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第12話 選んだ先にあるもの

 庭の奥へ進むほど、屋敷の気配は少しずつ遠のいていった。


 もちろん、本当に離れているわけではない。ローゼンクランツ家の庭は広いが、それでも敷地内だ。少し振り返れば屋敷の窓が見えるし、遠くには控えている侍女の姿もある。完全な自由ではない。けれど、磨かれた廊下や静かすぎる室内から離れたぶんだけ、呼吸はしやすかった。


 ミトは薔薇の枝が揺れる音を聞きながら、ゆっくりと歩いた。石畳の道はところどころ古く、小さな段差がある。足元に気をつけなければならない。風で髪も揺れる。服の裾も、完璧には整わない。そういう小さな乱れが、今は少しだけ心地よかった。


 隣より少し後ろを、カイルが歩いている。護衛としての距離だ。けれど、レオンハルトのように視線で縫い止めるわけでも、エヴァルドのように先回りして道を整えるわけでもない。ただ、必要になれば手が届く場所にいる。


 その距離が、ミトにはまだ新鮮だった。


「カイル」


「あ?」


「あなたは、私が転びそうになったら助けてくださいます?」


「そりゃ助けるだろ」


「では、転ぶ前に石をどけたりは?」


「気づけばどける」


「では、歩く道を全部きれいに整えたりは?」


 カイルは少しだけ眉を寄せた。


「何の話だ」


「確認ですわ」


「何の確認だよ」


「カイルが、どこまで助けてくださるのか」


 そう言うと、カイルは一瞬黙った。それから、少し面倒そうに頭をかく。


「お前が転びそうなら助ける。危ないなら止める。でも、歩けるなら歩けばいいだろ」


「歩けるなら」


「ああ」


「少し危なくても?」


「怪我しない程度ならな」


 ミトは足元の小石を見た。大きくはない。けれど、よそ見をしていれば躓くかもしれない。彼女はその小石を避けて歩く。


「……そういう距離も、あるのですね」


「普通だろ」


「私には、少し珍しいですわ」


 口にしてから、胸の奥がほんの少し痛んだ。レオンハルトもエヴァルドも、ミトを傷つけようとしているわけではない。むしろ、守ろうとしてくれている。大切にされている。それは分かっている。


 けれど、その優しさの中では、自分がどこまで歩けるのか分からなくなることがある。


 カイルは少しだけ視線を横へ流した。


「殿下と兄貴が過保護すぎんだよ」


「お兄様はともかく、レオンハルト殿下も過保護でしょうか」


「違うのか?」


「殿下は……過保護というより、見つける方ですわ」


「それを過保護って言うんじゃねぇの」


「でも、殿下は私を止めるわけではありません。逃げると見つけますけれど」


「十分だろ」


 ミトは少し考える。


 レオンハルトは見つける。必ず見つける。十歳の頃からずっとそうだった。薔薇園でも、温室でも、図書室でも、木の近くでも。隠れた場所に現れ、淡々と「そこにいるな」と言う。怖いわけではない。けれど、逃げ切れたことは一度もなかった。


 エヴァルドは整える。朝食も、予定も、部屋も、未来の選択肢さえも、ミトが困らない形に整えてくれる。息苦しいほど優しい。逃げる必要がなくなるほどに。


 そしてカイルは、聞く。


 どうしたいのか。


 逃げたいのか、外に出たいのか。


 選ぶのか、選ばされるのか。


 答えを出さないまま、問いだけを置いてくる。


「カイルは、少し意地悪ですわ」


「何でだよ」


「すぐ答えをくださらないから」


「俺が出す答えじゃねぇだろ」


「それが意地悪なのです」


 カイルは呆れたように息を吐いた。


「変なやつだな」


「よく言われますわ」


「だろうな」


 その返答の早さに、ミトは少し笑った。


 笑ってから、ふと気づく。カイルといると、笑うまでの距離が短い。緊張しないわけではない。相手は護衛で、男性で、攻略対象の一人で、ゲームの世界で言えば重要人物だ。それでも、呼吸が詰まるほどではなかった。


