第10話「技術は、隠さない」
工房の裏手、小さな空き地。
一週間前に耕したこの土地は、すっかり様変わりしていた。堆肥と腐葉土を混ぜ込んだ土は柔らかく、豊か
な香りを放っている。
「よし、これなら大丈夫だろう」
俺は土を手に取り、感触を確かめた。前世で学んだ農業知識によれば、これが理想的な土壌状態だ。
「師匠、マーティンさんから買った苗です」
エミリアが、丁寧に包まれた小さな苗を運んできた。ヒールハーブの苗が二十株。これが、俺たちの薬草栽培の第一歩になる。
「ありがとう。じゃあ、植え付けを始めよう」
「はい!」
「まず、株間は30センチメートル空けて植える」
俺は地面に目印をつけながら説明した。
「え、そんなに離すんですか?もっと詰めて植えた方が、たくさん採れませんか?」
「それが違うんだ。密植すると、互いに栄養を奪い合って、どちらも育たなくなる」
「そうなんですか……」
エミリアは驚いた顔で俺を見た。
「植物も人間と同じで、適度な距離が必要なんだよ」
「なるほど……」
彼女は真剣な顔でノートにメモを取っている。
「それから、植える深さも重要だ。根が完全に埋まるように、でも茎の付け根は地表に出す」
「はい」
一つ一つ丁寧に植えていく。エミリアの手つきは慣れたもので、俺よりも素早く正確だ。
「エミリア、上手だな」
「ありがとうございます。子供の頃から、お母さんの畑仕事を手伝ってたので」
「そうだったのか」
「はい。家が貧しかったので、少しでも野菜が採れるように……」
エミリアの顔が少し曇る。
「でも、今はこうして薬草を育てられて、嬉しいです」
「これからは、もっと良い暮らしができるようになるさ」
「師匠……」
エミリアは嬉しそうに笑った。
二十株全てを植え終えると、もう昼過ぎになっていた。
「さて、最後に水やりだ」
俺は井戸から水を汲んできた。
「水やりにもコツがある。根元にたっぷりと、でも葉には直接かけない」
「なぜですか?」
「葉に水がかかると、病気になりやすいんだ。特に、夕方に濡れたまま夜を迎えると、カビが生えやすくなる」
「そうなんですか……知らなかったです」
エミリアは目を輝かせながら聞いている。
「だから、水やりは朝か昼にする。夕方はなるべく避ける」
「分かりました。毎朝、水やりしますね」
「ああ。でも、雨の日は不要だ。むしろ、水をやりすぎると根腐れする」
「根腐れ……」
「土が常に湿っていると、根が呼吸できなくなって腐るんだ」
俺は前世の知識を総動員して説明した。植物の栽培には、化学や生物学の知識が必要だ。でも、それを分かりやすく伝えるのは難しい。
「つまり、適度に乾燥する時間も必要ってことです」
「なるほど!」
エミリアは納得したように頷いた。
工房に戻ると、ルーカスが心配そうに待っていた。
「お疲れ様です。栽培は順調ですか?」
「ああ。苗も全部植え終わった」
「良かった。あの、実は……」
ルーカスが遠慮がちに言った。
「今日、何人かの客から『在庫が少なすぎる』とクレームがありました」
「そうか……」
予想していたことだが、やはり需要に追いついていない。
「すみません。俺がもっと早く戦力になれれば……」
「気にしなくていい。ルーカスのペースで習得してくれればいい」
俺はルーカスの肩を叩いた。
「それより、今日の実習の成果はどうだった?」
「はい。温度管理は、だいぶ安定してきました」
ルーカスはノートを見せてくれた。今日の製造記録が、細かく記録されている。
「69度で30秒、71度で28秒、73度で32秒……しっかりデータを取ってるな」
「アレン師匠の教えを守っています。数値化できることは、全て数値化する」
「完璧だ」
前世の製薬会社でも、これだけ丁寧に記録を取る人は少なかった。ルーカスは真面目で、データの重要性を理解している。
「でも、まだ癖が抜けないんです」
「癖?」
「ええ。『このくらいでいいか』って、つい目分量でやってしまいそうになる」
ルーカスは悔しそうに言った。
「王都で染み付いた癖が、なかなか消えなくて……」
「大丈夫。意識し続ければ、必ず治る」
俺は自分の経験を話した。
「前世で――じゃなくて、昔な。俺も最初は雑な仕事をしてたんだ」
「アレン師匠が?」
「ああ。でも、ある失敗をきっかけに、品質管理の大切さを学んだ」
リコール騒ぎのことは、今でも鮮明に覚えている。あの時の教訓が、今の俺を作っている。
「失敗は、成長のチャンスなんだ」
「……ありがとうございます」
ルーカスは少し元気を取り戻したようだった。
夕方、工房の扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたのは、見覚えのある商人――マーティンだった。
「マーティンさん、どうしました?」
「実は、ご相談がありまして」
マーティンは真剣な顔で言った。
「私の知り合いの錬金術師が、アレンさんの製法に興味を持っているんです」
「俺の製法に?」
「ええ。彼も品質に悩んでいて……もしよければ、技術指導をしていただけませんか?」
技術指導?
