表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

第11話「商人の提案」

工房の裏手にある小さな畑。植えてから一週間が経ったヒールハーブの苗は、順調に根を張り始めていた。


「よし、いい感じだ」


朝の水やりを終えた俺は、満足そうに苗を見つめた。葉の色も良く、新しい芽も出てきている。エミリアの丁寧な世話のおかげだ。


「師匠、おはようございます!」


エミリアが工房から顔を出した。


「今日も元気だな」


「はい!苗も元気ですね」


「ああ。このペースなら、一ヶ月後には最初の収穫ができるかもしれない」


「本当ですか!?」


エミリアの目が輝いた。自分で育てた薬草でポーションを作る。それが彼女の夢だった。


「楽しみだな」


「はい!」




工房に戻ると、ルーカスが既に準備を始めていた。


「おはようございます、師匠」


「おはよう。今日も頑張ろう」


「はい。昨日の実習で、温度管理のコツが掴めてきました」


ルーカスは嬉しそうに報告した。一週間前に弟子入りしてから、彼の成長は著しい。元々基礎があるだけに、正しい方法を教えれば吸収が早い。


「それは良かった。じゃあ、今日は一人で一本作ってみるか?」


「本当ですか!?」


「ああ。もう十分だろう」


ルーカスは緊張した顔で頷いた。


その時、工房の扉がノックされた。


「失礼します」


入ってきたのは、ギルバートさんだった。いつもの優しい笑顔ではなく、少し真剣な表情をしている。


「ギルバートさん、どうしました?」


「アレン君、少し時間をいただけるかな?大事な話があるんだ」




工房の奥に案内し、椅子を勧めた。エミリアとルーカスには、今日の製造準備を任せる。


「実は…」


ギルバートさんは、ゆっくりと話し始めた。


「アレン君のポーションの評判が、かなり広まっているんだ」


「はい。おかげさまで」


「リバーサイドだけじゃない。隣の街、さらには王都でも話題になっている」


「王都でも…ですか?」


意外だった。まさか、あそこまで広まっているとは。


「ああ。私の商会にも、問い合わせが殺到している。『あのポーションを扱わせてほしい』とね」


ギルバートさんは真剣な目で俺を見た。


「アレン君、本格的に私の商会と契約を結ばないか?」


「本格的に…」


「ああ。今は個人的な支援という形だが、正式なビジネスパートナーとして契約したい」


ギルバートさんは、懐から書類を取り出した。


「条件は以下の通りだ」




俺は書類に目を通した。


ーーーーーーーーーーーーー

【契約条件】


1. 独占販売権: ギルバート商会が全製品の販売を担当

2. 価格設定: アレンの承認が必要

3. 品質管理: アレンが最終チェック

4. 売上配分: 70%(アレン) / 30%(ギルバート商会)

5. 設備投資: ギルバート商会が工房拡張を支援

6. 流通網: 王都を含む全6都市で販売

ーーーーーーーーーーーーー


「…かなり好条件ですね」


俺は驚いて顔を上げた。


「通常なら、売上配分は50:50が相場だ。でも、君の製品は特別だ。品質が全てだから、君の取り分を多くした」


「ありがとうございます。でも…」


俺は慎重に言葉を選んだ。


「品質管理が条件というのは、どういう意味ですか?」


「ああ、それはね」


ギルバートさんは身を乗り出した。


「私は商人として、品質の重要性を理解している。だから、全てのポーションは、君が最終チェックしたものだけを売りたい」


「なるほど…」


「もちろん、生産量は増やす必要がある。でも、君の品質基準は絶対に守る。それが、この契約の核心だ」


ギルバートさんの目に、嘘はなかった。


「一つ質問してもいいですか」


「どうぞ」


「もし、俺が『品質が基準に達していない』と判断したら?」


「その製品は売らない」


ギルバートさんは即答した。


「たとえ大量に作っても、君が認めないものは一本も売らない。それが約束だ」


「…分かりました」


俺は深呼吸をした。


これは大きな決断だ。今までは小さな工房で、自分のペースでやってきた。でも、これを受ければ、ビジネスとして本格的に動き出す。


責任も大きくなる。


でも、それは悪いことだろうか?


「ギルバートさん、一つ条件を追加させてください」


「何かな?」


「製造マニュアルを作って、他の錬金術師にも技術を公開したい」


ギルバートさんは驚いた顔をした。


「それは…ライバルを増やすことになるが?」


「ええ。でも、業界全体のレベルを上げたいんです」


俺は前世の経験を思い出しながら話した。


「独占すれば、短期的には儲かるかもしれない。でも、長期的には業界全体が停滞する。それより、みんなで切磋琢磨する方が、健全だと思うんです」


ギルバートさんは、しばらく黙って考えていた。


やがて、彼は笑顔を見せた。


「面白い。君は本当に面白い若者だ」


「え?」


「いいだろう。その条件、受け入れよう。むしろ、それが君らしい」


ギルバートさんは手を差し出してきた。


「じゃあ、契約成立だ。これから、よろしく頼むよ、パートナー」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