 それはきっと、カイルがミトを決めつけないからだ。


 悪役令嬢になりたいと言えば、変だと言う。木に登ろうとすれば、やめろと言う。外に出たいと言えば、出ればいいと言う。どれも雑で、優雅さはない。でも、その雑さの中には、ミトを“自分で動く人間”として扱う感覚があった。


「カイル」


「今度は何だ」


「私は、何から逃げたいのでしょう」


 言ってから、自分でも少し驚いた。


 庭の風が、ふっと止まった気がした。薔薇の葉が揺れを弱める。遠くの噴水の音だけが、静かに続いている。


 カイルはすぐには答えなかった。茶化すことも、呆れることもしない。ただ、ミトの横顔を見ている。


「殿下からか」


「分かりません」


「兄貴からか」


「分かりません」


「学園からか」


 ミトは息を止めた。


 王立アルディシア学園。入学まであと三か月。そこでゲームが始まる。リリアと出会い、攻略対象たちが揃い、イベントが起きる。ミトが知っている物語と、今生きている現実が、いよいよ重なってしまう場所。


「……たぶん、それもあります」


「運命ってやつか」


「笑います?」


「笑わねぇよ。でかいとは思うけどな」


「でかいですわね」


「ああ」


 ミトは薔薇の枝先を見つめた。蕾はまだ固い。開くには少し早い。それが、今の自分に似ている気がした。学園が始まれば、きっと何かが開いてしまう。良いものなのか、悪いものなのか分からないまま。


「私は、ゲームの通りになりたくないのです」


「ゲーム?」


 カイルの声がわずかに低くなる。


 しまった、と思った。前世やゲームの話は、誰にでも簡単に言えるものではない。ミトは言葉を選び直す。


「物語、のようなものですわ。私の知っている未来では、誰かが選ばれて、誰かが傷ついて、誰かが断罪されるかもしれません」


「お前が?」


「分かりません。本来は、私ではないはずです。でも、今はもう本来の通りではありませんもの」


 レオンハルトは近い。エヴァルドは優しい。カイルはこうして隣にいる。十歳の頃に逃げ回っていたせいなのか、今までの選択のせいなのか、もうゲームの知識だけでは判断できない。


「私が動けば、誰かが傷つくかもしれません。私が動かなくても、誰かが傷つくかもしれません。なら、私はどうしたらいいのでしょう」


 言葉にすると、胸の奥に溜まっていた不安が少しだけ形を持った。


 逃げたい。


 でも、何から逃げたいのか分からない。


 レオンハルトから逃げたいのか。エヴァルドの優しさから逃げたいのか。カイルたち攻略対象から逃げたいのか。リリアと出会う未来から逃げたいのか。それとも、何かを選ばなければならない自分自身から逃げたいのか。


