061 森の中のローリンガール
ときわと蛍をカバーしつつ、山道をひた走る。
道中で別の獣人たちにも出会ったが、畏怖の術で散らすと、あっという間に逃げていった。
奴らけっこうタフだったからな。最初からこうすればよかったぜ。
木々の端に、小さなお堂がちらりと見えてきた。過去にメデューサと戦った勇者が祀られている。ちなみに勇者の名前はお地蔵さんというそうだ。
道はそこで二つに分かれていた。
「分かれ道ですね」
「そっちは明らかに山道でしょ? たぶんこっちよ」
「しかし、もしダグザを監禁するとしたら、そんなわかりやすいところに隠すか?」
迷っていたところ、急に背後に濃いマナを感じ、思わずそちらに向き直る。
左手、薄暗い山道の続いていた先だ。
ふっ、と景色がまるでカーテンをめくるように持ち上がった。隙間から一人の戦士が現れる。
透き通るような金髪に碧眼、銀の軽鎧を付けた騎士だった。
「ちょっと、何あの人、外人さん? すっごいイケメンじゃない」
「そんなこと言ってる場合か、二人とも下がってろ!」
イケメン騎士はゆっくりとこちらに歩いてくる。一見敵意はなさそうに見えるが、油断なくいつでも剣を抜けるようにしているのがバレバレだ。
私は無言のまま、即座に魔法陣を起動した。
光弾をでたらめに発射し、多方向から騎士を狙う。やつは驚いた顔を一瞬見せたが、すぐに何かしらの防御魔法を展開し、光弾を弾く。
それた弾丸が岩を砕き、土砂ががらがらと道をふさぐ。
騎士も戦い慣れていた。土煙の中を振り払うように飛び出してきた剣。私は瞬時に生成した≪刃≫で、それを受け止める。
体を逸らして衝撃を受け流そうとするが、かまわず振りぬかれた剣。
うわっと!
小柄な高校生の体ではあるが、魔力でカバーはしている。あっさり押し負けるとは、予想外だ。
慌てて体勢を立て直す。
「青海っ、ケガはない!? ――ちょっとあんた、いきなり出て来てなんのつもりよっ!」
蛍がさけびながら剣を抜き、私と騎士の間に割って入る。
角島丸を構えつつも、蛍は打ち合わずにじっと構えている。おそらく蛍も、奴の実力を剣士の勘で感じ取っているのだろう。
私は後ろから声をかける。
「ムリをするな、蛍」
単純な速度なら蛍も相当なものだが、相手の動きは戦い慣れている戦士のものだ。実戦経験の差にはどうしようもない開きがあるだろう。
不幸中の幸いか、相手は何かに戸惑っているように見える。いきなり攻撃されるとは思っていなかったのだろうか?
「蛍、どいてっ! 四重蒼龍竜巻っ!」
ときわが巻き起こす暴風に、均衡が崩れる。
その隙に、私も走り出す。
相手の詮索はとりあえず後回しだ。物理攻撃を防ぐ障壁を即興で展開する。
乱戦のために昔考えた術だが、こんなところで使うことになるとは。
相手の騎士は、こちらの攻撃を余裕で避ける。ただ、距離はかせげた。よし、十分だ。
私はさけぶ。
「ときわ、蛍を連れて早く逃げろ! こいつは私が引き受けるっ!」
言いながらも魔法陣をさらに増やす。手当たり次第に妨害呪文を展開し、ひたすら騎士をかき回す。
視界の端で二人を確認する。赤い髪がぶんぶん振れながら、黒髪に引きずられていくのが見えた。
うし、これで一安心だ。
私は魔力を高め、本格的な戦闘に移行する。
◇◇◇◇◇◇
レアリーの体が淡い光を帯びる。牽制の≪風刃≫を放つと、蛍たちとは別方向の森の中へ、キュクレーンを誘う。
キュクレーンは少し迷うと、剣を構えてレアリーを追った。
レアリーは風にのって、木々の間を逃げ回る。
魔術師と剣士の戦いはシンプルだ。近づいて一撃入れれば剣士の勝ち、させなければ魔術師の勝ち。
レアリーがいくら強い魔術師だといっても、基本的な図式は変わらない。
「うわっ、こいつ、めっちゃ早いじゃん! むかつくなあ」
対するキュクレーンも、魔術師の動きに驚きを隠せない。
なんだ、ティルナノーグでもこんな素早い奴はいなかったぞ。奴が、デイルたちが言っていた例の魔術師か?
一見するとただの子供のくせに、妖精のように重力を無視した動きで逃げ回る。ついていくのだけで精いっぱいだ。
障害物だらけの森の中で、魔術師はぶつかるどころか、逆に木々を利用してこちらの攻撃を遮ってくる。たまに剣が届きそうになったかと思うと、握っている刃でうまく弾かれる。
間合いを詰めようとするたびに魔法陣が展開され、行く手を阻んだ。剣で順に切り裂いていくものの、その間に魔術師は手の届かない所に逃げている。たった一太刀が入らない。届かないのだ。
剣士として、キュクレーンは一流だ。宮廷魔術師たちの戦闘訓練にも何度も呼ばれたが、これだけ接近しておきつつ捕まえられない奴などいなかった。
観察する限りでは、たいした装備品を身に着けているわけでもない。つまり、純粋にこの魔術師本人の実力が高いということになる。
この世界の魔術師は、みなこれほどの力を持つのだろうか? そう考えると、うすら寒くなる。
一方、逃げ回るレアリーにも、見た目ほど余裕があるわけではない。魔術師の魔力の源は、マナだ。この世界のマナの薄さは、剣士側に有利に働く。
おまけにレアリーが身に着けている装備は、地球でこしらえた急造品ばかり。ティルナノーグの武装で固めたキュクレーンと比べれば、丸腰とさして変わらない。
「あーもうくそっ、どーしようかなあ。多分殺すだけなら楽なんだけど、蛍たちに嫌われたくないしなーっ!」
本音と負け惜しみが半分ずつだ。必死で脳みそをかき混ぜ、打開策を探る。長引けば不利なのはわかっていた。
その時、レアリーの耳が騎士のつぶやきを拾った。
『これはまさか、……ティルナノーグの魔術か? ちっ、魔女のような戦い方を』
◇◇◇◇◇◇
耳に届いた奴のつぶやきに、私は戦慄する。驚いたのは内容ではなく、その言語。
久しく使っておらず、忘れかけていた言葉たち。
こんな場面でなければ、どれほど懐かしかったことか。
そう。奴の喋った言語は、故郷で使われていた、ゴイデル語そのものだった。
『お前、まさか、ティルナノーグから来たのか?』
まさかと思い、逃げ回りながら私も奴に話しかける。
騎士が明らかに動揺するのがわかった。私たちは距離を取り、向かい合う。
奴はゆっくりと剣を鞘に納めた。
『言葉がわかるのか? まさか、いや、しかし……』
確定だ。
これは、久しぶりに本気を出さねばいけない相手かもしれない。
今の私は、かつての強大な魔力は半減し、魔道具もろくに持っていない。
だが、仲間たちのためにも、逃げるわけにはいかない!
『なぜこんなところにいるのかは知らないけど、納得いったわ。ダグザがさらわれるなんてよっぽどの相手だと思っていたけど、まさか同郷だったとはね』
そう言うと、私は覚悟を決め、刃を構え直す。
が、騎士は怪訝な表情を見せた後、剣を鞘に納めてこう言った。
『ちょっと待て、俺たちもダグザという女が居着いてしまって、困っているんだ』
『へ?』