「待ってください。うちの製法を教えるってことですか?」
「はい。もちろん、相応の対価はお支払いします」
マーティンは真剣だった。
俺は少し考えた。
技術を教えれば、ライバルが増える。でも、それは悪いことだろうか?
前世で学んだことがある。独占しようとする技術は、いずれ時代遅れになる。むしろ、オープンにして業界
全体のレベルを上げた方が、長期的には良い結果を生む。
「分かりました。ただし、条件があります」
「何でしょう?」
「教えた技術を、さらに他の錬金術師にも広めてほしい。業界全体の品質を上げたいんです」
マーティンは驚いた顔をした。
「それは……よろしいんですか?ライバルが増えますよ?」
「構いません。むしろ、それが目的です」
俺は微笑んだ。
「錬金術師全体のレベルが上がれば、業界の地位も向上します。それが、俺の最終目標なんです」
「なるほど……」
マーティンは感心したように頷いた。
「分かりました。その条件で、進めさせていただきます」
マーティンが帰った後、エミリアが不思議そうに聞いてきた。
「師匠、本当にいいんですか?技術を教えちゃって」
「ああ。むしろ、それが正しいと思う」
俺は窓の外を見た。リバーサイドの街が、夕日に照らされている。
「前世で学んだことなんだが」
「前世……?」
エミリアが首を傾げた。しまった、また口が滑った。
「いや、昔な。昔、こんな話を聞いたんだ」
俺は誤魔化しながら続けた。
「技術を独占しようとすると、自分も成長できなくなる。でも、オープンにすれば、互いに切磋琢磨できる」
「切磋琢磨……」
「そう。ライバルがいるからこそ、もっと良いものを作ろうと頑張れるんだ」
ルーカスも頷いた。
「確かに。王都のギルドは閉鎖的で、新しい技術を拒絶していました。だから、進歩が止まっていたのかもしれません」
「その通り。俺は、そうなりたくないんだ」
その夜、三人で明日の計画を立てていた。
「さて、薬草栽培も始まったし、次は生産量の増加だな」
「はい」
「目標は1日30本。でも、品質は絶対に落とさない」
「分かりました」
「そのために、作業を分担しよう」
俺はノートに図を描いた。
「エミリアは薬草の管理と、抽出作業」
「はい」
「ルーカスは精製と混合」
「了解です」
「俺は品質チェックと、新製品の開発」
三人の役割を明確にすることで、効率が上がるはずだ。
「あと、マニュアルを作ろう」
「マニュアル?」
「ああ。全ての工程を文書化して、誰が見ても同じように作れるようにする」
前世の製薬会社では、製造マニュアルが厳格に管理されていた。それによって、品質の均一性が保たれる。
「これがあれば、将来的にもっと多くの人に教えられる」
「なるほど……」
エミリアとルーカスは感心したように頷いた。
「じゃあ、明日から本格的に始めよう」
「はい!」
「頑張ります!」
三人が帰った後、俺は一人、工房の裏手に出た。
月明かりの下、植えたばかりの薬草の苗が、風に揺れている。
「頑張れよ」
俺は小さく呟いた。
この小さな苗が育てば、完全に品質をコントロールできる。野生の薬草に頼らず、自分たちで全てを管理する。
垂直統合。
前世のビジネス用語が、この世界でも通用する。
「いつか、この小さな畑が、大きな農園になる」
そう信じて、俺は工房に戻った。
製造記録を開き、今日の出来事を書き込む。
ーーーーーーーーーーーーーーー
【今日の重要事項】
薬草栽培開始: ヒールハーブ20株
技術指導の依頼: マーティン経由
今後の方針: 技術のオープン化
ーーーーーーーーーーーーーーー
「少しずつ、でも確実に前進している」
窓の外を見ると、工房の裏手に植えた苗が、月の光を浴びて銀色に輝いていた。
あの小さな命が、やがて大きく育ち、多くの人を救うポーションの原料になる。
「楽しみだな」
俺は小さく笑って、ノートを閉じた。
明日も忙しくなる。
でも、それが嬉しい。
前世では得られなかった、充実した日々。
仲間と一緒に、何かを作り上げていく喜び。
「この世界に来て、本当に良かった」
そう思いながら、俺は眠りについた。
【第10話 完】
ここまでお読みいただきありがとうございます。 もし本作を読んで、
・アレンの活躍を応援したくなった! ・経営パートが面白かった! ・続きを早く読みたい!
と少しでも感じていただけたら、
↓広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に
評価していただけると、執筆速度が上がります! 応援よろしくお願いします!