 カイルは腕を組んだ。


「俺は、その未来とか運命とかは分かんねぇ」


「はい」


「お前が何を知ってるのかも分からない」


「はい」


「でも、今のお前が何をしてるかは分かる」


 ミトは顔を上げた。


「何を、していますか?」


「怖いから逃げたい。でも、逃げたままじゃ駄目だとも思ってる」


 息が詰まった。


「それで、ちょっとだけ外に出て、菓子選んで、戻ってきた」


「……はい」


「なら、それでいいんじゃねぇの」


「それで、いい?」


「いきなり運命をどうにかしなくても、今日はタルト選べたんだろ。次は行き先を選べばいい。その次は、誰と一緒にいるか選べばいい」


 誰と一緒にいるか。


 その言葉が、妙に胸に残った。


「私が、選んでいいのでしょうか」


「誰かが選ぶよりマシだろ」


「でも、選ばれなかった人は傷つくかもしれません」


「選んでも選ばなくても、傷つくときは傷つくだろ」


 あまりにも雑で、けれど逃げ場のない答えだった。


 ミトは思わず笑いそうになり、少しだけ困った顔になる。


「カイルは、時々ひどいことを言いますわね」


「綺麗ごと言ってほしいのか」


「それはそれで困ります」


「だろ」


 カイルは短く言った。


「お前は、全員傷つけないようにしようとしてんだろ」


 ミトは答えられなかった。


「でも、それ無理だと思うぞ」


 静かな言葉だった。冷たいわけではない。ただ、まっすぐだった。


「……無理、ですか」


「たぶんな」


「なぜですの?」


「お前が何も選ばなかったら、それで傷つくやつもいるから」


 ミトの胸の奥が、鈍く揺れた。


 何も選ばないことも、選択になる。


 逃げ続けることも、誰かに何かを与えてしまう。


 ミトはずっと、選ばなければ傷つけないと思っていた。近づかなければ大丈夫。好かれなければ大丈夫。自分が悪役になれば、きっと誰も本気で傷つかずに済む。けれど、それは本当に正しいのだろうか。


 十歳の頃から逃げてきた。


 それでも、レオンハルトは見つけた。エヴァルドは見守った。カイルは助けた。


 逃げても、関係は生まれてしまった。


「……難しいですわ」


「だろうな」


「軽いですわね」


「俺が重くしても仕方ねぇだろ」


 その言い方に、少しだけ救われた。


 悩みは消えない。学園は近づく。ゲームは始まる。リリアにも、いつか会う。けれど、今すぐ全部の答えを出さなくてもいいのかもしれない。


 今日、タルトを選んだように。


 次は、次の小さな選択をすればいい。



 庭の奥、古い石造りの東屋に辿り着いた。幼い頃、ミトが隠れ場所にしようとしてすぐ見つかった場所だ。蔦が絡み、白い柱には細かな傷がある。午後の光が斜めに差し込み、床に葉の影を落としていた。


「ここも、隠れ場所にしたことがありますわ」


「だろうな」


「なぜ分かりますの?」


「隠れやすそうだから」


「カイルまで殿下みたいなことを言いますのね」


「一緒にすんな」


 カイルは露骨に嫌そうな顔をした。


 ミトは東屋の中へ入り、柱に手を添えた。ひんやりとした石の感触が指先に伝わる。十歳の頃は、ここに隠れてもすぐに見つかった。今なら、もう少し上手く隠れられるだろうか。そんなことを考えてしまうあたり、自分はあまり成長していないのかもしれない。


「隠れるか?」


「隠れませんわ」


「本当か?」


「少し考えただけです」


「考えるな」


 ミトは小さく笑う。


 そのとき、庭の向こうから足音が聞こえた。静かな、けれど迷いのない足音。ミトは振り返る前に分かった。


「ミト」


 レオンハルトの声だった。


 胸が、ひとつ跳ねる。


 カイルが姿勢を正す。東屋の入口へ視線を向けると、銀の髪の第一王子がこちらへ歩いてくるところだった。午後の光を受けて、淡い髪が白く光って見える。表情はいつも通り静かだが、その目はまっすぐミトを捉えていた。


