第6話「量より質」
工房の作業台に、製造記録を広げた俺は、ため息をついた。
「1日15本が限界か...」
昨日、エミリアが弟子入りしてくれたのは嬉しい。でも、彼女が戦力になるまでには時間がかかる。その間も、冒険者たちは毎日ポーションを求めて来る。
「いっそ、作業を簡略化すれば...」
頭をよぎった誘惑を、俺は即座に打ち消した。
だめだ。品質を落としたら、全てが台無しになる。
翌朝、開店と同時に冒険者たちが押し寄せた。
「ポーションください!」
「俺も!」
「何本ありますか!?」
昨夜、徹夜で作った15本を店頭に並べた。しかし、客の数は20人を超えている。
「申し訳ありません。今日の在庫は15本です。お一人様2本までとさせていただきます」
「え、2本まで!?」
「でも、俺は5本は欲しいんだけど...」
冒険者たちから不満の声が上がる。当然だろう。危険なダンジョンに行くなら、予備を含めて最低でも3本は欲しい。
「すみません。品質を保つため、現在の生産量では限界がありまして...」
「品質って、そんなに変わるもんなの?」
一人の冒険者が疑問を投げかけた。
「はい。雑に作れば数は増やせますが、効果が不安定になります。それでは意味がないので」
俺は丁寧に説明した。でも、全員が納得したわけではない。
「じゃあ、効果が少し落ちてもいいから、もっと作ってくれないか?」
別の冒険者が言った。
「俺も、ちょっとくらい効果が落ちても、数がある方が助かるな」
周りから賛同の声が上がる。
俺の手が、一瞬震えた。
客の要望に応える。それは商売の基本だ。前世でも散々言われた。「お客様は神様」「顧客満足度第一」...
でも、それで失敗した企業も山ほど見てきた。
「...申し訳ありません」
俺は頭を下げた。
「品質は絶対に落とせません。これだけは譲れないんです」
工房の中が、静まり返った。
「アレンさん」
その沈黙を破ったのは、リリアの声だった。
「みんな、聞いて!」
リリアが前に出てきた。
「私、アレンさんのポーション使ってから、ダンジョンの生存率が全然違うの。前は危ない場面で何度も死にかけたけど、今は安心して戦える」
「それは...」
「確かに数は少ないかもしれない。でも、1本あたりの効果が高いから、結果的には前より少ない本数で済んでるんだよ」
リリアの言葉に、冒険者たちがざわついた。
「本当か?」
「いや、確かに効き目は早かったけど...」
「前のポーションは、2本使ってやっと治る傷が、これは1本で治ったな」
徐々に、空気が変わってきた。
「なら、数が少なくても、前と同じくらい持てばいいのか?」
「そうか。質が高ければ、量は少なくても済むのか」
冒険者たちの表情が、理解へと変わっていく。
「分かった。じゃあ、今日は2本買うよ」
「俺も。品質重視なら、信頼できる」
一人、また一人と、納得して購入していく。
15本は、30分で完売した。
客が引いた後、俺はリリアに礼を言った。
「助かりました、リリアさん」
「ううん。私、本当のこと言っただけだよ」
リリアは笑顔で答えた。
「でも、アレンさんが品質にこだわる理由、なんとなく分かったよ」
「...ありがとうございます」
その時、工房の奥からエミリアが顔を出した。
「師匠、今日の薬草の仕込み、終わりました」
「もう終わったの?早いな」
「はい。昨日教わった通り、葉の状態を一枚ずつ確認して、変色や傷のあるものは除外しました」
エミリアは緊張しながらも、誇らしげに報告した。
「見せてください」
作業台に並べられた薬草を確認する。選別の精度が高い。俺が求める基準をしっかり理解している。
「完璧です。エミリアさん、才能ありますよ」
「本当ですか!?」
エミリアの顔がぱっと明るくなった。
「ええ。これなら、次は抽出作業も任せられそうです」
「頑張ります!」
その様子を見ていたリリアが、にこにこしながら言った。
「いいなあ、エミリア。私も何か手伝えることない?」
「リリアさんは、十分手伝ってくれてますよ。口コミ宣伝、本当に助かってます」
「そう?じゃあ、もっと宣伝しちゃおうかな!」
リリアの無邪気な笑顔に、俺も思わず笑ってしまった。
でも、その笑顔の裏で、俺の心は揺れていた。
その夜、俺は一人、工房で前世の記憶を辿っていた。
あれは入社3年目の春だった。
新製品の開発を任された俺は、品質管理プロセスの確立に全力を注いでいた。でも、上司からは「もっと早く」「もっと多く」とプレッシャーをかけられた。
「田中、お前の方法は丁寧すぎる。そんなことやってたら、競合に負けるぞ」
「でも、部長。品質チェックを省略したら—」
「大丈夫だって。そんな細かいこと、客は気にしない」
結局、俺の意見は通らなかった。簡略化された製造工程で、新製品は発売された。
そして半年後。
大規模なリコールが発生した。
品質不良による健康被害。会社の信用は地に落ち、莫大な損失を出した。
「やっぱり、品質管理を省いたせいじゃないですか!」
会議室で俺は叫んだ。
「田中、お前...」
上司の顔が歪む。
「お前が遅かったから、こうなったんだぞ。お前が、もっと早く仕事をしていれば—」
責任転嫁。
俺の意見を無視したくせに、失敗したら俺のせいにする。
その後、俺は品質管理部門に飛ばされた。
そして、その部門で働き続け...過労が原因の不慮の事故で死んだ。
「二度と、同じ過ちは繰り返さない」
俺は作業台を強く叩いた。
品質を犠牲にして数を増やす。短期的には売上が上がるかもしれない。でも、長期的には必ず破綻する。
この世界でも、同じことが起きるはずだ。
「品質を守る。それが、俺の使命だ」
翌日、工房に一人の男が訪れた。
身なりの良い、初老の男性だ。見覚えがある...誰だっけ?
