水棲魔獣ではあるが……
無人島での生活も一週間もする頃には慣れてきてしまった。ティルは塩と果物の果汁を使って作る料理の研究にハマっているし、僕とアルテは海岸で周囲に壁を作って安全を確保しつつ釣りなどをしている。なお、餌には小さな虫っぽいものを見つけて針に刺して海中に落としているのだが、虫を見る度にアルテが「ヒャッ」という変な音を発している。うにょうにょ動く虫は苦手なようだ。
そして、パナメラは森で鹿を狩るのがマイブームらしい。動きやすい格好で森に潜伏し、槍を投擲したりして鹿を仕留めたこともある。完全に狩猟民族の技術だ。なお、逃がしそうになったら火の魔術を使う為、獲物を獲れない日は無い。反則である。
「う~ん、魚って中々釣れないねぇ……」
海岸に作ったテーブルと椅子のセットで休みつつ、五メートルほどの竿を出して海に落とした餌をちょんちょんと動かしてみる。
「でも、毎日一匹は釣れているから凄いと思います。昨日はとっても大きいお魚を釣っていましたし」
「あ、そうそう。大きかったよね。食べられるかと思ったもん。剣術の訓練のお陰でなんとか引き上げられたね」
「中々釣れないから釣れたら嬉しいですよね」
「お、アルテも釣りの素質がありそうだね。やってみる?」
「あ、わ、私は、その……む、虫が……」
軽く釣りに誘ってみたが、アルテは顔を青くして首を小刻みに左右に振った。それに苦笑しつつ、テーブルの上に置いていたコップを手にとった。中にはティル特製果実水が入っている。コップを口に運ぶとほのかな香りを感じ、一口飲むと甘酸っぱい味が口の中に広がった。
「釣れなくてもピクニックみたいで楽しいよね」
海を眺めながらのんびりとそんなことを口にする。それにアルテはニコニコしながら頷いた。
「はい。魔獣は怖かったですが、海を眺めているのは大好きです」
そう言って、アルテもコップを口に運び、果実水を楽しんだ。
その時、海面で小さな異変が起きる。一瞬波が波紋のように広がったと思ったら、すぐにピチピチという音が海面で鳴り、小刻みに水しぶきが上がり始める。
そして、気が付けば海面一帯が激しく弾け出した。何が起きたのかと椅子から立ち上がり、海面を凝視する。
「さ、魚……?」
大きな魚が大量に海岸に集まってきており、行き場を失って海面を飛び跳ねているのだ。そのことに気が付いても、一瞬何が起きているのか分からずに動けずにいた。
「な、なんで魚がこんなに……」
不気味な光景にアルテも不安そうな顔でそう呟き、椅子から立ち上がって僕の傍に来る。服の裾を持つアルテを庇うように一歩下がりながら、海を眺めた。
「……魚がこんなに集まっているのは、何かから逃げてきたってことかな」
嫌な予感に頬を引き攣らせながらそう呟く。すると、アルテも肩を震わせて身を寄せてきた。
「……な、何かって、何でしょう……?」
アルテのその言葉を合図にしたように、海で再び変化が起きた。少し沖で、海面が大きく盛り上がったのだ。何かがいる。それも、とんでもなく巨大な何かだ。
「に、逃げるよ!」
気が付いたからには行動あるのみである。素早く周囲に張っていた壁を取り払い、海岸から離れるように走り出す。アルテの手を引いて走り、森を目指した。
背後で大きな水の音が聞こえ、次に地を揺らすような轟音が鳴り響く。走りながら背後が気になって振り返ると、大きな黒い影が見えた。山のような丸みのある体と、船も飲み込めそうな巨大な口。クジラに似たフォルムだが、無数にある牙や爪の生えた長いヒレが禍々しい。
その姿を見て、僕の作った大型船を襲ったのはアイツだと気が付いた。
「うわ、やばい……!」
海岸はかなり浅くなっているのか。化け物鯨は魚を食べる為に勢いよく突っ込んできて激しい音を立てたようだ。だが、その勢いは止まらず、大きな魚を食べながらも更に陸地に近づいてくる。
「もう半分海から出てますけど!?」
驚愕と共に突っ込みをしておく。あいつは魚じゃないのか。いや、鯨みたいな見た目だから、もしかしたら肺呼吸なのかもしれない。
そこまで考えた時、化け物鯨がこちらを見ていることに気が付いた。真っ赤な目はどこに焦点があるのか分からない。しかし、何故かは分からないが目が合ったと認識出来た。
化け物鯨は口を大きく開けて大気が震えるような咆哮を上げた。
「きゃあっ!?」
アルテが耳を両手で押さえて悲鳴を上げる。その肩を手で掴み、嫌な予感に身を任せて再び走り出す。
この判断が正解だった。走り出した直後、化け物鯨が大きな尾びれを見上げるほど高く振り上げて、海面に叩きつける。その勢いは凄まじく、大きな地震が起きたと錯覚するほどの衝撃を引き起こした。そして、なんと化け物鯨が宙を舞った。
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