第5話 【 亡霊の帰還 】
「面白い、……」
鬼頭は不敵な笑みを浮かべ、窓の外の淀んだ空を見上げた。
巨大資本が支配するマネーゲームの戦場は崩れ去り、
誰もが予想しなかった無秩序の荒野が広がっている。
その中央で、かつての設計者と、飢えた狼たちが、次の一手を静かに見据えていた。
【 灰色のビルに届く名刺 】
薄暗い地下二階の空気は、
相変わらず古びた雑居ビルの澱んだ匂いに満ちていた。
波多野がインスタントの粉末をマグカップに入れ、
電気ポットの湯を注ごうとしたその時、
ガタピシと音を立てる木製のドアが乱暴に叩かれた。
ノックの回数は三回。
だが、常連の配達員のような手際の良い音ではない。
もっと無遠慮で、焦燥と好奇心が入り混じった暴力的な響きだった。
波多野は湯を注ぐ手を止め、音もなく振り返る。
「……、開いてるよ」
低い声で告げると、ドアノブがガチャリと回り、重い扉が押し開けられた。
そこに立っていたのは、高級なイタリア製のスーツを着こんだ男だった。
ネクスト・プロデュースの主席プロデューサー・鬼頭。
港区の超高層ビルで札束を動かしているはずの男が、
なぜこんな湿気た雑居ビルの地下にいるのか。
その顔には、隠しきれない興奮と警戒の色が張り付いていた。
鬼頭は室内を一瞥し、すり切れたリノタイルの床と、
机の上に無造作に置かれた使い古しのノートパソコンを確認すると、
皮肉な笑みを浮かべた。
「まさか、業界を揺るがしている大バグの発生源が、
こんなネズミの巣みたいなところだとはな。……、驚いたぜ、波多野さん」
【 かつての教え子、あるいは宿敵 】
波多野は驚くこともなく、ポットからマグカップへ静かに湯を注ぎ入れた。
白煙の向こう側で、濁りのない冷たい瞳が鬼頭を捉える。
「名前を間違えるなよ。俺は今じゃ、ただの無名のアカウントだ」
「冗談はやめてくれよ。
あのアルカディアのシステムを根底からフリーズさせ、
数億の広告費をゴミクズに変えた男が『ただの無名』なわけがない」
鬼頭は部屋の中にズカズカと踏み込み、パイプ椅子に勝手に腰を下ろすと、
懐から一枚の名刺を取り出して机に放り投げた。
そこには『ネクスト・プロデュース 統括本部長 鬼頭京一』と印刷されていた。
「アルカディアは今頃、神崎の指揮の下で全サーバーの強制ロールバックと、
あんたのアカウントの永久凍結を企てている。
だが、そんな泥縄式の真似をしたところで、
一度割れたガラスは元には戻らない。……、うちに来いよ、波多野さん」
鬼頭の言葉に、波多野はコーヒーの表面をスプーンで静かにかき混ぜた。
「お前のところへ行って、何をする?
また新しいマネーゲームの歯車を回せとでも?」
「違うね」。鬼頭は不敵に笑い、テーブルに身を乗り出した。
「あのクソみたいなランキング至上主義の仕組みそのものを、
あんたの手で完全に焼き払いたいんだよ。……、組もうぜ、波多野さん。
業界の王座をひっくり返すための共犯者としてさ」
【 始まりの終わり、そして反撃の狼煙 】
波多野はマグカップを持ち上げ、ゆっくりと一口含んだ。
インスタントの安っぽい苦味が、乾いた喉に染みわたる。
彼のノートパソコンの画面では、
アルカディアが焦燥のあまり強行した
「全システムの一時停止」に伴うエラーログが、滝のように流れ落ちていた。
巨象はパニックを起こし、自らの足で大地を踏み荒らし始めている。
波多野は名刺を一瞥し、そして顔を上げて鬼頭を見据えた。
「共犯者、か」
低く呟くその声には、
かつて「アルカディア・メディアワークス」社を追放されたときの
絶望の色など微塵もなかった。
あるのは、すべての歯車を噛み砕くための確固たる意志だけだ。
「いいだろう。だが条件がある。
俺が作る物語は、お前たちの都合の良い客寄せパンダにはしない。
あのクソみたいなシステムの上にあぐらをかいている連中全員に、
自分たちが踏みつけてきたものの重さを、文字通り『血の味』として思い出させる」
鬼頭はしばらく波多野の顔を見据えた後、
獣のような笑みを浮かべて立ち上がった。
「上等だ。狂った世界をぶち壊すには、それくらいの劇薬が必要だからな」
窓のない地下二階の蛍光灯の下で、二人の男の利害が一致した瞬間、
WEB小説界を飲み込む本当の復讐劇の歯車が、音を立てて逆回転し始めた。
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鬼頭と手を組んだ波多野は、新興スタジオの全リソースを使い、
第3の作品『数式の墓標にて』を投下する。
それはアルカディアの主力作のシステム構造を完全に逆手に取り、
読者の依存心を吸い尽くす究極の罠だった。
瞬く間に全プラットフォームのシェアを侵食され、焦燥しきった神崎は、……。
明日も、19:30 に、第6話を投稿します。
よろしくお願いいたします。




