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第23話「新製品:属性ポーション」

「……このままでは、ジリ貧になるな」


騎士団への初回納品を無事に終え、ひと段落ついた工房のデスクで、俺は売上帳簿を眺めながら独りごちた 。 帳簿の数字は絶好調だ。売上は右肩上がり。利益率も改善されている。 だが、経営者の視点で見ると、この帳簿には「致命的なリスク」が潜んでいた。


「どうしたんですか、師匠? 眉間に皺を寄せて」


製造部長のルーカスが、コーヒーを差し出しながら顔を覗き込んできた 。


「ああ、ルーカス。これを見てくれ。うちの売上の構成比率だ」


俺は手書きの円グラフを指差した 。


「売上の98%が『回復ポーション』で占められている」


「それは……回復ポーション専門店なんですから、当然では?」


ルーカスは不思議そうな顔をした。


「今はいい。だが、もし王都のギルドが本気を出して、同じ品質のものを半値で売ってきたらどうなる? あるいは、回復魔法が使える聖女が現れて、ポーションが不要になったら?」


「うっ……それは……」


「今のうちは『一本足打法』なんだ。その一本が折れたら、工房は終わる」


前世のビジネス用語で言えば『プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)』の考え方だ 。 現在の回復ポーションは、利益を生み出す「金のなる木」だ。だが、これに依存し続けるのは危険すぎる 。 リスクを分散させるためには、新たな市場を開拓する「花形スター」商品が必要だ 。





「それに、先日のスパイの一件もある。俺たちの製造方法は、いずれ模倣されるリスクがある。だからこそ、彼らが追いつけない『次の矢』を放つ必要があるんだ」


「なるほど……。守りではなく、攻めるわけですね」


ルーカスの目に光が宿った。


「で、何を作るんですか?」


その時だった。 バーン! と工房の扉が勢いよく開いた 。


「アレンさーん!! もう、悔しいよー!!」


飛び込んできたのは、すすで顔を黒く汚したリリアだった 。 髪の毛先が少し焦げている 。



「リリア!? どうしたんだ、その格好は」


「聞いてよ! リバーサイドの北にある『紅蓮の洞窟』に行ってきたんだけど……熱すぎて奥まで行けないの!」


リリアは水を一気に飲み干し、悔しそうに地団駄を踏んだ。


「あそこ、レアな鉱石がたくさん採れる穴場ダンジョンなのに! 入口から少し進んだだけで、装備が熱くなっちゃって……これじゃあ、魔物と戦う前に丸焼きになっちゃうよ!」


「紅蓮の洞窟か……。あそこは火山性のダンジョンだからな」




「魔法使いがいれば『水のヴェール』で守ってもらえるけど、私のパーティにはトムしかいないし、彼の魔力じゃ数分しか持たないの。……市場に売ってる『耐火ポーション』は高いくせに、全然効かないし!」


リリアの不満を聞きながら、俺の脳内でパズルのピースがカチリと嵌まった。


これだ。 回復キュアではなく、支援バフ。 まだ市場が未成熟で、かつ冒険者からの切実な需要がある分野。


「リリア。その『紅蓮の洞窟』、もし熱さを無効化できたら攻略できるか?」


「えっ? そりゃあもちろん! 私の剣技なら、中のサラマンダーなんて敵じゃないよ!」


「よし。……ルーカス、決まったぞ」


俺は立ち上がり、ホワイトボードに大きく書き殴った。


『新製品開発:火耐性ポーション(フレイムガード)』



「火耐性……ですか。でも師匠、材料はどうするんです?」


「文献によれば、『フレイムリーフ』という薬草に火属性耐性の効果があるはずだ」



「ああ、あの真っ赤な葉っぱですね。でもあれ、扱いが難しいんですよ。少しでも温度を間違えると……」


「燃える、だろ?」


そう。フレイムリーフは非常に揮発性が高く、加工中に発火しやすい危険な素材だ。 だからこそ、市場に出回っている耐火ポーションは、安全策を取って成分を薄めた「気休め程度」のものばかりなのだ 。


