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創世の欠片は禁忌の石  作者: Aevum the Sun


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10/26

あるば・すーばーぬ

リベーロはイヤホンを付けて、薄暗い座席でスマートフォンの画面を見つめていた。

機内の照明は落とされ、周囲の乗客たちもそれぞれの時間を過ごしている。

眠っている者もいれば、映画を観ている者もいる。

小さな読書灯だけを頼りに、本を読み続けている乗客の姿もあった。

そんな暗闇の中で、リベーロだけは手元の画面に映し出される

VTuberのライブ配信に釘付けになっていた。


本来、高度一万メートルを飛ぶ機内の Wi-Fi 環境で高画質の動画配信などスムーズに観られるはずがない。しかし画面内の映像は、止まることも途切れることもなく滑らかに動き続けていた。

画面には、いつもの可愛いアバターが映し出され、聞き慣れた明るい声で楽しげに配信をしている。




リベーロは隣を起こさないよう声を抑えて小さく笑い、コメント欄へ指を滑らせた。




@りべーろ:こんばぬ〜!見に来ちゃったw




送信ボタンをタップする。




コメント欄を滝のように流れていく無数の文字の波の中に、彼の書き込みも一瞬で呑み込まれて消えていった。




「あははは。脱皮組のみんな!見に来てくれてありがとう。こんばぬ〜! あははは」




「すーばーぬちゃん、可愛いな~」




自分のコメントを読まれたのかと思ったが、配信者は特にそれ以上触れることなく、そのまま雑談を続けている。




しばらく雑談が続き、偶然にも話題は遺物のことへと及んだ。




「遺物とか貴重な物は、夜の7時間目、干上がる砂漠に置くのがオススメかな。

船が変わる時間だからね。その時間が一番良いのだ!」




「だから、脱皮組の皆さん。スーパーチャットは要らないから、代わりに干上がる砂漠にミイラを入れるのだ。あははは。ん〜何がいいかな、トキ・ワニ・鷹のミイラ! あははは〜」




リベーロは画面を見ながら、小さく笑った。




「そんなのどこで手に入るんだよ!干上がる砂漠……?」




雑談の醍醐味のひとつは、マニアックな話題である。

数多のVTuberたちが繰り広げる特有のディープな世界観に引き込まれるように

彼はじっと耳を傾けていた。


リベーロは再びコメント欄へ指を走らせる。




@りべーろ:覚えておくよ、すーばーぬちゃん、情報ありがとう〜




送信されたコメントは、また他の視聴者たちのコメントに紛れて流れていった。

その後も配信はいつも通りに続いた。

愛くるしい声での雑談。リスナーとのテンポの良い掛け合い。

そして、時折混じる楽しげで可憐な笑い声。




それは紛れもなく、いつもの平和な癒しの夜だった。

ただひとつ違うのは、その「いつもの夜」が、地上から遥か遠く離れた上空、漆黒の雲の上で続いているということだけだった。

リベーロはビジネスクラスのシートをほぼ水平まで倒し、ぼんやりと画面の光を眺めていた。


機体の微かな振動。耳奥で一定のリズムを刻み続ける配信の声。


それらが心地よく重なっていくうちに、彼の意識は次第に遠のいていった。

気がつけば、急激にまぶたが重くなり、視界がかすんでいく。




「ダメだ……眠い」




半分眠った様な状態でチャットを打った。




@りべーろ:ねむいー、途中で寝ちゃったらごめんね。




数分後、配信を流しっぱなしにした状態で、リベーロは深い眠りへと落ちていった。




——朝。




天井の案内灯が静かに色を変え、やがて客室全体を優しく包み込むような

朝の光『ムードライティング』が点滅することなくゆっくりと灯り始めた。

スピーカーから静かなチャイムが鳴り、落ち着いたトーンのアナウンスが流れた。




『皆様、おはようございます。当機は現在、大西洋上空を順調に飛行しております。カイロ国際空港への到着予定時刻は、現地時間の本日午後5時を予定しております。これより皆様へ朝食のご用意をさせていただきます。どうぞごゆっくりとお寛ぎください——』




