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舞台からの降板

燃え盛る炎…

焼け落ちていく家々…

横たわる死体…

囚われた人々…


その光景を凝視する四つの目…


(オコンネル少尉…)


目のうちの二つは一人の人物を見つけていた。

炎で薄く照らされた顔は見覚えが…


軍の駐屯地のある街。

その街のとある店で男が酒を飲んでいた。

顔にはどこか無力さをただよわせて。

彼が一口飲んでグラスを置いた時、目の前に人が立っていた。

腰の銃に手をかけた。


(酔ったな…)


「オコンネル少尉…」


彼はめんどくさそうに視線をあげてその声の方をみた。

立っている人物は店の照明を背にして顔の表情がわからなかった。

だがその背格好と声にはどこか懐かしさがあった。

銃にかけた手は離れていた。


「座っても?」


「もしかして…クロイツァー少尉か…生きてたのか…」


驚と同時になぜか少しうれしかった。


「いいのか?こんなところで堂々と…俺は監視されてる身だ…」


彼には彼女の今の立場がどんな状況なのか大まかだが把握していた。

職務上、調査はできた。

共和国にはいくつかの外国人の地下ネットワークが存在していた。

そのうちの一つが、イルマの民族の独立組織だ。

そのイルマがここにいる。

それも公式には生死不明となっているのに。

それだけで彼は今のイルマの立場の想像ができた。

普通なら、生きててよかった!と喜んでいいはずだが…ところが…


「驚かないのですね…少し残念です…いいんですよ、別に…ここで会ったからといってなにか状況がよくなるわけでも、悪くなるわけでもないですから…」


彼女は自分が本国の政府に狙われていることは知っている。

当然すでに、オコンネルとの関係も把握されている。


「私が今襲われたら、あなたは私を守るしかないでしょ(笑)それは助かりますからね…」


「そうだな、政府の役人だからな(笑)」


自然と顔を背けてしまう。自分のいった言葉に気持ち悪くなって。その役人は今や殺戮の片棒を担ぐ立場だ。

それでも彼はうれしかった。


「一杯どうだ?」


「やめときます(笑)」


「そうか…じゃあ再会を祝して…」


彼はグラスに残った酒を生きていた彼女のために飲み干した。


「で…なんだ…俺の顔を見に来たわけじゃないだろ…」


「そうですね…まあご挨拶しておこうと思いました…私はあなたがたをつけています…あいつはエルザを炙り出すためにあんな事を…そしてわたしをもね…あいつをつければエルザに会える…私は彼女の力がほしい…私達は共和国政府からの独立を目指しています。それに彼女の力を借りたい…それだけじゃない、伯爵を、大佐を、殺した共和国政府に…」


「あんたも復讐か…復讐復讐復讐…それであの子は今どうなってるかわかってるんだろ!あんたもあの子を、これ以上の、また復讐に駆り出すのか?復讐をやめさせるんならいくらでもなんとかしようと思ったがな…前来た時はそうじゃなかっただろ?そりゃ状況は変わった…けど俺はもうあの子にやめてほしい…もう、こんな舞台から降りてほしい!会って話せたら何度でもお願いする!あんたも一緒にそうしてくれ!あんたはあの子の思い出の生き残りだろ?二人で国に帰って伯爵さんや大佐さんを弔ってくれ!それがこの国の、あんたの国の…俺の願いだ!俺ももう降りたいんだ!」


こんなことを言いながらパトリックの頭の中にエルザの姿がいくつも浮かんでいた。


(あれは…あの子だったんだ…)


初めて彼女をみた時…

今まで誰かわからなかった…

新兵の頃酔っ払ってみたあの姿…



「すまない…少し酔ったようだ…失礼な言い方を許してくれ…俺があんたにできることはない…あんたらも情報網あるだろ?俺なんかから情報取らなくても」


彼は少し冷静さを取り戻していた。


「パトリックさん…」


初めて聞いた呼び方だった。


「あなたには私達のような境遇は理解できないでしょうね…エルザも私達と同じ…同胞の苦境をみてなんとかしたいと思うこの気持ちを…いいんですよ…理解してもらいたいわけじゃないので…ただ、あなたは私とエルザのことを知っている…懐かしい旧友に会いに来たと思ってください…それだけです…もし、私が、エルザも生きていたらまた挨拶に来ます…」



パトリックはそれが彼女の本心だとは思えなかった。

それでもこれ以上は踏み込めなかった。

それは、逃げだった。


(俺はいつも何かから逃げている…)


そう自覚していた。

けど、それ以上はなにもしなかった。


「ありがとう…」


それだけしか言えなかった。


「こんな時代じゃなかったら、いいお友達になれたのかもしれませんね…」


(時代のせいにするな…その舞台から降りればいいだけだ…)


彼のそのいじけた感情とは逆に彼女のその言葉は本心からだった。それは彼女の目をみれば、その手をみればわかるはずだった。

彼女の唯一残った目は少し悲しげだった。

手は膝の上で少し力を込めて握られていた。


「では、また…」


彼女は席を立った。

パトリックはテーブルの上だけをみていた。


「あ…お元気で…」


席から離れていく彼女の目はパトリックからすぐには離れなかった。

彼はそんなことを知るわけもなかった。

逃げていた…

逃げていればなにもみえない…

背を向けていては気づかない…

立ち向かった者、受け止めた者だけがみえる世界がある。

それがエルザとイルマ、パトリックの間の壁だった。



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