だが、俺たちには「温度計」がある。


「精密な温度管理ができれば、発火させずに有効成分だけを抽出できるはずだ。……やるぞ、ルーカス、エミリア!」



研究開発(R&D)の日々が始まった。 俺たちは通常の製造ラインを新人たちに任せ、工房の奥で実験を繰り返した。


「温度80度……変化なし」 「85度……成分の抽出を確認。色は薄い赤」 「90度……っ、煙が出ました! 消火!」


ボッ、と小さな炎が上がる。


「熱っ!」 「師匠、大丈夫ですか!?」


「平気だ。……なるほど、90度を超えると発火点に達するのか」


実験の結果、フレイムリーフの有効成分が抽出されるのは85度以上。しかし、90度を超えると発火して成分が壊れてしまうことが分かった 。


許容範囲レンジは、わずか5度 。 この狭い範囲で、数分間煮込み続けなければならない。


「王都のギルドが作れないわけだ」


俺は煤けた顔を拭きながら笑った。 彼らの「薪と勘」に頼るやり方では、この5度の維持は不可能だ。安全圏の60度くらいで煮出すから、効果の薄いポーションしか作れないのだ 。


「だが、俺たちならできる」


俺は特注の「二重底の鍋」を用意した。湯煎ゆせんの原理を利用し、熱湯の温度を調整することで、内鍋の温度を88度付近に固定する 。 さらに、マルクスに作らせた高精度の温度計を睨みながら、魔道炉の火力をミクロ単位で調整する 。



「温度88度……安定しています」


「よし、このまま3分キープだ。ルーカス、撹拌かくはんを止めないでくれ。局所的に熱くなるとそこから発火する」


「はい!」


緊張の3分間。 鍋の中の液体は、鮮やかな深紅色へと変わっていく。炎そのものを液体にしたような、美しい赤だ 。


「……時間だ。冷却!」


一気に氷水で冷やす。 揮発性の成分を、急冷することで液体の中に閉じ込める。


完成した小瓶を、俺は光にかざした。 不純物はゼロ。完璧な『火耐性ポーション』だ。


「これが……俺たちの新製品だ」



翌日。 俺はリリアを呼び出し、完成したばかりの試作品を手渡した。


「これが……アレンさんの新作?」


リリアは小瓶の中の赤い液体を、恐る恐る見つめた。


「なんか、すごく辛そうだけど……」


「味は保証しない。でも、効果は保証する」


リリアは意を決して、ポーションをあおった。


「んぐっ……! うわ、喉が熱い! ……でも」


彼女は自分の身体を見回した。


「なんか、体の表面に薄い膜が張ったみたい。熱くないっていうか、むしろ涼しい?」


「よし、実戦テストだ。リリア、これを飲んで『紅蓮の洞窟』の入口まで行ってみてくれないか?」


「任せて! 行ってくる!」


リリアは風のように駆け出していった。


そして数時間後。


「アレンさーん!!!」


再び工房の扉が開き、リリアが飛び込んできた。 今度は煤けていない。それどころか、両手に抱えきれないほどの「炎魔石」を持っていた 。


「すごい! すごいよこれ!!」


リリアは興奮気味にまくし立てた。


「洞窟の中に入っても全然平気だった! サラマンダーの炎を食らっても『あ、温かいな』くらいで済んだし! おかげで深層まで行けて、こんなにお宝が採れちゃった!」


彼女がカウンターにドサドサと置いた魔石は、市場価格で金貨数枚にはなるだろう 。


「これ、一本いくらで売るの?」


「原価は少し高いから……銀貨5枚(5,000円)かな」



「安い!!」


リリアが即答した。


「銀貨5枚でこの稼ぎができるなら、冒険者は喜んで買うよ! 私が保証する!」


俺はルーカスと顔を見合わせて、ニヤリと笑った。 勝てる。 これは回復ポーション以上の利益率を叩き出し、かつ競合他社には絶対に真似できない「技術の壁」に守られた製品になる 。


「よし。商品名は『フレイムガード』だ」


俺は宣言した。


「これで火山エリアの需要を独占する。……王都のギルドが指をくわえて見ている間に、次の市場を制圧するぞ」


こうして、アレン工房のショーケースに、新たなラインナップが加わった。 この「属性ポーション」の登場は、リバーサイドの冒険者たちの活動範囲を劇的に広げ、やがて王国のダンジョン攻略事情を一変させることになる 。


だが、その成功は同時に、ある「副作用」も生むことになった。 成功し続ける工房と、そこで働く女性従業員たち。そして、蚊帳の外に置かれたような気持ちになる一人の少女の、小さな嫉妬心を 。


「……ねえ、アレンさん」


リリアが、ふと真剣な目で俺を見た。


「このポーション、売り出す前に……私に『独占契約』させてくれない?」


(第23話 完)

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これからもアレンたちの逆転劇にお付き合いください!

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