低く心地よい案内が響くと、通路からは客室乗務員がワゴンを押しながら

温かいおしぼりと朝のドリンクを準備する微かな音が聞こえ始めていた。


ロゼリーは周囲の気配より一足先に目を覚ました。

ゆっくりと目を開き、まだ少し霞んだ視界のまま隣のシートへ目を向ける。

リベーロが浅い寝息を立てて眠っていた。

ロゼリーは静かに身を起こした。


そして、ふと彼のテーブルへ視線を向ける。


スマートフォンが横向きに置かれたまま。

イヤホンも繋がったままだった。

その画面は、完全に真っ暗だった。

ロゼリーは少しだけ眉を寄せた。




「これは、テキストを見てたんじゃない……」




「横向きにしてイヤホンしてるって……動画を見ていたの?」




しかし、回線の問題がある中で飛行中にスマートフォンで動画を見られるとは思っていなかった。




「どうやって……?」




小さく首を傾げる。




「何をしてたのか、起きたら聞きましょう」




ロゼリーはそれ以上考えることを止めた。




「おはようございます。おしぼりでございます」




客室乗務員は手際よく、ロゼリーのテーブルへ温かいおしぼりとグラスを置いた。

そして、隣のシートで静かに寝息を立てているリベーロへ視線を落とす。




「お連れ様はお起こしいたしましょうか? 朝食のご用意がございますが」




声をひそめた問いかけに、ロゼリーは隣を振り返った。

リベーロは完全に夢の中だ。

先ほどのアナウンスや少々の生活音では起きる気配すらない。




「いいえ、結構です。深く眠っているようですので、起きてから声をかけます」




「かしこまりました。お目覚めになられましたら、いつでもお呼びつけください。

朝食をご用意いたします」




客室乗務員は静かに一礼すると、リベーロを起こさぬよう立ち去った。

ロゼリーのテーブルには白いリネンが敷かれ、朝食のトレイが運ばれてきた。

色鮮やかなフレッシュフルーツ、数種類のチーズ、ヨーグルトが並ぶ。

トレイの脇には、小さなガラス瓶に入ったストロベリージャムとハチミツ、そして個包装のバターが整然と添えられていた。

続いて、客室乗務員が数種類のパンが入ったバスケットを差し出し、低く静かな声で尋ねた。




「パンはいかがなさいますか? クロワッサン、全粒粉のパン、ソフトロールがございます」




「全粒粉のパンをいただけますか」




ロゼリーが答えると、トングで丁寧にトレイへ添えられた。ほどなくして、メインの温かいオムレツの皿も運ばれてくる。

ロゼリーは温かい全粒粉のパンを一口大にちぎり、バターナイフでハチミツを塗って口へと運んだ。




静かな朝食を摂りながら、チラリと横を見る。

リベーロは相変わらず、座席を倒したまま眠っている。




「よほど深夜まで起きていたのかしら」




小さな溜息をつき、ロゼリーは温かいハーブティーを飲んだ。

リベーロがゆっくりと身じろぎした。

深い眠りから浮上するように、まぶたがわずかに震え、やがてゆっくりと開いた。




「ん…んむむ…そうだ飛行機の中だ」




寝起き特有のぼんやりした声。

ロゼリーはハーブティーのカップをソーサーへ戻し、静かに隣へ視線を向けた。




「おはよう、リベーロ。朝食の時間よ」




リベーロは倒れたシートを戻しながら、まだ夢の残り香を引きずるように周囲を見渡した。

客室は淡い朝の照明に包まれ、乗客たちはすでに食事を始めている。




「トイレ。あと顔、洗ってくるわ」




寝起きの声でそう言うと、シートベルトを外し、ゆっくりと立ち上がった。

まだ半分眠気の残る足取りで手洗いへ向かい、用を足した後

個室内の洗面台で蛇口をひねり、冷たい水で顔を何度か洗った。

眠気が一気に引き締まり、深呼吸をひとつ。

タオルで顔を拭き、鏡に映る自分を見てぼそりとつぶやいた。




「久々寝落ちした…あとで見返そう」




席へ戻ると、ロゼリーは既に朝食を半分ほど終えていた。

ハーブティーの湯気がまだ静かに立ち上っている。

ロゼリーは静かにアテンダントコールのボタンを押した。

小さな音が鳴り、数秒後、客室乗務員が足音を殺して近づいてきた。




「おはようございます。朝食のご用意をいたします。お飲み物はいかがなさいますか?」




リベーロはまだ半分眠そうな顔で、メニュー表を手に取った。




「えっと……オレンジジュースをください」




「かしこまりました。オレンジジュースですね」




客室乗務員は静かに頷き、続けてパンのバスケットを差し出した。




「パンはいかがなさいますか? クロワッサン、全粒粉のパン、ソフトロールがございます」




リベーロは少し考えてから、指を伸ばした。




「クロワッサンをひとつ。あと……ソフトロールもください」




「承知いたしました」




トングで丁寧にパンがトレイへ添えられ、続いて温かいオムレツの皿が静かに置かれた。




リベーロはシートに腰を下ろし、クロワッサンをちぎって口へ運んだ。

焼きたての香りがふわりと広がる。




「母ちゃんのもうまいけど、こういうのも美味いもんだね」




ロゼリーは横目で彼を見ながら、少し笑顔を見せた。




「随分お母様のこと、好きなのね」




「母ちゃんを嫌う理由なんてないだろう?」




「確かにそうね」




ロゼリーはパンを一口かじり。




「昨夜、遅くまで起きていたようね」




「まあ、すぐ寝れないよ」




そして、テーブルの端に置かれたスマートフォンへ視線を落とした。




「リベーロ。気になったのだけれど」




「なに?どうしたの?」




「多分だけど動画を見ていたの?……機内で」




リベーロはオレンジジュースを飲みながら、当たり前のように頷いた。




「見てたよ。前から言ってたでしょ?推しの新人Vtuber配信だよ。普通に観れたし楽しかった」




ロゼリーは静かに息を整えた。




「普通に、では説明にならないわ。ここは高度一万メートルよ?

途切れずにライブ動画が視聴出来るなんてあり得ないの」




リベーロはパンをちぎる手を止めた。




「システム的な事はわかんないよ。ただ、観れたよ」




ロゼリーはハーブティーを口に含み、淡々とした声で続けた。




「録画した動画じゃなくて、ライブ配信を見たのね?」




リベーロは曖昧に頷き、クロワッサンをもう一口かじった。




「そうだよ、履歴見る?ほら」




そういうと、リベーロはスマートフォンを解除しYoutubeの履歴を開いた。




が、履歴にはなかった。

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