第4話「最初の客」
「高品質・低価格ポーション、本日より営業開始!」
俺は自作の看板を工房の前に立てかけた。
あれから一週間が経った。マルコから温度計を受け取ってから、俺は毎日製造と試作を繰り返していた。初日に作った5本のポーションは、自分でテストしたり、ギルバートさんに試してもらったりして、効果を確認済みだ。
「アレン君、これは素晴らしい出来だ。王都の錬金術師ギルドが聞いたら、さぞ悔しがるだろうね」
ギルバートさんの言葉が、何よりの励みになった。
そして今日、ようやく販売用の在庫が揃った。下級回復ポーション20本。これが俺の、本当の意味での最初の製品だ。
リバーサイドの中心通りに面した、決して広くはない店舗。だが、ここが俺の新しいスタート地点だ。
工房の中には、透明度の高いポーションが整然と並んでいる。前世の知識を総動員して作り上げた自信作だ。温度管理、正確な計量、製造記録...全てを徹底した結果がこれだ。
「さて、お客さんが来てくれるかな...」
不安がないと言えば嘘になる。リバーサイドは小さな街だ。錬金術師の評判なんて、まだ誰も知らない。しかも俺は追放された身。信用もゼロからのスタートだ。
工房の前を通り過ぎる人々の反応を観察する。
「錬金術師?珍しいな」
「ポーション?高いんだろうなあ...」
「怪しくない?新参者だし」
ちらちらと看板を見る人はいるが、誰も入って来ない。
やはり、そう簡単にはいかないか。でも、諦めるわけにはいかない。品質には絶対の自信がある。一人でも試してもらえれば、必ず良さが分かってもらえるはずだ。
開店から2時間が経過した。
相変わらず客足はゼロ。工房の中で、俺は製造記録を見返していた。この一週間で作った20本のデータが、全て記録されている。温度、時間、魔力量...完璧だ。
「問題は品質じゃない。認知度だ」
前世でマーケティングを学んだわけじゃないが、これくらいは分かる。どんなに良い製品でも、知られなければ意味がない。
その時だった。
バタン!
工房の扉が勢いよく開いた。
「ポーションある!?」
息を切らした金髪の少女が飛び込んできた。年は俺と同じくらいか、少し若いかもしれない。剣を腰に下げ、軽装の鎧を身につけている。冒険者だ。
そして、左腕から血を流していた。
「怪我を!」
俺は慌てて彼女に駆け寄った。
「大丈夫、大丈夫!ゴブリンにやられただけだから!それより、回復ポーションある?普通の薬屋は休みで、ここしか開いてなくて...」
「あります。すぐに」
俺は棚から下級回復ポーションを取り出した。
「銀貨2枚です」
「え?」
少女の目が丸くなった。
「銀貨2枚?下級回復ポーションが?」
「はい。うちはなるべく安く提供したいので」
通常、下級回復ポーションは銀貨5枚が相場だ。俺の価格設定は、その半分以下。原価計算をした結果、これでも十分に利益が出る。品質管理を徹底すれば、無駄なコストを削減できるからだ。
「本当に効くの?安すぎない?」
少女が疑わしげに瓶を見つめる。無理もない。今まで銀貨5枚払っていたものが、いきなり銀貨2枚で売られていたら、誰だって怪しむ。
「効きます。試してください」
俺は自信を持って答えた。
少女は一瞬迷った後、銀貨を取り出した。
「じゃあ、お願い。痛いし、これ以上冒険続けられないから」
銀貨2枚を受け取り、ポーションを手渡す。
少女が栓を抜き、一気に飲み干した。
そして――
「え...?」
彼女の目が驚きに見開かれた。
左腕の傷が、見る見るうちに塞がっていく。通常、下級回復ポーションでも効果が現れるまでには数分かかる。しかし俺のポーションは、わずか数十秒で効果を発揮する。
有効成分の濃度が高く、不純物が少ないからだ。前世で学んだ精製技術と、魔法の力を組み合わせた結果だった。
「すごい...こんなに早く治るなんて!」
少女は自分の腕を何度も確認した。傷跡すら残っていない。
「それに、味も全然苦くない!いつも飲んでるポーションって、すごく苦いのに」
「不純物を取り除いているので、雑味がないんです」
「マジで!?これで銀貨2枚?信じられない!」
彼女の顔がパッと明るくなった。
「ねえ、他にも在庫ある?全部買いたい!」
