060 幻想とのオーバーライド
ぼろろろーー。 やかましい音とともに、バスが走り去っていく。
「次のバスは4時間後か。それまでには帰ろう。あまり遅くなるとおかーさんが心配するからな」
狗留孫山のふもとのバス停についた私たちがまずしたことは、帰りのバスの時間の確認だ。
別にバスが無くなったら≪飛行≫で帰ればいいんだけど。あの術は蛍がめっちゃ怒るからな。できるだけ使いたくはない。
「ここからどうするの?」
「もちろん決まってる、山道を突っ切るぞ」
蛍の問いに答えながら、私はときわに、クリーム色の太い杖を手渡した。
「ときわ、お前はそれを使うといい。マナの操作の補助をしてくれる。術も発動しやすくなるはずだ」
「おおっ、いいんですか、師匠!」
「いざとなれば私は、≪刀剣精製≫があるからね。杖はインピーダンス調整が必要だから、刀剣類と違ってぱっと術で作れない――って、聞いてないな、こいつ」
うっしゃあ!という元気な声。ときわは飛び跳ねながら、一人でポーズを取っている。あんまりはしゃぐとパンツが見えるぞ。
「じゃ、さっさと行くわよ」
「そうだな、ダグザが心配だ。急ごう」
魔術がらみの案件はあまり乗り気ではない蛍だが、ダグザに対してはやけに優しい気がする。巨乳同士、独自のつながりでもあるのだろうか。
蛍が握りしめているのは、いつものカタナだ。そういや最近、カタナに名前を付けたらしい。その名もずばり、角島丸 (*)。
悪天候に弱そうな名前だけれど、そこまで愛着を持ってくれるなら、作ったかいもあったというものだ。
私は私で紺色のローブをいそいそとかぶると、魔力をその身に巡らせた。
狗留孫山の山道は舗装されているけれど、正直に歩いていくのは時間がかかり過ぎる。ショートカットできるところは≪跳躍≫の術で飛んでいくつもりだ。
隠蔽呪文も当然使っているが、カンペキに防げるとは最初から考えていない。特にこの世界では、科学技術というやつがやっかいだ。
私には馴染みの薄い技術や原理なので、いまいちどの呪文が隠蔽に有効なのか、よくわからない。
まあいい、中途半端にバレるなら、あえて見せてやったほうが相手の出方もわかりやすい。
それに、今回は単なる調査でなく、ダグザ救出作戦だ。
もし本当にダグザが誘拐されたとするなら、情報が少ない今の段階では、相手に動いてもらったほうがかえって探し出しやすいかもしれない。
まったく、手間をかけさせる。相手が亀のモンスターなら、土管をくぐって城に向かえばいいんだけど。
ダグザの救出、蛍とときわの護衛。どちらもやるし、そのうえでこの山口県の人間たちへ、迷惑をかけないようにしなければならない。
色々と考えているうち、ふとおかしくなり、笑いがこみあげてくる。
昔の私が見たら、言うだろうな。「しょい込み過ぎだ、なにか切り捨てたらどうか」と。
しかし、後悔はない。いや、それどころか、悪くない感覚だ。仲間のことを思うと、逆にやる気がわいてくる。
狗留孫山に踏み込んだ私は、すぐに寒気を感じた。この山は、魔境と化していた。
たちまち立ち込める瘴気が視界を奪っていく。地面がゆがむような錯覚。久しぶりに感じる、魔力酔いの感覚。
「ねえ、なんかこの山、気持ち悪いんだけど」と、ときわが言った。
「たぶん、マナの流れがめちゃくちゃなせいだな。喜んでいいぞ、マナを敏感に感じるようになってきた証拠だ」
「でもそれって、このあたりのマナ自体が濃くなってるってことでしょ? てことはー?」
ときわが首をかしげながらつぶやく。
「……ダグザが心配だな、急ごう」
10分も走っただろうか、私は山道の奥に魔力反応を感じた。
「ちょっと待て、こっちに隠れてくれ」
私は二人に声をかけると、道沿いの木の陰に隠れる。
こういうとき、制服は黒っぽいから便利だ。白いラインやインナーも、シマウマのように木陰に溶け込むのに役立っている。
