第24話「リリアの嫉妬とマーケティング」
「はい、次の方ー! 列を崩さないで並んでくださいねー!」
工房のカウンター前は、今日も戦場のような賑わいだった。 新人のマリアが声を張り上げ、客の整理をしている。製造部長のルーカスは奥で指示を出し、エミリアは薬草の搬入に追われている。
「アレンさん、こちらの決裁書類にお願いします!」 「アレンさん、ガストンさんから瓶の試作品が届きました!」 「師匠、この配合比率について相談が……」
俺の周りには、常に誰かがいて、矢継ぎ早に判断を求めてくる。 嬉しい悲鳴だ。組織は拡大し、システムは回り始めている。
だが、その忙しさにかまけて、俺はある大事な「顧客」の変化に気づいていなかった。
◇
「……ちぇっ」
工房の隅にあるベンチで、リリアは頬を膨らませていた。 膝の上には、彼女の愛剣が無造作に置かれている。
「マリアちゃんもエミリアちゃんも、私のこと『お客様』扱いなんだもん。……前までは、勝手に厨房に入ってお茶飲んでても怒られなかったのに」
彼女の呟きは、喧騒にかき消されて誰にも届かない。 アレン工房は大きくなった。従業員は20名を超え、その半数は女性だ。特に受付のマリアや製造のエミリアなど、アレンの周りにはいつも女性スタッフがいる。
「アレンさん、楽しそう。……私がいなくても、もう平気なんだ」
リリアは冒険者だ。工房の従業員ではない。 今までのように「ちょっと手伝うよ!」と言って入り込む隙間は、もう組織化されたこの場所にはなかった。
「……帰ろっかな」
リリアが立ち上がろうとした、その時だった。
「リリア!」
背後から声をかけられた。 振り返ると、書類の山を抱えた俺が立っていた。
「あ、アレンさん……。忙しいんじゃないの?」
リリアは少し拗ねたように視線を逸らした。
「ああ、忙しい。目が回りそうだ。……だからこそ、リリアに頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
「ああ。今の俺には手が回らない、でもリリアにしかできない重要な仕事だ」
俺は真剣な眼差しで彼女を見た。
「少し、時間をくれないか? 『裏』で話したい」
「裏……?」
リリアの耳がピクリと動いた。
「うん、いいよ! 聞いてあげる!」
彼女の機嫌が、少しだけ直った気がした。
◇
工房の裏手にある休憩スペース。 俺はリリアにコーヒーを淹れ、向かい合わせに座った。
「リリア。君に『フレイムガード(火耐性ポーション)』の専属モニターになってほしいというのは、前回話した通りだ」
「うん。実際に使ってみて、すごい効果だったよ」
「問題は、それをどうやって市場に広めるかだ」
俺は手元のメモを見せた。
「新製品というのは、どれだけ性能が良くても、すぐには売れない。特に命に関わるポーションなら尚更だ。客は『本当に効くのか?』『副作用はないのか?』と疑う」
「確かに。私もアレンさんのポーションじゃなかったら、あんな怪しい赤い液体、飲みたくないもん」
リリアは正直だ。 そう、信頼関係のない顧客にとって、新技術は「怪しいもの」でしかない。
「そこで、リリア。君の力を借りたい」
「私の力?」
「ああ。君はこの街で今、最も注目されている若手冒険者だ。『鉄甲熊』を倒し、D級に昇格した実力者として知られている」
俺は身を乗り出した。
「顧客は、俺の『データ』よりも、君の『言葉』を信じる。君が使って『これはすごい』と言えば、それはどんな宣伝よりも強力な証明になるんだ」
これは現代のビジネスで言う『インフルエンサー・マーケティング』だ。 企業が自画自賛するよりも、信頼できる第三者が推奨する方が、消費者の購買意欲を喚起できる。
「君を、アレン工房の『公式アンバサダー(広報大使)』に任命したい」
「あんば……さだー?」
リリアが首を傾げた。
「簡単に言えば、俺のパートナーだ。工房の外で、俺の代わりに製品の良さを広めてくれる代表者。……やってくれるか?」
「パートナー……」
リリアがその言葉を噛み締めるように繰り返した。 そして、パァッと花が咲くような笑顔を見せた。
「やる! やるやる! 私、アレンさんのパートナーになる!」
「ありがとう。助かるよ」
「で、何をすればいいの? 街中で叫んで回る?」
「いや、もっと効果的な方法がある。……派手に行こう」
俺はニヤリと笑った。
◇
翌日。リバーサイドの冒険者ギルド前広場。 そこには、人だかりができていた。
「おい、なんだあれ?」 「『アレン工房・新製品発表会』だってよ」 「またあの錬金術師か?」
ざわつく冒険者たちの前に、特設ステージが組まれている。 そこに立ったのは、俺ではなく――真新しい装備に身を包んだリリアだった。
「みなさーん! こんにちは! D級冒険者のリリアだよ!」
リリアが元気に手を振ると、会場から「おおーっ!」と野太い歓声が上がった。彼女はこの街のアイドル的な存在になりつつある。
「今日はね、アレンさんが作ったすごいポーションを見せに来たの! その名も『フレイムガード』!」
彼女は真っ赤な小瓶を掲げた。
「火耐性? どうせ気休めだろ?」 「塗ってもすぐ乾くやつじゃないか?」
観衆からは懐疑的な声が飛ぶ。
「ふっふっふ、そう思うでしょ? じゃあ、見てて!」
リリアは小瓶の蓋を開け、一気に飲み干した。 そして――。
「トム! お願い!」 「う、うん……いくよ!」
ステージの端に控えていた魔法使いのトムが、杖を構えた。
「『ファイアボール』!」
ボッ!
