第28話 「"この世は まだ闇の中"」
翌日。川辺の集落は、昨日とは様子が180度変わっていた。
川には清流が流れ、滝は勢いよく流れ落ち、その水しぶきが心地よい風に乗って集落をひんやりさせる。木々こそなかったが、草が生い茂り、緑が復活していた。開都の記憶にある故郷が、そこにはあった。木々を除いては。
「なんて良い朝なの!」
ひかりは、珍しく日の出とともに外へ出てきた。力也はすでに冷静力を鍛える修行を終えていた。
「うずめ、今朝は早いな」
「あっ!おはよう、力也!」
「お前、昨日の疲れはもうないのか?」
「えっ?全然ないよ?むしろめっちゃ元気!」
「そうか」
力也は納得した風を装ったが、内心は不思議に思っていた。なぜなら、力也自身が昨日のひかりの神気に圧倒されて少し疲労が残っていたからだ。自分自身がまだまだ修行が足りないのか、それともひかりの体力が異常なのか、力也には分からなかった。ただ、昨日のひかりがまだ"本気を出していない"という感覚だけは分かった。
力也は昨夜からずっと考えていた。各地の黒い邪気による汚染と"天津甕星"、そして"天鈿ひかり"について。ひかりとは『天の岩戸事件』以来、多少の付き合いがあるくらいの仲だったが、今回の旅の中でますますあの女神に対して疑問が出てきた。
(あいつの力って本当は何なんだ?周りへの鼓舞か?鼓舞だけで神々はおろか自然に対してまで影響を与えるのか?いや、あり得ない。神は自然に対して多少の影響を与えても"あそこまで操ることは出来ない"。精霊とともに動いて初めて自然を操れるというのに、黒く汚染された土壌を元に戻すどころか緑まで復活させてくるのは最早神の域を越えてくる。精霊と結託していたのか?ただ久能智は『精霊たちは明日にならないと来れない』みたいなことを言ってたな。だとすると、あんな炭みたいな状況で木々や草花の精霊と結託なんて不可能だ。まさか、あいつの神徳は"邪気からの解放"なのか...)
「力也、顔怖いよ。どうしたの?お悩み事でもあるの?」
「いや、なんでもない。それよりもこれを見てくれ」
力也は懐から文を取り出してひかりに渡した。
「何これ。誰から?」
「みかづちから預かった。お前に渡せってな」
「なんだろ?もしかして……告白かな!?」
ひかりはわくわくしながら中身を見た。が、内容はまるで違った。
『天鈿女命さま 昨夜の踊り、見事でした。あの暗闇の中であそこまで神々を笑顔にできる力を持つのはあなたしかおりません。
そんなあなたにお願いがあります。「鍛冶の丘」を助けてください。いつからか、竈の炎が一向に絶えず、既に丘の半数近くの工房が焼失しました。火の神を祀る神社に丘の人々は毎日参拝をしておりますが、止むことを知らず。わたくし自身も火の神に直接話をしましたが、全く相手にされずです。時間が経つにつれて黒い煙のようなものも見えてきました。わたくしはまだ海原の貪りをどうにかしないといけませんので丘へ向かうのが遅れます。どうかあの力で丘を、"わたくしの幼馴染み"である火の神を助けてください。よろしくお願い申し上げます。 建御雷神』
「あいつにしちゃぁ真面目な文だな」
「これを送ってくるってことは、よっぽど大変なことになってるんだよ!」
「ただなぁ、"鍛冶の丘"ってどこにあるのか知らねぇしな」
「知らなくても行くの!」
だろうな、と力也は思った。
「丘も気になるが、"海原"も気になるな。みかづちがここへ来た時も『海でナンチャラ』とか言ってたな」
「ほんと各地で大変なことになってる。八百万も神さまがいるのにどうして……」
力也も確かにそうだ、と思った。
