第4話「まず一本、確かめてから」
「高品質・低価格ポーション、本日より営業開始!」
俺は自作の看板を工房の前に立てかけた。
試験契約の残り二日は、朝から晩まで作り続けた。出来上がった分は、ギルバートさんが宿場の常連に売って回ってくれた。七日目の夜、「これなら、店を出せる」と一言だけ残して帰っていった。
あれから一週間が経った。マルコから温度計を受け取ってから、俺は毎日製造と試作を繰り返していた。エミリアの助言で処方を直してからは、効果も安定している。
「アレン君、これは素晴らしい出来だ。王都の錬金術師ギルドが聞いたら、さぞ悔しがるだろうね」
ギルバートさんの言葉が、何よりの励みになった。七日間の試験期間は、もう終わっている。
そして今日、ようやく販売用の在庫が揃った。下級回復ポーション20本。これが俺の、本当の意味での最初の製品だ。
リバーサイドの中心通りに面した、決して広くはない店舗。だが、ここが俺の新しいスタート地点だ。
「さて、お客さんは来てくれるだろうか」
不安がないと言えば嘘になる。リバーサイドは小さな街だ。錬金術師の評判なんて、まだ誰も知らない。しかも俺は追放された身。信用もゼロからのスタートだ。
工房の前を通り過ぎる人々の反応を観察する。
「錬金術師? 珍しいな」
「ポーション? 高いんだろうな」
「怪しくない? 新参者だし」
ちらちらと看板を見る人はいるが、誰も入って来ない。棚に並べた20本のポーションだけが、朝の光を受けて静かに輝いている。
やはり、そう簡単にはいかないか。でも、諦めるわけにはいかない。品質には絶対の自信がある。一人でも試してもらえれば、必ず良さが分かってもらえるはずだ。
開店から2時間が経過した。
相変わらず客足はゼロ。工房の中で、俺は製造記録を見返していた。
「問題は品質じゃない。認知度だ」
前世でマーケティングを学んだわけじゃないが、これくらいは分かる。どんなに良い製品でも、知られなければ意味がない。
その時だった。
バタン!
工房の扉が勢いよく開いた。
「ポーションある!? お願い、助けて!!」
息を切らした金髪の少女が飛び込んできた。年は俺と同じくらいか、少し若いかもしれない。剣を腰に下げ、軽装の鎧を身につけている。
「怪我をしてるのは、あなたですか?」
「違う、外に! 仲間が……!」
振り返ると、仲間に支えられた大柄な男が、戸口に運び込まれてくるところだった。腹に布を巻き、血が滲んでいる。顔は蒼白だ。
「谷でゴブリンの群れに囲まれて……持ってたポーション、全部使ったの! それでも、傷が塞がりきらなくて!」
少女が、震える声で言った。
「応急処置で血は止めたけど、これ以上は……お願い、何か!」
俺は棚から下級回復ポーションを手に取った。心臓が早鐘を打っている。だが、頭の芯だけは冷えていた。前世でも、緊急時ほど冷静に手順を踏むことの大切さを、嫌というほど叩き込まれてきた。
初めて売る相手が、初めて見る症状の重傷者だ。この人がどんな傷を負い、どんな薬を既に飲んでいるのかも分からない。ここで焦って何本も飲ませて、もし体質に合わなかったら――。
「まず一本、確かめてからにしましょう」
俺は瓶の栓を抜き、大柄な男の口元に運んだ。
「え?」
少女が驚いた顔をした。だが、俺は続けた。
「効果を見てから、追加を判断します。今、闇雲に何本も使うより、その方が早い」
男が一口飲み込む。俺は傷口に意識を集中させた。
一秒。二秒。三秒。
布の下で、みるみる傷が塞がっていくのが分かった。男の顔に、みるみる血の気が戻ってくる。
「信じらんねえ」
男が掠れた声で言った。
「一本で、ここまで塞がるのか。俺たちが持ってたやつは、二本飲んでも、こうはならなかった」
「銀貨2枚です」
俺は静かに言った。通常、下級回復ポーションは銀貨5枚が相場だ。
「あと何本か、必要ですか?」
「頼む、五本くれ」
「大丈夫ですか、無理して買わなくても」
