新しい客
そこには顔がすぐ浮かんでくる人々の名前が1列に並んでいた。
顔だけではない。
声も、仕草も、笑う顔、困った顔、真剣な顔…
そんなたくさんのものが、その1列に並んでいた名前に浮かんでいた。
死亡…
消息不明…
収監中…
生存…
そんな文字は何も浮かんでこなかった。
その文字の意味は彼女にとっては意味を持たなかった。
彼女の中では別れたあの時のままだったからだ。
だが、その文字達は彼女を責めていた。
なぜ、そこにいなかった。
なぜ、帰らなかった。
なぜ、なぜ。
そこにいなかった。
今すぐナイフで胸をえぐりたかった。
えぐって全てを外に出してしまいたかった。
帰るところはもうここしかなかった。
だが、ここは、この大地は、彼女を責める場所になっていた。
もう、安寧の場所はない。
そう思えた。
そして、自分のやってきたことが何も役に立たなかった。
誰も救わなかった。
人を傷つけることしかできなかった。
それでも、怒りと憎しみは増すばかりだ。
自分を責めれば、責めるほど、怒りと憎しみがわいてきた。
自分を壊して、全てを壊したかった。
壊して、壊して、壊し続けることが、怒りと憎しみを抑えることだと信じた。
彼女はその封筒を胸にしっかりと抱いた。
力を入れて抱きしめた。
もう、魔術を使うことを止める人はいなくなった。
間違ったのだ、伯爵も。
決して絵本の世界だけではない。
現実に魔術は人を殺せるのだ。
今からそれを証明する。
思い知らせてやる…
魔術の恐ろしさを…
呪術の恐ろしさを…
顔をあげた、彼女の瞳は赤と黒が渦巻いていた。
そして、彼女は立ち上がった。
これから、彼女は自分を壊すまで、壊れるまで、その怒りと憎しみを力にしていく。
そして、それは人々に悲しみと怒りと不安と恐れをまき散らしていく。
「かわいそうな子…」
「私達と同じ運命とは…」
「彼女に血を繋いできた者達は哀れなこの子の運命をわかっていた…」
「それは、この子に定められていた運命…背負わされた運命…」
「この子だけを置いてみんな行ってしまう…時の先へ…」
「私が最期の時まで、そばにいてあげる…見届けてあげる…」
夜だというのにガス燈の灯りが道を照らしていた。
かつての平原はその姿を次第に変えつつあった。
そこに住んでいた人々は遠くに行ってしまった。
新しい住民は大きな町を造った。
そこで、人々は前から居たように生活していた。
どこからか声が流れてきた。
その声は聞こえないが、聞こえていた。
ここから立ち去れ…
そう聞こえた。
全てを精霊のもとに還す…
大地に…
それも聞こえた。
翌朝、平原はいつものように太陽の光を浴びた。
そこには平原があった。
町は消えていた。
それが始まりだったかもしれない。
首都でも、行政や経済界の主だった人物が次々と以前に増して襲われていた。
以前のように的を絞ったような襲撃ではなかった。
無差別といってもいいくらいの襲撃だった。
因果関係あるかといえば、ただ行政の中心人物だったり、企業の経営者だったり、それぐらいしか関係はなかった。
彼等はいつもの、普段の生活の中で襲われた。
多くの人々の中で。
面前で。
それも凄惨な形で。
それが一段と人々に不安と恐れを巻き起こした。
次は誰が?
みんな疑心暗鬼だった。
いつしか、誰となく、こういい始めた。
「魔女の復讐が始まった…」
それでも、首都は見た目は平穏を装っていた。
それはまるで、何事もなかったように。
彼女のやったことを、大したことではないと言わんばかりに。
今日も港には多くの船が停泊していた。
その一隻から多くの客が降りてきていた。
その中に一人周りの人々とは違う空気をまとった客がいた。
「ようこそ、共和国へ…フリードリヒ……」
「フリードリヒ フォン アイゼンヴァルトです」
そういうと手の皮の黒い手袋を取ると手を差し出した。
だが、笑顔はなかった。
その違う空気を纏った客を迎えていたのは、あのパトリック オコンネルだった。
そして、別の日、別の船からも周りとは違う雰囲気の客が降りてきていた。
「マダム、荷物をお持ちしますよ」
そう声をかけられたその客は、大きなトランク。そして隻腕だった。
「いえ、ご親切に、でも大丈夫です、ありがとう…」
そう丁寧に断った客が顔をあげた。
その柔らかな言葉使いと笑顔に溢れた顔は半分長い黒髪で覆われていた。
海風が一吹き吹いた。
その風はその客の長い黒髪を巻き上げた。
帽子の大きなつばが風であおられて巻き上がった。
髪で覆わていたのは火傷のようなあとだった。
その傷のせいか目も無事ではなかった。
その女性客は大きなトランクを片腕に持ち、歩いていった。
時々振り返る人がいた。
その足取りは健常な人に劣らなかった。
だが、歩き方は足が悪いのかぎこちなかった。
それだけではなかった。
その体格は男性と引けをとらないものだった。
優雅な女性らしさを身に着けてはいたが。




