【別視点】 奮闘
【船上】
激しい波に揺れる大型船。その甲板では、騎士達が必死に周囲を警戒しながら船を動かしていた。
「また来るぞ! 島に寄せよ!」
「は、はい!」
いつにない軽装のディーが大剣を片手に指示を出し、ローブを着た男が慌てて返事をする。風の魔術により起きた強い風を受けて、船は船首を持ち上げるほどの加速を見せた。
その直後、一瞬前まで船がいた海面が爆発したように水しぶきを上げる。
「し、しつこい奴だな!」
「あの大岩を軸に旋回しましょう!」
アーブが水しぶきを睨み、ロウが前方の海から顔を出す大岩を指差して叫んだ。しかし、船尾にいたカムシンが首を左右に振って答える。
「間に合いません! もうすぐそこです!」
カムシンがそう告げると、それを合図にしたかのように海面に何かが現れた。
「どっちだ!?」
ディーが船尾に向かって走りながら怒鳴ると、カムシンが片手剣を持ち直して口を開く。
「魚のような魔獣です!」
「ならば、海で決着を着ける! 皆は待っていろ!」
ディーはそれだけ言うと、甲板を蹴って飛んだ。その跳躍の反動で船が縦に揺れ、ディーは冗談のように高く飛び上がる。それを見て、アーブ達が息を呑む。
「旦那! それは無茶だ!」
船員として甲板を走り回っていたオルト達も思わず声を上げる。皆がディーの後ろ姿を目で追う中、ディーは空中で剣を構えた。
大型船を眼下に、海の一部を暗くする魚影を見下ろすディー。丸みのある大きな影を確認して、ディーは口の端を上げた。
「今度こそ逃がさんぞ! ぬぅりゃあああ!」
ディーが大剣を振り被って全身に力を込めて叫ぶ。対して、海の中にいた魔獣は素早く顔を持ち上げ、海上へと頭部を露出させた。ヴァンが化け物鯨と命名した魔獣である。
頭上にいるディーからすれば絶好の機会の筈だった。しかし、まるで頭の上に目が付いているかのように、化け物鯨は背を反らし、船も飲み込めそうな大口を開けてディーに迫る。
それを見て、アーブやロウ、カムシンが息を呑んだ。
「ディー様!」
「危ない!」
「も、戻らないと……!」
慌てる三人だったが、船はまだ減速中であり、どんどんディーと化け物鯨から離れていく。
「ダメだ、間に合わない!」
「プルリエル! 魔術は!?」
「詠唱してる時間もないわよ!」
オルト、クサラ、プルリエルも船尾に移動して慌てた声を発した。誰もが、ディーが飲み込まれる未来を予想して戦慄する。
一方、ディーは冷静だった。身の丈ほどもある大剣を片手で振り、魔獣の口に狙いを定めた。最も近くにあり、まさに自分の体を切り裂こうと迫る上顎とディーよりも大きな牙。それを狙って大剣の剣身、平たい部分を叩きつけるように振り下ろす。
「ふん……!」
まるで大きなハンマーで叩いたかのような轟音を響かせて、ディーは牙を打ち据える。その衝撃を利用して再び空中へと飛び上がるディー。予想外の動きで獲物が移動したことにより、化け物鯨は体を捻りながら、大きな音を立てて口を閉じた。
化け物鯨にとって予想外の事態は続く。
小さな獲物を食べようと飛んだのだが、獲物がもう一度飛び上がってしまって食べることが出来なかった。それだけでなく、自分が食べようとした獲物が再び自分目掛けて落下してくるではないか。
野生の勘というべきか。身の危険を感じて海面に落ちて、海中へ戻ろうとする化け物鯨だったが、そこにディーが大剣を握り締めて降ってきた。
「せい!」
気合いを込めたディーの一撃。化け物鯨の体に大きな傷をつける為だけに、ディーは両手を振り上げて大剣を振り下ろした。大きな弧を描いて振られた大剣は、化け物鯨の後頭部深くまで切り裂いていく。
耳を塞ぎたくなるほどの絶叫。化け物鯨が体を震わせて発した絶叫は周囲の音を奪うほどの音量だった。だが、ディーは怯むことなく、化け物鯨の背を蹴って飛び、大剣を振り被る。
その時、アーブ達が乗る大型船の方で異変が起きた。
「こ、こっちにも出たぞ!?」
「二体同時……!?」
船に迫る黒い影にアーブとロウが戦慄する。海の中を泳ぐ巨大な影は明確な脅威であり、普通ならば対処が困難な相手である。ディーは別格であって、ここは逃げの一手しか無い。それを理解しているからこそ、アーブは即座に指示を出した。
「風を送れ! 右回りで回避! 団長の方向へ移動するぞ!」
化け物鯨から離れつつ、ディーを回収しようとするアーブ。その判断は間違いとは言い切れなかっただろう。しかし、風の魔術を発動するまでの詠唱時間が僅かに足りない。
「くそ……気が付くのが遅れたか!」
剣を抜き、左舷に移動するアーブ。ロウは舵取りをしていたが、衝撃に備えて腰を落として歯を食いしばった。
その時、カムシンが剣を抜いて船の端に向かって走った。
「カムシン! 無理だ!」
後ろから見ていたロウが慌てて叫び、アーブがギョッとした顔で横を走り抜けるカムシンを目で追う。
一切の躊躇いなく、カムシンは剣を握り締めて甲板の床を蹴って飛んだ。
「お前ら……! お前らのせいで! ヴァン様がここにいないんだ……!」
血を吐くような叫びをあげて、カムシンが化け物鯨に切りかかっていく。その後ろ姿を見て、アーブが走った。
「くそ! やっと冷静になったと思ったのに、全然じゃないか……っ!」
アーブは冷や汗を流しながら後を追ったが、海面からは化け物鯨が口を大きく開けて向かってきている。どう考えても間に合わない。
「くそったれ……!」
怒鳴り、アーブは持っていた直剣を投げつける。剣は縦に回転しながら化け物鯨の口の中へ飛び込んでいった。化け物鯨からすれば小さな棒程度の剣が飛んできたところで、毛ほどの傷もつかないだろう。だが、それでも何かせずにはいられなかった。
「あのデカブツに対して得物が小さ過ぎやすぜ!」
アーブの後ろからクサラも投げナイフを投擲する。二人の剣とナイフはカムシンの横を通り過ぎ、化け物鯨の口内に突き刺さる。
直後、激しい音が二連続で鳴り響き、化け物鯨は身を震わせて捩り、逃げるように海に戻っていった。そこへ、カムシンが落下する。カムシンの剣は化け物鯨に微かな傷をつけただけだったが、それでもカムシンの剣は魔獣に届いた。
そして、カムシンは海へと落下する。
「……っ! カムシン!」
「旦那! あっしが飛ぶんでロープをお願いしやすぜ!」
「任せろ!」
手すりにしがみ付いて名を呼ぶアーブと、海に飛び込むクサラ。オルトは素早くロープを手に取って走った。