俺はその手を握った。




ギルバートさんが帰った後、俺はエミリアとルーカスに報告した。


「というわけで、正式にギルバート商会と契約することになった」


「すごい!」


「おめでとうございます、師匠!」


二人は喜んでくれた。


「でも、これからが本当の勝負だ」


俺は真剣な顔で二人を見た。


「生産量を増やす必要がある。今の倍、いや、三倍は作らないといけない」


「三倍…」


エミリアが不安そうな顔をした。


「でも、品質は落とせませんよね」


「その通り。だから、システムを作る必要がある」


「システム?」


「ああ。今までは俺が全部チェックしていた。でも、それじゃ限界がある」


俺はノートを開いた。


「だから、製造工程を完全にマニュアル化する。そして、各工程で品質をチェックする仕組みを作る」


「なるほど…」


「それと、工房を拡張する必要もある」


俺は工房を見回した。


「今の広さじゃ、三人でも窮屈だ。もっと広い場所が必要だな」


「ギルバートさんが支援してくれるって言ってましたね」


「ああ。明日、具体的な計画を立てよう」




その日の午後、いつものように冒険者たちが来店した。


「アレンさん!」


真っ先に飛び込んできたのは、もちろんリリアだった。


「今日もポーション、ある?」


「ああ、あるよ」


「良かった!」


リリアが銀貨を差し出す。その後ろには、ジェイクたちのパーティも並んでいる。


「アレン、実はな」


ジェイクが真剣な顔で言った。


「俺たち、来週から大きなダンジョンに挑戦するんだ」


「大きなダンジョン?」


「ああ。リバーサイド東の『古代遺跡』だ。C級以上の魔物が出る」


「それは…危険ですね」


「だからこそ、信頼できるポーションが必要なんだ」


ジェイクは真剣な目で俺を見た。


「アレン、頼む。俺たちに、20本くらい分けてくれないか?」


「20本…」


俺は在庫を確認した。今日作ったのは15本。全部売れば、他の客には渡らない。


「すみません、今日は15本しかなくて…」


「そうか…」


ジェイクは残念そうな顔をした。


「いや、仕方ない。じゃあ、予約できないか?来週までに20本用意してほしい」


「分かりました。必ず用意します」


「助かる」


ジェイクは安堵の表情を浮かべた。


リリアも嬉しそうに言った。


「アレンさんのポーションなら、安心して戦える!」


「期待に応えられるよう、頑張ります」




客が引いた後、俺は製造記録を見返していた。


「来週までに20本か…」


今のペースなら、何とか間に合う。でも、他の客の分も考えると、もっと増産しないと。


「やっぱり、システム化が急務だな」


その時、ルーカスが声をかけてきた。


「師匠、今日作った試作品、品質チェックをお願いできますか?」


「ああ、見せてくれ」


ルーカスが作ったポーションを手に取る。透明度は良好。香りも問題ない。


「効果測定をしよう」


いつものように、指を切ってポーションを垂らす。


「…29秒。良いな」


「本当ですか!?」


ルーカスの顔が明るくなった。


「ああ。俺の基準が28秒だから、ほぼ同じだ」


「やった…」


ルーカスは嬉しそうに拳を握った。


「一週間前は、全然ダメだったのに…」


「努力の成果だ。よく頑張った」


「ありがとうございます!」


ルーカスの成長を見て、俺は確信した。


システムを作れば、もっと多くの人が同じ品質のポーションを作れる。


「よし、明日から本格的にマニュアル作成を始めよう」




その夜、工房の明かりを消す前に、俺は一人、契約書を読み返していた。


-ギルバート商会との正式契約-


これが、俺の転換点になる。


小さな工房から、本格的なビジネスへ。


「不安がないと言えば嘘になる」


でも、ワクワクもしている。


前世では、会社の歯車の一つだった。上司の命令に従い、理不尽な決定に耐え、過労で死んだ。


でも、今は違う。


自分のビジネスだ。自分のやり方で、自分の信念を貫ける。


「品質を守りながら、規模を拡大する」


それが、俺の挑戦だ。


窓の外を見ると、工房の裏手の畑が月明かりに照らされていた。


あの小さな苗が、いつか大きな農園になる。


この小さな工房が、いつか王国中に知られる企業になる。


「夢じゃない。必ず実現させる」


俺は拳を握り締めた。


エミリアとルーカスという優秀な弟子がいる。


ギルバートという信頼できるパートナーがいる。


リリアをはじめ、応援してくれる客がいる。


「一人じゃない。みんなで作り上げるんだ」


そう心に誓って、俺は明かりを消した。


明日から、新しいステージが始まる。


ポーション革命の、本当の始まりだ。



【第11話 完】


第11話をお読みいただきありがとうございます!


面白かったと少しでも感じていただけたら、


評価・ブックマークをいただけると、とても励みになります! 応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