「レオンハルト殿下」


「ここにいたのか」


「……はい」


「探した」


 その言葉に、ミトは少しだけ息を呑んだ。


 探した。


 見つけた、ではなく。


 探した。


 たった一語の違いなのに、胸に落ちる重さが違う。


「申し訳ありません」


「責めていない」


 レオンハルトは東屋の入口で足を止めた。カイルへ視線を向ける。


「カイル」


「はい」


「護衛か」


「一応は」


「一応?」


「ミト様が木に登らないよう見張ってました」


 ミトはぱっとカイルを見る。


「それは言わなくてよろしいですわ」


「事実だろ」


 レオンハルトの視線がミトへ戻る。


「登るつもりだったのか」


「少しだけです」


「少しでも駄目だ」


「皆様、同じことをおっしゃいますわね」


「正しいからだ」


 あまりにも自然に言われて、ミトは反論できなかった。


 けれど、その空気は不思議と重くなりすぎなかった。カイルがいるからだろうか。レオンハルトと二人きりなら、きっと視線だけで動けなくなる。けれど今は、少し違った。


 カイルが横にいる。逃げ道というより、呼吸できる隙間のように。


「カイル」


 レオンハルトが静かに呼ぶ。


「はい」


「下がっていい」


 その言葉に、カイルは一歩引こうとした。


 その瞬間、ミトの胸に小さな焦りが走った。


 待って。


 そう思った。


 レオンハルトを嫌がっているわけではない。けれど、今カイルがいなくなれば、自分はまたいつもの距離に戻ってしまう気がした。見つけられる側に。立ち止まる側に。息を整えられない側に。


 そして、さっきカイルが言った言葉が頭をよぎる。


 誰と一緒にいるか選べばいい。


 ミトは、無意識に手を握った。


「待ってください」


 声は、小さかった。


 けれど、確かに出た。


 カイルが足を止める。レオンハルトの視線がミトへ向く。


「どうした」


 問いは静かだった。


 ミトは喉の奥に力を込める。怖い。けれど、言わなければまた流れてしまう。


「カイルにも、いてほしいです」


 言った瞬間、東屋の空気がわずかに変わった。


 カイルが目を見開く。


「お前……」


「ミト」


 レオンハルトの声が少し低くなる。


 責められているわけではない。けれど、確かめられている。


「理由は」


 いつもの問いだった。


 ミトは一度だけ息を吸う。


「私が、そうしたいからです」


 言ってから、自分でも驚いた。


 理由になっていないようで、けれどこれ以上ない理由だった。


 私が、そうしたい。


 誰かに用意されたからではない。危ないからでも、正しいからでも、流れとして自然だからでもない。ただ、自分がそうしたいと思ったから。


 レオンハルトは黙った。


 青い瞳が、ミトをじっと見ている。逃げたくなるほどまっすぐな視線。けれど、ミトは目を逸らさなかった。指先は少し震えている。でも、立っていられる。


 長く感じた沈黙のあと、レオンハルトは短く言った。


「分かった」


 ミトは瞬きをする。


「よろしいのですか?」


「君がそうしたいのだろう」


「……はい」


「なら、そうすればいい」


 胸の奥で、何かがほどけた。


 カイルが小さく息を吐く。


「俺、いていいんですか」


「ミトが望んだ」


「そうですけど」


「問題ない」


 いつもの言葉。


 けれど今日は、少し違って聞こえた。


 固定する言葉ではなく、許された言葉のように。



 三人で東屋に立つのは、少し不思議だった。レオンハルトは入口近くに立ち、カイルは柱の側に控え、ミトはその間にいる。囲まれているはずなのに、先ほどほど息苦しくない。なぜなら、この形をミトが選んだからだ。


 レオンハルトは静かにミトを見た。


「外へ出て、何か変わったか」


「少しだけ」


「何が」


「逃げることと、選ぶことは違うのだと、思いました」


 言葉にすると、まだ拙い。それでも、今の自分にはそれが精一杯だった。


「私はずっと、逃げれば未来を避けられると思っていました。でも、逃げても何かは変わります。逃げたことで出会った人もいます。木に登って降りられなくなったことで、カイルと会いました」


