思索12
思索12
色々な経験をしろ、の意味
常識がまやかしであることを身をもって体感するため、自分の世界を広げるため、寛容さと創造力が発達
旅行に限らず珍しい病気などでもいい
旅行に行って、ただ楽しかった、大変な仕事をして、ただ辛かった、だけならそのアドバイスに従ったとはいえない
言葉の壁
テーマに関わる言葉とそうでない言葉との境界線
壁の向こうにも言葉や巨人がいることは忘れない方が良い
不正解はダメではない、正解でないだけ
思想や文化、価値観、人間なども同様
ただ囲う壁の場所を変え続けるのでは無い、壁の外の世界を意識する
路地裏にも話題は無限にあるけどね
悪人
全員が誰かの尊厳を踏み躙って生きている
悪人に幸せになる権利がないのなら全員なくなる
0100思考が嫌われているがそうすべき時もある
幸福になる権利、誰人もいつ何時でもいかなる状況でも幸福になる権利は失われない
信念も一瞬の気の緩みで終わる
逆にその間は連続しているため、じわじわと侵食していく
年をとる事でしか得られないものは?
若者に完全敗北なのか?
イケおじ、なぜイケてると思うのか?イケてるからどうした?
経験、若くても濃い人はいる
人の道に生きようとする人間にとっての激励になる、本物の人間にだけ響く、生きていること自体が、行き詰まりの生活を生きること、可能性すら信じるのに一苦労
限界突破と壊れる、の違い
限界の少し上を意識しろと言うが
限界以上は未知であるから距離感など測れない
機械の限界値を超えた結果に信頼性はない
測れたとしても限界の少し上で止まれるとも限らない
逆張り
嫉妬が多いのでは
嫉妬の対象に対しては鋭い批判を生み出せる慧眼があっても
支持するものに盲信なら、流行に流されるタンポポの綿毛たちとそんなに変わらない
全てにおいて慧眼を発揮するには
自分に都合の良いものには曇りやすい
全てにおいて自分が仲間はずれだというスタンス
フラット、+があればどこかに-がある
もっと自分のこと見つめろ!
本当に自分のことを見つめていたら、綻びだらけな上に相手と紙一重の差しかないことがわかるので、そんなことは人に言えない
自分の快適は周りの人間の不快でできているかもしれない
極限状態では純粋に「信じる」という行為しかできない
道徳、道理
スポーツのルールのようなもの
破って勝っても何の意味もない
良心
人に求めるものではなく自分に求めるもの
だからといって、誰も俺を止められないぜー!というわけでもない
本質はかき氷
味がするのはシロップであるように
周りの虚構に快楽を感じる
警句が効かない
背景まで伝わらない
その人にとってのそれぞれの言葉の定義や、役割が異なる
ゴールに辿り着くと終わってしまう
限界効用逓減
結果は存在しない
死ぬことは過程なので無ではない
「そうなりかけた人」と「渦中の人」と「過去に経験した人」は全く別物
結果は過程である時のみ意味がある
本当の結果は存在しない
成果主義は真理と逆行している
すべては闇
だがそれは光への可能性
終わりではない、絶望ではない、無意味ではない
傍観者
答えに辿り着けない
勝負していないので勝つことはできない
人が一番わかって欲しいのは自分の苦しさ
人の苦しさを無かったことにはするな
自分の苦しさをわかってもらわなくていいと思えるようになれば優しくなれるのでは
人の心の中では、何千年もかける世界の振る舞いが、一生の中で行われる
心の中の「今」の重み
赤子に近い人ほど今の重みが強く、瞬間瞬間の快不快が敵味方の判断に大きく繋がる
自分が自分を見ている
もう一人の自分をフラットにしておくのが良い
自分に酔うことで感情を増幅させる燃料にはすべきではない
過度な他責、自責、虚無主義
自分を主役にしている、自分が責めることができる立場である、責められるに足る影響力を持っている、価値や意味はないと思っているにも関わらず目先の快楽に溺れることに価値を感じている、虚無に陶酔する意味を見出している、全て自惚れである
心で捉える方が良い
言葉だと部分で捉えることになるので、抜け落ちてしまう所がある
挫折や絶望は早いほうがいい
おたふく風邪みたいに後になるほど重症度が上がる
今は物質的な快楽が多い
心を動かすのではなく報酬系に訴えかけて
無理やり快感を感じさせられているようだ
超絶技巧、癖になる、伏線、わかりやすい、速い、激しい
好きなのかわからない
外堀を埋めてこられているような感覚
身内を人質に取られて無理やり脅迫されてるような感覚、質問は既に拷問に変わっている
「静」を楽しめるのが日本人だったのではないか
自殺を日頃から考えている者よりも考えていない者の方が自殺する可能性は高い
絶望の中で生きるには希望が必要だ
それは自殺のようなネガティブなものでも構わない
希望は絶望の中でしか見つけられない
日頃から抑うつ気味の人は絶望に入射角が大きめで入っていく
そうでない人は入射角が小さく鋭角に突っ込んでいく
普段絶望の中で生きていないものは希望を見つけられないまま自殺に突っ込むことになる