「失礼。アレン・クロフォード君だね?」
「はい。どちら様でしょうか?」
「私は、リバーサイドの町長を務めている者だ。バーナードという」
町長!?
「わ、わざわざありがとうございます」
俺は慌てて椅子を用意した。
「いやいや、気にしないでくれ。今日は個人的な用事で来たんだ」
バーナード町長は、優しく笑った。
「君の評判を聞いてね。冒険者たちが口々に『あの工房のポーションはすごい』と言っている」
「ありがとうございます」
「それで、ちょっと試してみたくなってね。一本、売ってもらえるかな?」
「もちろんです」
俺はポーションを一本手渡した。
町長はそれを手に取り、じっくりと観察した。
「...透明度が高いな。まるで水晶のようだ」
「不純物を徹底的に取り除いているので」
「ほう。どうやって?」
「温度管理と、正確な計量、そして魔法での精製を組み合わせています」
俺は簡単に説明した。
町長は興味深そうに頷いた。
「なるほど。伝統的な方法とは違うわけだ」
「はい。王都のギルドでは、それが問題視されて...追放されました」
「そうか...」
町長は少し考えてから、言った。
「アレン君、私は長年この街の町長をやっているが、大事なのは『結果』だと思っている」
「結果...ですか?」
「ああ。伝統も大事だ。でも、それに固執して進歩を否定するのは愚かだ。君のポーションは、結果として優れている。それが全てだよ」
町長の言葉が、胸に響いた。
「ありがとうございます」
「頑張ってくれ。この街には、君のような若者が必要だ」
町長は銀貨を置いて、工房を出て行った。
その後も、昼過ぎまで冒険者が次々と訪れた。
やはり15本では足りない。午前中に完売してしまい、午後に来た客には謝るしかなかった。
「すみません。明日また...」
「分かった。朝一番に来るよ」
冒険者たちは不満そうだが、理解してくれる。リリアの宣伝効果で、俺のポーションの品質は広く知られ始めていた。
夕方、エミリアと二人で明日の準備をしていた。
「師匠、質問があります」
「どうぞ」
「どうして、師匠はそこまで品質にこだわるんですか?」
エミリアが真剣な顔で聞いてきた。
「...良い質問ですね」
俺は手を止めて、エミリアを見た。
「俺の前世で—じゃなくて、昔、品質を軽視して失敗した人を見たことがあるんです」
「失敗...」
「最初は上手くいくんです。早く、たくさん作れば、売上も上がる。でも、品質が不安定だと、いずれ問題が起きる」
俺は前世の記憶を思い出しながら話した。
「不良品が出て、客からの信用を失う。そうなると、取り戻すのは何倍も大変なんです」
「そうなんですか...」
「だから、俺は絶対に品質を落としたくない。時間がかかっても、一つ一つ丁寧に作る。それが、長く続けるための秘訣なんです」
エミリアは、じっと俺の目を見ていた。
「...師匠、かっこいいです」
「え?」
「私も、師匠みたいになりたいです。丁寧に、一つ一つ、大切に作る錬金術師に」
エミリアの目が、キラキラと輝いていた。
「ありがとう、エミリア。一緒に頑張りましょう」
「はい!」
その夜、俺は製造記録を更新した。
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【方針決定】
・1日の生産量は15本を上限とする
・品質基準を満たさないものは販売しない
・エミリアの教育を優先し、将来的な増産を目指す
・短期的な利益より、長期的な信頼を重視
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この方針を、俺は絶対に曲げない。
たとえ客から文句を言われても。
たとえ売上が伸び悩んでも。
品質こそが、俺の武器だ。
「前世で学んだこと。この世界でも、必ず役に立つ」
窓の外を見ると、リバーサイドの街に星が瞬いていた。
小さな工房の明かりが、夜の闇を照らしている。
俺の信念も、この明かりのように、決して消えることはない。
【第6話 完】
第6話をお読みいただきありがとうございます!
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