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第25話「王都への初出荷」

「……壮観ですね、師匠」


製造部長のルーカスが、震える声で漏らした。


工房の広い検品スペースが、琥珀色に輝くガラスの海になっていた。

窓から差し込む朝日が、整然と並べられた瓶を照らし、工房全体を黄金色に染め上げている。


3,000本。


口で言うのは簡単だが、実際に目の当たりにすると、それは暴力的なまでの質量を持っていた。


王都のギルドであれば、数十人の職人が一ヶ月かけて作る量だ。それを、我々のような小規模工房が、わずか半月で、しかも最高品質で作り上げたのだ。


「ああ。みんな、よくやってくれた」


俺は作業の手を止め、スタッフ全員を見渡した。

エミリア、ルーカス、マリア、マルクス、そして新しく入った弟子たち。全員の顔に疲労の色はあるが、目は達成感にギラギラと輝いている。


だが、ここで気を抜くわけにはいかない。

製造モノづくりは終わった。だが、ビジネスはまだ終わっていない。


「しかし、本当の勝負はここからだ」


俺は積み上げられた木箱の一つを叩いた。


「『ロジスティクス(物流)』……つまり、商品を無傷で顧客の手に届けるまでが、俺たちの品質管理だ」


「ロジスティクス……?」


新人の一人が首を傾げる。


俺は無言で、手近な木箱を一つ持ち上げた。中にはポーションが満載されている。


そして――俺はそれを、床に落とした。


ガシャンッ!!


「ひぃっ!? 師匠!?」

「あ、アレンさん!?」


全員が悲鳴を上げた。3,000円×20本=6万円相当の商品が、今まさに床に叩きつけられたのだ。

だが、俺は涼しい顔で木箱を拾い上げ、蓋を開けた。


「……見ろ。一本も割れていない」


中を見せると、スタッフたちが「ええっ!?」と驚きの声を上げて覗き込む。

そこには、無傷のポーション瓶が整然と並んでいた。


「な、なんでですか? 今、すごい音がしましたけど……」


「秘密はこの『仕切り板』だ」


俺は格子状の仕切り板を取り出して見せた。

これは、第16話でガストンさんに特注で作ってもらったものだ。


「従来の『わら』や『布』を詰める方法は、隙間ができやすく、輸送中の振動で瓶同士がぶつかって割れる原因になる。だが、この格子なら瓶が完全に固定される。さらに、瓶自体を『四角形』に規格統一したことで、面で衝撃を受け止める構造になっているんだ」


俺はさらに、箱の四隅にある「ダボ(突起)」を指差した。


「そしてこの突起だ。箱を重ねた時にカチリと噛み合う。いわゆる『スタッキング(積み重ね)』構造だ。これなら悪路で馬車が跳ねても、荷崩れを起こさない」


俺の説明に、ルーカスが呆れたように、しかし尊敬の眼差しで溜息をついた。


「……すごいです。中身だけでなく、運ぶための箱まで計算し尽くされているなんて。アレン師匠の頭の中には、商品の『未来』まで見えているんですね」


「品質管理っていうのは、客が蓋を開けて口にする、その瞬間まで続くんだよ」


俺はニヤリと笑った。


その時、工房の外で重厚な車輪の音が響いた。


ギルバート商会の紋章が入った、大型の荷馬車が二台、到着したのだ。


「やあ、アレン君。準備はいいかね?」


御者台から降りてきたギルバートさんが、琥珀色の海を見て目を細めた。


「……言葉が出ないな。正直、半月で3,000本というのはハッタリだと思っていたよ」


「商売相手に嘘はつきませんよ。納期遵守デリバリーも品質のうちですから」


俺たちは総出で、木箱を馬車に積み込んだ。


規格化された箱は、テトリスのブロックのように隙間なく、美しく荷台に収まっていく。

その収まりの良さに、百戦錬磨の商人であるギルバートさんも舌を巻いた。


「積載効率が段違いだ……。通常の丸瓶なら馬車三台は必要だったはずだ。輸送コストまで削減できるとは、恐れ入ったよ」


積み込みが終わると、ギルバートさんの表情が商人のそれから、戦士のような厳しいものに変わった。


「アレン君。この3,000本が王都に着けば、市場はひっくり返る。騎士団だけでなく、貴族や他の商会も君の存在を無視できなくなるだろう」


「ええ。それが狙いです」


「だが、光が強くなれば影も濃くなる。……王都ギルドのヴィクターが、黙っていないぞ。彼らにとって、君は『目の上のたんこぶ』どころか、喉元に突きつけられた刃だ」


「分かっています」


俺は王都の方角を見つめた。

かつて俺を「無能」と罵り、追放した場所。


だが、今の俺はもう、ただの追放者ではない。


「だからこそ、最高の『現物』を送るんです。どんなに言葉で飾るより、この3,000本の品質こそが、奴らへの最大の反撃になりますから」


俺の言葉に、ギルバートさんはニヤリと笑った。


「痛快だね。よし、この荷は私の商会の威信にかけて、必ず無事に届けよう」


そして、一人の少女が軽やかに馬車に飛び乗った。

公式アンバサダー兼、輸送護衛のリリアだ。


彼女の腰には愛剣があり、その表情はいつもの天真爛漫さの中に、強い覚悟が宿っていた。


「アレンさん! 任せてね!」


リリアが馬車の上から俺を見下ろす。


「ポーションは一本たりとも割らせないし、変な奴が近づいてきたら私が追い払うから! ……アレンさんの代理として、王都のみんなに『すごさ』を見せつけてくるよ!」


「ああ、頼んだぞリリア。……土産話、楽しみにしてる」


俺たちは拳を突き合わせる真似をした。

言葉は少なくても、通じ合うものがある。彼女なら大丈夫だ。


「出発ッ!!」


ギルバートさんの号令で、御者が鞭を振るった。

いななきと共に、重たい車輪が回り始める。


「行ってきまーす!」


「いってらっしゃい!」


遠ざかっていく馬車を見送りながら、俺は胸の中で静かに、しかし熱く燃えるものを感じていた。


あの馬車に乗っているのは、単なる回復薬ではない。

俺たちの技術、努力、そして「新しい常識」という名の弾丸だ。


これが王都に着弾すれば、間違いなく何かが変わる。

腐敗したギルドによる独占市場に風穴を開け、ポーション革命の狼煙のろしが上がるのだ。


「……さて、感傷に浸ってる暇はないな」


馬車が見えなくなると、俺はくるりと振り返り、手を叩いた。


「みんな、休憩終わりだ! 次のロットの仕込みをするぞ! 王都で評判になれば、来月の注文は倍になるかもしれないからな!」


「「「はいっ、師匠!!」」」


「望むところです!」


元気な返事が、リバーサイドの空に響いた。

誰もが、自分たちの仕事が世界を変えつつあるという確信に満ちていた。


この時の俺たちはまだ知らなかった。

「忙しくなる」どころではない、国家の存亡に関わる緊急事態が、すぐそこまで迫っていることを。


(第25話 完)

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