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最後の日

谷は、何度も同じ風を繰り返していた。

パトリックとBLACKWOLFは、もう何度も顔を合わせた。


最初は互いに探り合いだった。

だが——

「……それで、お前はどうするつもりだ?」

「できる限り血を流さぬ道を探す」

そんなやり取りを重ねるうちに、言葉の調子が変わっていく。

敵同士の会話ではなくなる。

互いの事情を知り、互いの限界を知り、

そして——互いの“嘘のなさ”を知る。

パトリックは思い始めていた。

(……こいつは、話せる相手だ)

BLACKWOLFもまた、感じていた。

(……この男は、聞く耳を持っている)

だが現実は、二人の思いよりもずっと大きかった。

作戦は進み、村は移され、戦士たちは苛立ち、

各地で血が流れ続けている。

それでも——

最後の日。

二人は、いつもの谷で向き合っていた。


「今日が最後だ。二人だけにしてくれないか…」

パトリックは情報部の兵士にいった。

「まあ、いいですよ…少しだけにしてください…」

兵士は少し考えてからそう答えた。


風だけが、静かに流れている。

「……これで終わりだな」

パトリックが言う。

BLACKWOLFは、わずかに頷いた。

「そうだな」

短い沈黙。

パトリックは一度周囲を見渡し、

誰もいないことを確認してから——

一歩、近づいた。

「……なあ」

声を落とす。

軍人ではなく、一人の人間として。

「逃げろ」

その一言は、あまりにも唐突だった。

BLACKWOLFの目が、わずかに細くなる。

パトリックは続けた。

「このままだと、お前は確実に狙われる」

「上はもう決めてる。お前を潰すってな」

「だから——」

少しだけ言葉を選ぶ。

「どこか遠くに消えろ」

「今なら、まだ間に合う」

風が止まったように感じた。

BLACKWOLFはしばらく何も言わなかった。

ただ、パトリックの顔を見ていた。

やがて——

ゆっくりと、口を開く。

「……感謝する」

それだけだった。

否定も、肯定もない。

ただ、礼。

その意味を、パトリックは理解した。

「……そうかよ」

苦笑する。

それ以上は言わなかった。

言えなかった。

やがてBLACKWOLFは背を向ける。

そのまま、静かに歩き出す。

振り返らない。

止まらない。

ただ、自分の道を進む。

パトリックは、その背中を見送った。

(……これでいいのか)

答えは出ない。

その背が、岩陰に消えた。


「もういいですか?」

後ろから声がした。

「あ…ありがとう…」

ふと情報部の兵士をみるとなにかのサインを送っていた。


パトリックは気づいた。

共和国防衛隊の特殊部隊。

彼らは最初から、この場を監視していたのだ。

BLACKWOLFの“帰る先”を知るために。

パトリックは舌打ちした。

「……やっぱり、そういうことか」

止めることはできない。

止めれば、自分が疑われる。

だから——見ているしかない。

BLACKWOLFの後を、静かに、確実に追っていく。

そしてそれは、すぐに結果をもたらした。



——数日後。

共和国防衛隊、本隊が動き出した。

司令部の駐屯地。

大勢の兵士。

騎馬隊。

後方には野戦砲と馬車。

口髭の司令官が馬上にいる。


「諸君!いよいよこれが最終決戦になる!これが成功すれば誰も犠牲にならない!共和国は君らの働きを期待している!共和国の市民として市民の安全と安心を守るのだ!共和国に栄光あれ!」 


「司令官に敬礼!」

兵士達は一斉に敬礼する。


駐屯地を次々と出発する部隊。

それは長い列となり平原に進んでいく。

歩兵。

砲兵。

騎兵。

すべてが、一つの方向へ。

BLACKWOLFのいる場所へ。

その中に——

パトリック・オコンネル少尉の姿があった。

命令書を受け取ったとき、彼は笑った。

「……なるほどな」

乾いた笑いだった。

「ついに来たか」

これまで後方で動いていた自分。

厄介者、お荷物として。


だが今は違う。

最前線。

最も危険な場所。

(……処分ってわけか)

そう思った。

あの交渉。

あの接触。

疑われているのかもしれない。

あるいは——単に“都合がいい駒”として。

どちらでもいい。

「……行くしかないか」


隊列が動き出す。

砂煙が上がる。


その頃——

遠く離れた地で。

エルザもまた、動いていた。

風の中に、異様な気配を感じ取っていた。

アハヌが空を旋回する。


大地がざわめく。

精霊たちがざわつく。

「……始まる」

誰に言うでもなく、呟く。

パトリック。

BLACKWOLF。

そして、エルザ

すべてが——同じ場所へ向かっている。

逃れられない何かに、引き寄せられるように。

エルザは手綱を握り、馬を走らせた。

その瞳は、すでに覚悟を宿していた。

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