"この国"には実にたくさんの神々が存在する。太陽や月はもちろん、火や水、山や森、風とか海の神々、物に宿る神々、自分の先祖すらも"祖先神"となる国だ。まさに、"万物全てに神が宿る国"。そこに精霊も加われば、最早この国は人よりも遥かに神々や精霊たちの方が多く住んでいる。この国は別名『神の国』と呼ばれるが、そう呼ばれても差し支えない。なんならこの国から島の外へ"出張"する、なんてこともザラにある。にも関わらずなぜ、神々の力が衰えるのか。天津甕星といえど、言うて一柱だ。八百万が全勢力をもってすればどうにでもできるはずだ。もしかすると『天の岩戸事件』以降、"まだ夜は明けていない"のでは——と力也は思った。
「なぁ、うずめ」
「何?」
「"この世は まだ闇の中"なのか?」
「え?どうしたの急に。らしくないし、それに見て、もう朝だよ?」
「それは分かる。そうじゃなくて、あの事件で神々や人の"心のうち"も闇に閉ざされていたとしたらどうなんだ。うずめはあの時確かに周りを爆笑の渦に飲み込んで周囲に希望をもたらした。天照大神さまは"新しい太陽神"でも誕生したのかと思って内心焦ってお前の姿を見ようとして岩戸を開けたんじゃないかと思う」
「うんうん、じゃあつまり力也が言いたいのは、天照大神さま自体は復活したけど、"その心はまだ深く閉ざされたまま"ってことだよね?」
「そうだ。あれだけ周りに影響を与えられる神は天照大神さまか"それより上の神"くらいだ。天照大神さまの心のうちがそのまま世に影響されていても不思議ではない。そこを狙って天津甕星が貪り化させて国を乗っ取ろうという考えなら辻褄は合う」
「確かに……」
「お前、昨日"笑いの力"が周囲を照らす光とか言ってたが、おれは聞いたことがない。"笑いを神徳"とする神なんて」
「いるよ。"島の外"には……」
「!」
力也が聞こうとした時、蓬生たちも起きてきた。
「おはよう!なんか、すごく良い天気だね!って、緑が復活しとる!?」
「……おいおい、これなら私の森や長の山でも踊ってほしかったな」
「もとに戻ってる!木以外は」
「じゃあ鮎とか食べれるかな!?」
「鮎か……懐かしいな」
「よし!じゃあ捕っちゃおう!」
開都がそんなことを言った時、奥から集落の神々が続々と出てきた。
「これはなんと!もとの集落に戻っておるではないか!」
「やっともとの生活に戻れる!」
「みんな!良かった、無事で。この神々が助けてくれたんだよ」
そう言うと開都はひかりたち一行を指差した。
「これはこれは、どうもありがとうございます。わたしたちとしたことが、まさか貪り化してしまうとは……情けない」
「そうだな」
「まぁ、いいじゃないの!治ったんだし!」
「あれ、瀬織津姫さまは……」
ひかりは、それだけは触れるな、と思ったが遅かった。開都の顔が、かすかに曇る。集落はもとに戻っても、開都の姉——瀬織津姫神は依然として行方不明だった。
「……大丈夫!すぐ見つかるよ」
開都はどうにか顔をごまかしながら言った。内心、とても心配だった。
「とりあえずしばらくは、この神々たちと一緒に旅をして、姉さんを探してくるよ!」
「え!来てくれるの!?」
「うん!一柱で姉さんを探すのは大変だし、この神たちと一緒に行くといつ砂金を探し出すか分からないし」
「「ギクっ!」」
集落の神々は、開都と一緒に瀬織津姫神を探すついでに内緒で砂金を探そうと思っていたが、バレた。
「そうだな、そいつらあてにならねぇからな」
「そんなことありませんが」
「でも貪ってたし」
「「げっ!」」
こうして開都を旅の仲間に引き入れたひかりたち一行は、集落の完全復興をそこに住む神々に任せて、建御雷神からもらった文に書かれていた『鍛冶の丘』を目指すこととなった。
朝ごはんを食べている時、ひかりはふと川面を見た。
清らかな水が流れている。朝の光を受けてきらきらと輝いている。
("この世は まだ闇の中"、か……)
力也の言葉が、頭の中で響いた。
ひかりは、小さく笑った。
(だったら、"もっと笑わせる"だけだよ)
そう思って、前を向いた。
―――第29話へ続く。




