内務省治安機関
パトリックは今朝もデスクで新聞を読んでいた。
これも仕事のうちだ。
まさか自分があの砂だらけの土地から都会に来るとは思っていなかった。
BLACKWOLFの降伏がきっかけだった。
軍から内務省治安機関の治安部隊に移ってきた。
すっかり都会の生活に慣れた気でいたが、時々ふと懐かしくなる。
新聞の小さな記事が目にとまる。
「テロリストによる頻繁する破壊!鉄道の治安維持急務!」
彼にはわかった。エルザだった。
しかし、新聞にはもはや名前も出されていない。
名前すら与えられない。
ただのテロリストという扱いだ。
だが、人々は、秘かに、そのテロリストのことを魔弾の魔女と呼んでいた。
だが、今朝の彼にはもう一つ気になる記事があった。
それもかなり小さな記事だった。
「共和国軍、王政派の残党の最後の拠点占領…」
「各地で抵抗を続けていた国王軍は、次々と鎮圧された」
「最後の拠点とされていたローゼンシュタイン伯爵の城も、共和国軍の総攻撃により陥落」
「城主である貴族は拘束後、即時処刑」
「残存していた国王軍は全滅した」
エルザの故郷といってもいいあの国、そしてルートヴィヒやイルマの国の記事だった。
首都を陥落させて、正式に共和国となったその国は国王を処刑した。
共和国に従わない勢力は国境付近に追い込まれた。
その拠点が伯爵の城だった。
結局その城は二度目の攻撃を受けることになったのだ。
記事にはだいたいこう書かれていた。
「なお、当該伯爵は長年にわたり非合法な研究を行っていた疑いがあり――」
「領民を対象とした人体実験、精神操作、呪術的研究など、数々の非人道的行為が確認されている」
「一部では“悪魔の研究者”と呼ばれていた」
「共和国政府はこのような非文明的非人道的行為野放しにした旧体制からの脱却を目指すものである」
これをエルザは読むだろうか…
パトリックはふと思った。
読まないことを祈るだけだ。
読めば彼女どうなるかわからない。
どんな行動に出るか…
いっそのこと知ってくれたらここからいなくなってくれるかもしれない…
世の中知らないことに越したことがないことが多い。
知ってても知らないふりして生きていくのが利口だ。
長生きの秘訣だ。
そう思いながらも、ルートヴィヒやイルマの事が気になった。
彼等は無事だろうか…
ふと、おかしくなり笑い出しそうになった。
人のことを気にする自分が…
でも、最後の握手は忘れない。
ドアがノックされた。
返事する前に入ってきた部下はパトリックの前まで来るとつげた。
「報告します。共和国防衛隊元司令官が今朝公園で殺害されましたこちらが警察からの報告です…」
その報告書には、あの司令官、BLACKWOLFの降伏時の司令官の名前があった。
事件は、今朝の公園で起きた。
毎朝、公園に散歩に出かけていた。
公園のベンチで新聞を読むのが日課だった。
そのベンチで死んでいた。
死因は頭部を何かで撃ち抜かれたことだった。
「凶器不明…遺体状況から銃によるものとは特定できない…」
そこまで読めば彼にはわかっていた。
魔弾の魔女…
彼の仕事は彼女の確保だった。
BLACKWOLFが処刑された頃からだ
こんな事件が全国で起き始めたのは。
関連性はすぐにわかった。
民間人で保護民の移住や隔離にかかわった者達が見境なく襲われていた。
どんな末端の存在でもだ。
そして、とうとう軍の関係者まで。
朝の公園は静かだった。
鳥のさえずり、微かな葉の擦れあう音色、どれも心地よかった。
あの砂の毎日に比べれば。
いや、比べる方がおかしい。
比べてはいけない。
それはこの公園への冒涜?
「だな(笑)」
いつものベンチに座る。
新聞を広げる。
この瞬間が好きだった。
「呪われろ…」
つぶやく声が聞こえた。
新聞を下ろしてみる。
次の瞬間には目の前に銃口があった。
ベンチの前を何人もの人が通り過ぎた。
みんな、ベンチで新聞を読んでて居眠りをしてるくらいに思っていた。
風が吹いて新聞が飛んでいった。
「あの…これ落ちましましたよ…」
拾った人が声をかけたときにはもう死んでいた。
遺体の頭部には小さな穴が空いていた。
何かが貫通したようだった。
銃弾ではこうはならない。
現場の状況からしてもそれはなかった。
「いったいどうやったらこんなやり方できるんですかね…」
部下は真剣に考えたようだった。
写真を何回も見比べていた。
パトリックは言いたかった。
相手は魔女だ…
本物の…
なんとでもできる。
そんなこと話しても誰も信じない。
だが、目の前で理解できない現象を目撃や体験した人は発生していた。
それを誰かが魔女、魔弾の魔女がやったと言うようになった。
それは恐れからも来てるのだろう。
だが、新聞にはそれはほとんど出ない。
というより、出さないようにしていた。
政府からの圧力というとまだきれいに聞こえるが、現場では、直接実力行使をしていた。
それをやるのもパトリックの仕事だった。
汚い仕事もこなしていた。
いつもそんな時はエルザを恨みたくなった。
彼女の尻拭いみたいなことをやらされているからだ。
「クソ…魔女ならやったあともきれいにしとけ…記憶も消してくれ…」
そう思っていた。
しかし、それは無理だと自分でもわかっていた。
彼女はやったことを多くの人に知ってもらいたいからやってるのだ。
見境なく関係者を狙うのは、次はお前だ、と知らせるためだ。
前の事件はレストランだった。
道路から撃たれた。
狙われたのは保護区の建物の建設業者の経営者だった。
政府の仕事を請け負っただけの普通の会社。
その経営者が…
窓はたしかに弾丸が抜けていた。
経営者は無残な死に方だった。
体は肉片になった。
店内にいた客はきっと一生忘れることはできないだろう。
建設現場の警備をしていた地元の住民も…普通のただの住民だった。
金を稼ぐために働いただけの…
どの現場でも目撃者はいる。
その目撃者にはもっともらしい説明を当局はしていた。
決して魔女がやったなどと思わせてはならない。
無論そんなことを信じるものはいないが…
保護区の警備も襲われた。
堅牢に作られたはずの外壁も破壊された。
一部の保護民は逃げ出したが、残ったものも多かった。
それを彼女はどう感じただろ。
人々は次第に新しい生活に慣れ親しんでいた。
時代と人は明らかにかわり始めていた。
「ローゼンシュタインさん、あんたはいつまでこんなことやってるんだ…世話になった人はもういないんだぞ…帰って弔ってやれよ…」
軍の関係者なら次は自分か、とも考えた。
だが、それは杞憂だった。なぜか生きていた。
パトリックが自分の運命を考えていたが、彼女はパトリックを狙うことは考えもしてなかった。
きっと彼女に尋ねたら少し間を置くかもしれないがはっきり否定するだろ。
それはそれなりに理由があった。




