062 言葉の壁と鎖とメルト
懐かしの我が故郷、ティルナノーグ。そこから迷い込んだという、キュクレーンと名乗る騎士。
とりあえず彼の説明を聞くため、私は蛍とときわを呼び戻す。
ただ、問題は言葉だな。通訳できないわけじゃないが、めんどくさい。
あまたの術を得意とする私だが、実は数少ない苦手分野が、翻訳術だったりする。
なんせティルナノーグではゴイデル語が話せれば十分だったからな。決して、友達が少なく使う機会がないとか、そんな理由からではない。いや、本当に。
「ねーししょー、まだですかぁー?」
「仕方ないわよ、青海だもん。こういうコミュニケーション的な魔法って、きっとニガテ分野なのよ」
「もう、うっさいなー、ちょっと黙っててよー」
苦手で悪かったな。だいたいこの世界の翻訳機だって、欠陥品じゃないか。
青いロボットがテレビで使ってるのを見たから知ってるぞ、なんか食べて使うやつだ。
おなかがいっぱいの時は使えない、欠陥魔道具だ。
そもそも言語というものは、相手とやり取りするためにあるのだ。相手への敬意があれば、魔術で解決などせずに、相手の言語や文化を学んでいこうとするのが自然であり、当然の態度のはずだ。
そう、魔術に頼らず勉強だ、勉強!
言い訳を考えながら、私は魔法陣に魔術言語を組み立てていく。
相手がゴイデル語で本当に良かった。知らない言語の翻訳となると、さすがに無理だったよ。
「えーと、あとはこうしてー、……よし、たぶんできた。ほら、これで言葉がわかるはずだ」
青白い光を発する魔法陣が、二人の足元に浮かび上がる。
「え、えーと、ナイストゥーミーチュー、キュクレーンさん、ですか? わたしは、ふたみ、ときわです!」
「よろしく。私は騎士のキュクレーンだ、先ほどは失礼した。……しかしすごいな、君は。言語魔術というのは調整が複雑だと聞くが、即興で組み上げてしまうとは」
ふふふ、そうだろう。やはりわかるやつにはわかるのだ、もっと褒めろ。
「ねえ、そんなことより、あんたがダグザを誘拐したって本当? 捕まえて拷問なんてしてないでしょうね」
「誤解だ、そんなことはしていない。それより、彼女の知り合いなのか? それなら早く連れて帰って欲しいのだが」
「はあ? どういうことよ」
「それが実は……」
キュクレーンは深いため息を吐いたあと、我々に事情を説明した。
◇◇◇◇◇◇
30分後、キュクレーンの案内でたどり着いたのは、石造りの牢獄だった。
くっ、やはりこの男、悪の手先か。ダグザをこんなところに軟禁するとは。
「ダグザっ、いるか? 助けにきたぞ!」
扉が開くと同時に俺は声をかける。
「あー、レアリーちゃんじゃない。助けに来てくれたのー?」
気の抜ける声。思ったより元気そうではあるが、その姿は無惨なものだ
白い服は薄汚れ、手足には鎖付きの重しがはめられていた。
「ダグザ、大丈夫か? こんな手錠をされて、すぐ外してやる……って、あれ? これ、鍵もかかってないじゃん」
「ねえ青海、鎖も途中で切れてるわよ。この鉄球にはつながってもいないわ」
持ち上げた手錠は、白く細い手首をすり抜け、じゃらりと床に落ちた。
混乱する私たち。
「え、ちょっとまてダグザ、これってなんで逃げなかったの?」
「だってこの部屋、居心地がよくて、なんだか逃げる気がなくなっちゃったんだもの」
ダグザの答えはあっさりしたものだった。
「だから言っただろう、別に閉じ込めているわけではない。こいつに帰る気がなかったのさ」
「えー、じゃあ何でここまで来たのさ」
「ありがとうね、レアリーちゃん。迎えに来てくれたから、やっと帰ろうって気になれたわ。ほら、私って魔族じゃない? 捕まっちゃったら誰かに助けてもらわないと、勝手に抜け出すのって、なんか違うじゃない?」
「うーん……」
納得できないものを感じるが、とにかく誘拐事件自体は一件落着だ。
◇◇◇◇◇◇
「さて、お前たちの目的が終わったところで、こちらも質問があるのだが」
「ん、なんだ、私にできることなら」
「お前は何者だ? レアリーと呼ばれていただろう。それに言葉のこともだ。お前、もしかしてレアリー・ホワイトウェルという魔女の知り合いか?」
「うっ」
キュクレーンはじっとこちらを見据えていた。あ、これはシリアスの空気だ。私が苦手なやつだ。
知り合いどころか本人なのだが、今の私の体は男だ。本人と言ってしまうということは、転生術の失敗を説明することにもなってしまう。それは魔術師としてのプライドが許さん。
ううん、言いたくない。だが、なんというか、適当な嘘でごまかすのは彼に悪いしなあ。
私があーうーとうなりながら悩んでいると、キュクレーンはふっと優しく目をそらす。
「いや、すまない。言いづらいなら深くは聞かないさ。君にも何か事情があるんだろう? なにせあの魔女のことだ、秘密をばらしたら触手まみれになるような魔術を仕込んでいてもおかしくはない」
……おい、お前、ひどくないか? え、そんなキャラなの、私って?
と、私たちが悩んでいると、甲高い声と共に異星人たちがやってきた。
「きゅくれーん、だぐざの友達が迎えに来たって本当かー?」
入ってきたのは、二人の異星人。銀の服に包まれた、ときわはリトルグレイとか言っていたか。片方は小さいので、おそらく親子なのだろう。
と、その子供の後ろに付いてきたペットが一匹。なんと、あのとき逃げ出したげてもの太郎じゃないか!
「よかったなー、だぐざ。これでおうちに帰れるなー」
無邪気な子供の横で、私も喜んでいた。よかったな、げてもの太郎。いい飼い主に拾われて。
「よし、じゃあ私たちも帰るか」
「あ、ちょっと待ってくれ」
ん、なんだ? 私たちを止めたのはキュクレーンだ。
何やら考え込んでいたが、やがて意を決したように、私に頼みごとをしてきた。
「なあ、この世界の優秀な魔術師である君に、ちょっと相談があるんだが……」




