新聞記事
エルザがその記事を読んだのは必然だった。
最初は何が書いてあるのか理解できなかった。
理解できていたのに理解したくなかった。
それが本当の気持だった。
「うそ…」
何回も読み直した。
何回読んだかわからない。
「なお、当該伯爵は長年にわたり非合法な研究を行っていた疑いがあり――」
「領民を対象とした人体実験、精神操作、呪術的研究など、数々の非人道的行為が確認されている」
「一部では“悪魔の研究者”と呼ばれていた」
違う…違う…全部違う…全部違う…なんで…こんなこと…
必死に否定した。
「各地で抵抗を続けていた国王軍は、次々と鎮圧された」
「最後の拠点とされていたローゼンシュタイン伯爵の城も、共和国軍の総攻撃により陥落」
「城主である貴族は拘束後、即時処刑」
「残存していた国王軍は全滅した」
彼女の思い出がフラッシュバックした。
あの苔の生えた旧い城壁…
重々しい門の扉…
薄暗い伯爵の部屋…
温かな暖炉…
ルーカスその家族…
最後にみたルーカスの笑顔…
執事の鋭いけど優しかった…
バルト…
月を見上げた中庭…
帰らなきゃ…
そうだ…帰ろう…
そう思ったのはわずか一瞬だった。
帰らなかった…大佐もイルマも来てくれたのに…
私は…
大佐やイルマは…
私はみんなを裏切った…
守れなかった…
ここでも、城も、伯爵も…
私が…守ろうとしたものは…
間違えた…
どこかで…
私は間違えたのか…
同じ言葉はもう一人が残していた。
悲しくはなかった…
怒りしか…
自分を否定された…
何に…
あいつらだ…
彼女の心は軋んで歪んでねじれ始めていた。
自分のやったことを肯定するために。
自分を守るために。
間違っているのは私じゃない…
私じゃないんだ…
私じゃない…
彼女の胸の魔力石が鈍く光り始めた。
どこからか声がした。
そうだよ…おまえは間違えてはいない…間違えてるのはあいつらだ…
愚かなことをあの子は…
私達がどんな目に遭ってきたかをわかってたはずなのに…いつまでも続けて…
おまえにもそれを伝えたはず…
結局同じ目に遭うなんて…
人と魔術とはそんなものだよ…
魔術を使うとはそういうこと…
だからおまえの思う通り魔術を使えばいいんだ…
悪名を恐れることはない…
ためらうことはない…
私が助けてあげる…
あいつの代わりにね…
憎いだろ、悔しいだろ…
おまえも助けておくれ…
かわいそうなあれのために…
力を…
エルザは銃を手に取った。
私はもう誰もいない…
私がいるよ、エルザ…
さあ、いくことにしよう…
おまえのその怒りと憎しみ、嘆きと後悔全てを私におくれ…
手のなかにある銃から声のようなものがした。
窓からの灯りはその室内の華やかさを映していた。
誰もが愛する人と楽しい食事の一時を過ごしていた。
外は雨だったが、そんなことはそこで楽しい一時を過ごしている人にはなんの意味もなかった。
そんな窓を道を挟んだ反対側から見つめる人影があった。
鍔の広めの帽子
降る雨が流れ落ちるマント
そのマントから取り出される銃はその華やかな灯りの窓にゆっくりと向けられた。
「呪われろ…」
たしかに引鉄が引かれた。
降り雨の中を何かが突き抜けていった。
そしてそれは窓をもつけ抜けた。
まっすぐある男の胸を目指して。
男は胸元に違和感を感じた。
途端に男の体が膨れ始めた。
それは次の瞬間弾けた。
辺りに肉片と血と内臓と粉々になった服が混ざって飛び散った。
そこが阿鼻叫喚の地獄と化すにはずいぶん間があった。
それを見届けた人影は雨の中に消えていた。