なんといっても、国が有する高等教育機関の制服だ。当然デザイナーたちも、生徒たちがこういうトラブルに巻き込まれることを想定してデザインを決めているはずだ。
うむ、本当に侮れんな、この国の技術者たちは。
さて、木陰から森の奥を見ると、数名の男たちが集まって何か話し合っていた。
何をしているのかは知らないが、一つだけわかることがある。
「敵だな」
「敵ですね」
「ちょっと、なんで敵って決めつけてんのよ?」
頷き合う魔術師二人に、疑問を浮かべる蛍。
「だって蛍、軽トラも無いのに、こんな山道に人がいるわけないじゃん」
正解だ。さすがは弟子、鋭い洞察力だな。
「それにあの毛深さは、たぶんイノシシ人間だ。見たことある!」
「ああ、部室で言ってた猪人間か? オーク属の亜種か。にしても、ずいぶん筋肉質だな。近隣の皆さんの迷惑になるし、追い払っておくか」
「大丈夫そう?」
「戦闘という意味なら、何も問題はないぞ」
「よし、師匠、ここは私に任せてくださいっ! 永遠闇っ――」
「おっと。ちょっと待て、ときわ」
ときわは道に飛び出すと、いきなり大声で火炎魔術をぶっぱなそうとする。こいつ、行動パターンが一つしかないのか?
「ときわ、お前はいつも正面から魔術をぶっぱなしすぎる。相手に気付かれていないんだから、こういうときは不意打ちだ」
私はそう言いながら、右手の先に火球を生成する。
「おおっ、もしかしてこれ、噂に聞く『無詠唱』ってやつですかあああ!? 私にも教えてむぐぐ……」
蛍が呆れ顔でときわの口をふさぐ。まったく、何も聞いてないな、こいつ。
幸い、オークどもはまだこちらに気づいていないようだ。
気を取り直し、火球を操作しながらときわに説明する。
「いいか、ときわ。呪文は別に術の本質というわけではない。イメージさえはっきりしていれば、マナはお前の思う通りに応えてくれる」
「は、はい、師匠っ」
クソマジメに頷き、ときわは構えを取る。なんか危なっかしいが、杖を持っているんだし、大丈夫だろ。
「じゃ、もっかいいくよっ!」
ばっと道に飛び出すと、今度はちゃんと詠唱無しで炎が巻き起こる。
普段より多少威力が弱そうだが、もともとときわの魔力は高めなので、問題はない。
ごうごうと激しい風の音とともに、イノシシ人間たちを紅蓮の炎が包み込んだ。
「ぶっふぉ? ぶふー!」
突然の襲撃に驚いたやつらは、唸りながらヘドバンを繰り返す。
思った通り、ただのモンスターじゃないな。
逃げまどうことを期待したのだが、生意気にも怒り狂ったように、ときわに襲い掛かってきた。
太い牙と蹄が光る。
が、遅い。
私は指でっぽうをつくり、無言で軽く大気を圧縮した弾を打ち出す。
圧縮、固定、そしてらせん状に回転させて打ち出す。
以前使った≪風刃≫の応用だ。
腹にぶち当たったイノシシその1は、転げながら森に消える。
そしてイノシシその2は――
――ときわの左で、赤い髪の毛が揺れた。
ときわの前に立ちふさがった蛍が、猪人間の牙をしっかりとガードしている。
がちん、と硬い金属音が響く。蛍の持つ角島丸が、牙に深く食い込む。
角島丸のおかげで、蛍の身体能力は大幅に強化されている。猪人間の必死な顔に比べて、蛍はまだまだ余裕そうだ。
うん、問題なさそうだな。
はっ、という掛け声とともに、蛍はイノシシ人間を強引に蹴りはがす。
たたらを踏んだイノシシ人間に、追い打ちのときわの炎。
「うまいぞ。とどめは刺さなくていい、先を急ぐ」
言うが早いか、私たちは一直線に先を目指す。
ときわが走りながら、聞いてくる。
「ま、ますたー、ぜはー、うまく、いきました? ふひー」
「ときわ、なかなか良かったぞ。今の呼吸を覚えておけ。殺し合いのときは、呑気に呪文を詠唱している暇はない。剣を振り下ろす方が早いからな」
「は、はいっ!」
ときわは真剣な顔で返事をする。
「良くないわよ、いきなり襲ってきたから、気が気じゃなかったわ」