「その例はどうなんだ」


 カイルがぼそりと言う。


 ミトは少しだけ笑った。


「大事な例ですわ」


「そうかよ」


 レオンハルトは黙って聞いている。


「逃げても、選んでも、きっと未来は動きます。なら、私は逃げるだけではなく、少しずつでも選べるようになりたいのです」


「学園のためか」


 ミトは息を止めた。


 やはり、分かっている。


 レオンハルトはいつも、ミトの言葉の先を見ている。


「……はい。入学まで、あと三か月ですわ」


「不安か」


「はい」


 正直に答える。


「リリア様に会います。殿下も、お兄様も、カイルも、きっと学園では今より多くの人に囲まれます。ゲーム……いえ、物語のように、何かが始まってしまう気がします」


「始まる前から終わりを考えているのか」


「十歳の頃から、そうでしたわ」


「知っている」


 その返事があまりにも自然で、ミトは少しだけ困った。


「殿下は、何でもご存じですわね」


「全部ではない」


「では、何をご存じですの?」


「君が逃げること。隠れること。悪役令嬢になると言いながら、悪意がないこと」


 レオンハルトの声は静かだった。


「そして、最近は選ぼうとしていること」


 胸が熱くなる。


 見られていた。


 見つけられていた。


 でも、それはただ逃げ場を失うことだけではなかったのかもしれない。


「私は、ちゃんと選べるようになりますか」


「なる」


 即答だった。


 ミトは目を見開く。


「どうしてそう言えますの?」


「今日、選んだ」


「タルトを?」


「それもだ。戻ることも、ここに来ることも、カイルを残すことも」


 ひとつずつ数えられて、ミトは言葉を失った。


 小さな選択ばかりだと思っていた。けれど、レオンハルトはそれを選択として見ていた。


「選択は大きさではない。自分で決めたかどうかだ」


 その言葉は、静かにミトの中へ落ちた。


 カイルが少しだけ視線を逸らす。


「殿下、たまにいいこと言いますね」


「たまに?」


「今のは褒めてます」


「そうか」


 淡々と返すレオンハルトに、ミトは思わず小さく笑った。


 笑ってから、少しだけ驚く。


 レオンハルトの前で、こんなふうに笑える日が来るとは思わなかった。



 屋敷へ戻る頃には、夕方の光が庭を淡く染めていた。薔薇の影が長く伸び、風は少し冷たくなっている。ミトは東屋を振り返った。逃げ場所だった場所。隠れるための場所。けれど今日は、選ぶための場所になった。


 カイルは門の方へ戻り、レオンハルトは屋敷の中へ向かう。ミトもその後に続いた。


 玄関広間に入ったところで、侍女が封書を持ってきた。上質な白い封筒。金の封蝋には、王立アルディシア学園の紋章が押されている。


 ミトは足を止めた。


「学園から?」


 エヴァルドが言う。いつの間にか広間へ来ていた。


 侍女が一礼して、封書を差し出す。


「はい。入学準備に関する正式なご案内でございます」


 胸が、静かに鳴った。


 王立アルディシア学園。


 入学まで、あと三か月。


 ゲーム開始まで、あと三か月。


 白い封筒は、ただの案内ではない。ミトにとっては、未来が形を持って届いたようなものだった。


 手が伸びない。


 ほんの少し前なら、誰かが先に受け取っていただろう。エヴァルドが確認し、必要な準備を整え、ミトには分かりやすい形で渡してくれたかもしれない。レオンハルトなら、必要事項を読み取り、先に道筋を示したかもしれない。


 けれど今日は、ミトが手を伸ばした。


 封筒を受け取る。


 指先に紙の硬さが伝わる。


 それは、木苺のタルトの包み紙よりずっと重かった。


「開けるか」


 レオンハルトが問う。


 エヴァルドは何も言わずに見ている。カイルは少し離れた場所で腕を組んでいた。


 ミトは封筒を見つめる。


 怖い。


 でも、逃げたくない。


 少なくとも今は、誰かに開けてもらうのではなく、自分で確かめたい。


「はい」


 ミトは封蝋に指をかけた。


 逃げるだけでは、もう間に合わない。


 整えられるだけでも、きっと足りない。


 これから先は、選ばなければならない。


 誰といるのか。


 どこへ進むのか。


 何を信じるのか。


 そして、自分がどんな未来を望むのか。


 封筒が開く小さな音が、広間に響いた。


 その音は、学園生活の始まりを告げるにはあまりにも静かだった。


 けれどミトには、はっきり聞こえた。


 物語が、近づいている。


 ゲーム開始まで、あと三か月。


 それでも今日、ミトはひとつだけ覚えた。


 逃げ道を探すだけではなく。


 自分で選んで、そこに立つことを。

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