読んだ本が喋っているのか
自分が喋っているのか
以前に読んだものが、あたかも自分の中から生まれたかのように思い起こされることがある
未来が見えるようになったら
それは未来ではなく過去と同じように思い出になり、変える変えないの話ではなくなる
使命に生きるとも言える
世界は人によって全く異なる地形をしている
地球には標高や水深があるが、
その人が何を大事にしているかによって様々な、山や海とは別の高さ深さがある
欲望、嫉妬、好奇心、信念、トラウマ、など
容姿、声、言葉、表現、発想、陽、陰、など
一番意識されないのは高さ0で平坦な部分
それが一番多いにも関わらず
愛されているから幸せ、ではなく
愛せているから幸せ
人は全ての責任を負っている。しかしそれは全員同じである。
西洋
還元主義、功利主義、結果主義
東洋
全体論(ホーリズム的)、過程主義、諸行無常、永遠性
現代も功利的な使われ方ではあるが仏教思想の含まれたものが再確認され持ち込まれされ始めている。
少しでも入ると少しずつ全体に感染していく
科学はちょっと考えてわからないものの存在を否定するためのものではない
良心に期待するのは良心を利用する詐欺師と同じ路線にいる
楽観主義
悲劇的な現実を肯定的に受け入れて立ち向かうこと、
楽観主義のフリした悲観主義
悲観的なことから目を背けること、いずれ悲観的なことで視界が埋まる
「まあなんとかなる」運に期待すること、偶然うまくいっているだけでいずれ運で足元を掬われる
この世界は素晴らしい、現実を正しく見ようとしない、強いて言うなら素晴らしいのは可能性があるからだ、今の世界自体は決して素晴らしいとは言えない、決して楽観的に見てはいけないものもある、生命の尊厳を踏み躙る行為だ
悲観主義
呪われている
統計学をしているだけで、敢えて世界を悪く見ているわけではない
悲惨な目ばかりに遭ったから、世の中は悲惨だと思っている
周りに笑う資格はない
人間の正当化機構
優しい人が好き
自分の役に立つからという理由なら思うことすらやめてくれ
自分の大切な友人の優しさを利用されることを想像してみよ
人が多様であるにも関わらず共通の癖がある
共感の内部や道筋は全く違うのではないか
どの道を通ってもたどり着く
ゴールが同じだけで道は違う
組成は全然違うのに見た目は同じように見える
精神や目に見えないものでは、これらを過程も結果も全く同じものと考えてしまうことがある
収斂進化
男性と女性と子供が同じ所にいるというだけで家から一緒に来たと思い込む、本当はみんなバラバラの所に住んでいて別々に来て集まった
2+2と2×2と2^2の答えが全て4であるというだけで、式まで同じだと考える
形容詞の時点で比較の視点が含まれる
まっさらな状態で初めて見たものに形容詞は現れない、、だろう
熱いとかは?
まっさらな人を熱湯風呂に突き落としたら?
押すなよって言ったじゃん!
努力しろ
頑張れ
全員やってる、そんなエールにはなんの価値もない
内面を磨く
幸福になるのは心であるから、必要不可欠であるが、
過程も得られるものも、派手でもなく、激しくもなく、甘美でもない、すぐに効果が出ない
だが地味で穏やかで芳醇でも心から幸福だと思える、自分に言い聞かせる必要がない
強い刺激に慣れ過ぎた上に功利的な今の時代の人には難しい
自由意志が影響した上での決定論
点と点が繋がった、ではなく繋げた、のではないか
一念、心、感情、体
歯車のように噛み合うことは稀
感情を一念と取り違えやすい
感情に心が影響されやすい
一念と体が連動すべきだが、感情に動かされやすい
使命と夢
大きく乖離していることもある
自分のやりたいことと一致しているから使命だと思うのは勘違い
使命を知るというよりは、使命だと信じる
メンヘラ製造機
人を不安にさせる事でしか自分の存在価値を見出せない
一番メンヘラ
メンヘラ製造機はメンヘラを製造してないと存在価値がない、自分の存在価値を示すために必死にメンヘラを製造している
親にそう育てられたのか、子供を不安にさせて求められることで精神を保っていた親に育てられたのか
努力は全員している
才能を開花させるのみ
本当に好きなら、手に入らないことが断念する理由にならない
むしろ手に入らないと知ると余計に欲するはずだ
追求、補足、放棄、逃避
楽な方向に答えはない
あったら既に見つかっている
まだ見つかっていないということは、今までの全てが間違っていたということだ
慣用句ことわざの「なんとやら」
その言葉を知っているし、その言葉が頻繁に使われているのも知っていることを示すだけ
自己顕示欲の産物
「なんとやら」が頻繁に使われるようになったら
正しいから納得するのではなく、人によって納得するかどうかを先に決めている
こいつは私が教える側だ、と一度思った人から学ぼうとはしなくなる
尊敬する人なら、何を話しても納得する
して欲しいと思ったことをしてくれる、のではなく、その人がしてくれたからして欲しいのだと後から決めた
TENETの未来から来た逆行兵士のようだ