「蛍、ありがとう。さっきのカバー、なかなかうまかったぞ」
息がすっかり上がっているときわに対し、まだまだ余裕そうな蛍。
やっぱり運動部に所属していた上、角島丸の力もある。体力的には蛍のほうがずっと上のようだ。
本当ならこういう戦い方はもう少したってから教えるはずだったが、そんな悠長なことは言っていられない。
「そういえば青海、前にダグザが、普通は魔法は詠唱して使うもんだって言ってたけど?」
うむ蛍、なかなか鋭い質問だ。
うーん、まあ、集団で戦うことの多い、軍属の魔術師なんかはそうなんだけど……。
そういうのは仲間同士で再詠唱時間をカバーできる場合の話だ。あいにくだが私にそんな仲間はいなかった。
いや違う、強過ぎる私に釣り合うパーティーメンバーがいなかっただけだ。
「レアリーちゃんの魔術って、クセが強くて合わせづらーい」とか昔さんざん言われたけれど、あれはレベルが合わないやつらのやっかみだ。
絶対にそうだ。
◇◇◇◇◇◇
――一方その頃。
「キュクレーン、いるかい?」
声をかけて部屋に入ってきたのは、宇宙人のデイルだった。子供のリッチーを連れており、その後ろにはげてもの太郎の姿も見えた。
キュクレーンはデイルに声をかける。
「どうした、デイル。仕事ならリッチーの面倒は見ておくぞ」
しかしデイルは、困ったような表情で言う。
「いや、そうじゃない。二人が言うにはね、森に住む猪たちの様子がおかしいんだ」
デイルの言う猪とは、この世界におけるオークの亜種である、猪人間たちのことだ。
キュクレーンが調べた限り、この種はこの地にしか存在していない。そして他の地域の動物とは一線を画しているらしい。やはりこの地は、マナのバランスが他よりもおかしいようだ。
「あのね、いつもみたいに森でげてもの太郎と遊んでいたら、猪人間たちの唸るような声が聞こえてきたんだ。それからすぐ、山の下のほうからみんなが逃げてきて」
リッチーの身振り手振りの説明を、デイルが補強する。
「それで、私もモニターを確認してみたんだ。すると、多数の猪人間が慌てふためいて逃げている様子が映っていた。中には、毛が焦げたり、ヤケドをしている個体もいた」
「ヤケドか? うーむ、火炎魔術を使った、現地の猟師たちの狩りではないのか?」
「その可能性も考えたが、現地住民の装備として、火炎放射器は一般的ではない。それより気になったのは、別のカメラに以前話した超能力者たちが映っていたことだ。無関係だとはとても思えん」
銀妖精たちが初めてこの地に迷い込んだ時のことは、キュクレーンも聞いている。現地に住む数人の魔術師たちと、戦闘があったらしい。件のダグザも、元はその魔術師の一派だったとか。
その後は和解したと聞いているが、何かまたいざこざがあったのだろうか?
「キュクレーン。奴ら魔術師の能力は、君と同種のものだ。よかったら何かアドバイスがもらえないだろうか」
「ふむ、わかった。なにができるかわからんが、とりあえずその奴らに会いに行ってみよう」
「大丈夫か? 奴らは強いぞ」
キュクレーンは軽く笑いながら言った。
「心配するな。これでも俺は、剣の腕だけなら、騎士団でトップだったからな」
マナが当たり前の世界にいたキュクレーンには、いまいち理解できないことだった。
これだけ高度な術具や機械人形を有している銀妖精たちが、なぜ魔術師をそこまで恐れるのか。
「もしも相手が例の魔女だというなら、恐れるのもわかるのだがな」
一人ごちりながら、立てかけてあった剣をとる。
キュクレーン自体は、その魔術師たちとは初対面である。
和解した相手だと聞いていても、はいそうですかと警戒を解くほど愚かではない。
できれば話し合いで解決したいところだが、火の粉が降りかかるならば、払うしかあるまい。
※角島丸……本土と角島を結ぶ定期船。角島大橋の開通とともに、運航が廃止となった。