「いや、五本で十分だ」
男は苦笑いした。荷物を担ぎ直しながら、まだ痛みの残る腹を押さえている。
「それに、全部買い占めちまったら、次に困ってる奴が買えなくなるだろ。残りは、また今度でいい。取り置いといてくれよ」
その一言に、俺は胸を突かれた。命を助けられたばかりの男が、まだ会ったこともない誰かの心配をしている。
「分かりました。次に来ていただいた時のために、優先して回すようにします」
少女が顔を上げた。目に涙が滲んでいる。
「本当に、助かった。あの、名乗るのが遅れてごめんなさい。私、リリア。リリア・ハートウェルっていうの。冒険者ギルドに登録してる、E級剣士」
「アレン・クロフォードです。この街で工房を始めたばかりで」
「アレンさんね。ありがとう。この恩は、絶対に返すから」
「いえ。無事で良かったです」
一行が去った後、俺は棚を確認した。残り14本。
「初日から、こんなことになるとはな」
思わず声が漏れた。まさか開店初日に、命の危険がある客が来るとは。
しばらくして、また扉が開いた。
「あの、ポーションって、まだありますか?」
若い男性の冒険者だった。
「はい、ありますよ」
「良かった。さっき、広場で聞いたんです。血まみれの男を担いだパーティが、この工房から出てきて、皆で泣きながら礼を言ってたって。たった一本で、瀕死の重傷が治ったって話で」
もう噂になっているのか。
「本当かどうか半信半疑でしたけど、来てみて良かった」
男はポーションを二本買っていった。
その少し後には、年配の女性冒険者が顔を出した。
「若いのが一人で工房やってるって聞いたけど、あんたか。……谷の話、本当かい?」
「本当ですよ。今、見せられるものは何もありませんが」
「はは、正直な奴だ。気に入った。一本だけ、もらおうかね」
彼女は瓶を光にかざし、透明度を確かめてから頷いた。
「悪くない色だ。長くやってりゃ、良し悪しくらいは分かるさ」
そう言って、彼女は銀貨を置いていった。品定めするような視線の中に、確かな信頼が混じっていたのを、俺は見逃さなかった。
その後も、ぽつぽつと客が訪れた。全員が「谷から運ばれてきた男の話」を口にした。
「口コミの力、すごいな」
夕方には、14本は全て売り切れていた。
工房の作業台で、俺は今日の売上を記録に書き足した。
「今日みたいなことが、また起きるかもしれない」
品質を落とさず、それでも数を確保しなければならない。前世で見てきた。量を優先して品質を疎かにした企業の末路を。だが、今日のような重傷者が来た時に、在庫が一本もない事態も、避けなければならない。両立させる方法を、これから探さなければならない。
「一人で作れるのは、1日10本が限界か」
温度管理、魔力の注入、混合、精製。全ての工程を手作業でやっている以上、物理的な限界がある。誰かに手伝ってもらう必要が、いずれ出てくるだろう。
その時、扉が控えめにノックされた。
「アレン君、お邪魔してもいいですかな」
ギルバートさんだった。
「今日の評判、もう耳に入っていますよ。谷の一件、見事な仕事でした」
「ありがとうございます」
「七日間、いや、それ以上の証明になりました。正式な契約書を、明日にでも交わしましょう。月に銀貨3枚、変わらずに」
「助かります」
ギルバートさんは笑って、工房を後にした。
一人になった工房で、俺は明日の製造計画を立て始めた。
薬草の在庫確認、道具の点検。やるべきことは山積みだ。
でも、不安はなかった。
今日、リリアという最高の客と、彼女の仲間に出会えた。「残りは、また今度でいい」――あの一言が、何よりの励みになる。
「よし、頑張るか」
窓の外では、リバーサイドの街に夜の静けさが訪れていた。
小さな工房の明かりだけが、夜遅くまで灯り続けていた。
(第4話 完)
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