「え?全部ですか?」
「うん!こんなに良いポーション、他の冒険者にも教えたいし。それに、私も何本か予備で持っておきたい」
俺は棚を確認した。下級回復ポーションが残り19本。
「19本ありますが...銀貨38枚になりますよ?」
「大丈夫!今日はラッキーだったから、金貨1枚持ってるの」
少女は嬉しそうに金貨を取り出した。金貨1枚は銀貨100枚分。かなりの金額だ。
「ありがとうございます。では、お釣りは...」
計算をしながら、俺は内心で驚いていた。まさか開店初日に、在庫が全部売れるとは。しかも、最初の客が大量購入してくれるなんて。
少女は19本のポーションを抱えて、満面の笑みを浮かべている。
「あのっ、お名前を聞いてもいいですか?」
「あ、そうだね。私はリリア。リリア・ハートウェルって言うの。冒険者ギルドに登録してる、E級剣士」
「リリアさん。俺はアレン・クロフォードです。この工房の錬金術師をやっています」
「アレンさんね!覚えた!ここ、絶対また来る!」
リリアは元気よく手を振って、工房を出て行った。
扉が閉まり、静寂が戻る。
俺は手元の金貨を見つめた。
「初日から...成功だ」
思わず声が出た。
開店からわずか数時間で、在庫が完売。しかも、お客さんは大満足してくれた。これ以上の結果があるだろうか。
「品質で勝負する。それが正しかったんだ」
前世でも、品質管理の重要性は何度も叩き込まれた。良いものを作れば、必ず評価される。王都のギルドでは、それを理解してもらえなかった。でも、ここは違う。
リバーサイドなら、俺のやり方が通用する。
「よし、明日からの製造計画を立て直さないと」
俺は製造記録を開いた。今日の売上データを記入し、明日以降の生産量を計算する。
下級回復ポーション20本では、明らかに足りない。でも、品質を落とすわけにはいかない。一日に作れる量には限界がある。
「一人では、1日10本が精一杯か...」
温度管理、魔力の注入、混合、精製。全ての工程を手作業でやっている以上、物理的な限界がある。一週間で20本作れたのは、試行錯誤の時間も含めてのことだ。
「でも、まずは需要があるかどうかだ。リリアさんが他の冒険者に宣伝してくれれば...」
そう考えていた時、再び扉が開いた。
「あの、ポーションって、まだありますか?」
今度は若い男性の冒険者だった。
「すみません、今日の分は売り切れてしまって...」
「そうですか。リリアから聞いて、すぐに来たんですけど」
男性は残念そうな顔をした。
「リリアさんから?」
「ええ。冒険者ギルドで、めちゃくちゃ自慢してましたよ。『超効くポーションを見つけた』って。みんな半信半疑でしたけど、俺は信じて来てみました」
「そうだったんですか...」
リリアの行動力に驚く。もう冒険者ギルドで宣伝しているのか。
「明日なら、在庫があると思います。朝から営業していますので、ぜひまた来てください」
「分かりました。絶対に来ます!」
男性が去った後も、何人かの冒険者が訪ねてきた。全員が「リリアから聞いた」と言っていた。
その日の夜、俺は工房の作業台で、明日の準備をしていた。
「口コミの力、すごいな...」
予想以上の反響だ。リリアの宣伝効果は絶大だった。明日からは、もっと多くの客が来るだろう。
「1日10本じゃ絶対に足りない。でも、品質は絶対に落とせない」
前世で、量を優先して品質を疎かにした企業の末路を何度も見てきた。一度失った信頼を取り戻すのは、何倍も大変だ。
「まずは、できる範囲で最高のものを作る。それが俺のやり方だ」
決意を新たに、俺は明日の製造計画を立て始めた。
薬草の在庫確認、道具の点検、製造工程の見直し...やるべきことは山積みだ。
でも、不安はなかった。
今日、リリアという最高の客に出会えた。彼女の笑顔と、「また来る!」という言葉が、何よりの励みになる。
「よし、頑張るか」
窓の外では、リバーサイドの街に夜の静けさが訪れていた。
小さな工房の明かりだけが、夜遅くまで灯り続けていた。
【第4話 完】
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