」と考えた。

けれど、失敗を責めるどころか、自分を気遣い、次へ進もうとしてくれるリベーロの言葉が胸に響いた。


自分一人なら、不安で立ち止まっていたかもしれない。

ロゼリーは込み上げるものを顔には出さず、静かに前を向いた。




「それは、私も言わなくてはならないわ。リベーロ、信じてくれてありがとう」




何が正解か、何もわからない中で、次の目的地へ向かう。




「次の場所は、マタレヤ駅まで歩いて。そこから電車でギザ駅まで行くわ」




2人は公園を後にし、強い気持ちで歩道をマタレヤ駅へ向かって歩き始めた。

駅前に到着すると、電車は数分おきに到着し、颯爽と乗り込んだ。


約1時間後。


ギザ駅のホームへ降り立ち、街へ出ると、ちょうど正午を迎えようとしていた。

街のあちこちからアザーンが響き始めた。ズフル(正午の礼拝)の時刻を告げる声が、建物の間を抜けるように重なり、カイロの街に広がっていた。

ご覧いただきましてありがとうございます。いよいよ、探索が始まりました。

現地のリアリズムな描写にこだわりまして、資料調査に少し更新が遅れます。

ただ確実に執筆してます。どうか変わらぬ応援をお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。