トムの杖から放たれた火球が、リリアに向かって一直線に飛んだ。 観衆から悲鳴が上がる。
「おい! 避けないぞ!」 「直撃する!」
ドォォォン!
炎がリリアを包み込み、爆ぜた。 誰もが、彼女の大火傷を覚悟した瞬間。
「……あー、あったかーい」
炎の中から、平然とした声が聞こえた。 煙が晴れると、そこには無傷のリリアが立っていた。服も髪も、一切焦げていない。彼女の体の表面を、薄い赤色の光膜が覆っていたからだ。
「なっ……!?」 「魔法の炎を、正面から受けて無傷だと!?」 「マジかよ……!」
会場が静まり返り、次の瞬間、爆発的な歓声に変わった。
「見たでしょ!? これが『フレイムガード』の力だよ! これがあれば、火山のダンジョンだって怖くない!」
リリアが叫ぶ。
「私もこれで『紅蓮の洞窟』を攻略して、ガッポリ稼いじゃった! みんなも欲しいでしょー!?」
「欲しい! 俺に売ってくれ!」 「いくらだ! 金貨1枚か!?」 「俺たちはこれから火山に行く予定なんだ!」
殺到する冒険者たち。 その横で、俺とルーカス、マリアたちは即売会ブースを開いた。
「はいはい、押さないで! 在庫はたっぷりありますよ!」 「お一人様3本までです!」
飛ぶように売れる。 用意した500本の在庫が、みるみるうちに減っていく。
「すごい……」
手伝っていたマリアが、目を丸くして呟いた。
「ただ置いているだけじゃ、こんなに売れませんでした。リリアさんの実演があったからこそ、みんな信用してくれたんですね」
「ああ。これが『信用の力』だ」
俺はステージの上で、得意げにポーズを決めるリリアを見上げた。 彼女は俺の方を見て、Vサインを送ってきた。 『どう? 私、役に立ったでしょ?』 そんな声が聞こえてきそうだった。
◇
その日の夜。工房での打ち上げ。
「乾杯ー!」
「いやー、すごかったねリリア! あの演技力、女優になれるよ!」 「へへーん! もっと褒めて!」
リリアは上機嫌でジュースを飲んでいる。 俺は彼女の隣に座った。
「ありがとう、リリア。君のおかげで大成功だ」
「うん! ……ねえ、アレンさん」
リリアは少し声を潜めて、俺に耳打ちした。
「私、工房の従業員じゃないけど……でも、アレンさんの『一番のパートナー』だよね?」
彼女の瞳が、不安と期待で揺れていた。 そうか。彼女はずっと、自分の居場所を確認したかったんだ。組織が大きくなっても、俺との関係が変わらないことを。
「ああ、もちろんだ」
俺は迷わず答えた。
「従業員は何人もいるけど、パートナーと呼べるのはリリア、君だけだよ」
「……そっか。えへへ、やった!」
リリアは心底安心したように笑った。
「じゃあ、これからも一番働かせてよね! パートナーなんだから!」
「お手柔らかに頼むよ、広報大使様」
工房は笑い声に包まれている。
机の上には、今日売り切った500本分の売上――ずしりと重い銀貨の袋が積まれたままだった。
「……こんなに稼いだの、初めてだな」
俺はその袋を一つ持ち上げ、小さく笑った。
(第24話 完)
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