第23話 「"来るな"」
力也が庭高津日神(高庭さん)のもとへ修行に来てから一ヶ月。力也の造園能力は、すでに母を大きく上回っていた。
「君、上達が速いな。さすが、岩の精霊のご子息なだけある」
「ありがとう」
「"ございます"でしょ!」
「……ございます」
「よし!偉いぞ!ついでにわたしのことを"センパイ"と呼べ!」
「断る」
「なっ……なにを〜〜〜!」
この娘は、高庭さんの"養子"として迎えられていた。名は「若沙那売神」。人の世では「高庭わかな」を名乗っている。
実父は遠いところへ出張に行って以来帰っていない。母は、人々の記憶からの消滅によって、わかなが幼い頃に消えてしまった。そこで、実父の兄弟である高庭さんに引き取られた経緯がある。
年齢という概念は無いが、生まれはわかなの方が若干早い。
「罰として物置小屋の掃除を命令する!」
「やるわけねぇだろ!」
「はぁ!? やれよ!"二番弟子"!」
「!!!」
「まぁまぁ二柱、喧嘩はそこまで」
高庭さんが割って入った。
「さぁ、二柱であの岩をいい感じに配置して、いい感じに彫刻、そしていい感じに花を生けてくれ」
「いい感じいい感じって、分かるわけねぇだろ!」
声が重なった。力也とわかなが珍しく揃って文句を言った。
「あれ、"師匠"に文句言っちゃうのか。今日の晩は断食だな」
「すみませんでした」
二柱は揃って謝ると、でかい岩の方へ向かった。
力也が岩を担ぐ。それを小高い山に見立てた土のそばにそっと置く。そこにわかなが彫刻を彫り始めた。力也も手伝った。花瓶の代わりに彫り込んだ窪みに花を生けて、岩を華やかにする。
完成した。
作品名は「いわながひめ」。
大きく頑丈な岩に花を生けることで、力強くも華やかな"ひめ"を想像させる一作だ。
「見事だ」
「ありがとうございます!」
また声が重なった。二柱は目を合わせて、すぐそっぽを向いた。
「これなら"庭高津日神"を譲っても良いな」
「え?」
「え? おらの腰はもう砕け散った。今さら庭師を名乗ることは出来ない。力也さんはそのうち天手力男神を継ぐゆえ、わかな、君に"庭高津日神"を継がせたい」
「いいの!?」
「あぁ、もちろんだ!」
「やった〜〜!」
「良かったな」
「うん! これからはわたしを"師匠"と呼べ!」
「断る」
「はぁ!?」
「相変わらずだな」
高庭さんが、温かく笑った。
それから二ヶ月後。
先代の庭高津日神は消えた。
理由は、わかなが現・庭高津日神になってから、庭高津日神=わかな、になったからだ。しかも、人の世では神が代替わりしたなど知らされない。だから、庭高津日神の中身は変わっても、人々は変わらず庭高津日神を崇める。その影響で先代は、人々から静かに忘れ去られた。忘れ去られる速さは、覚えられる速さよりも速い。
少数の神が覚えていたところで、存在を保つことは難しい。
「うぅう……先代っ! わたし頑張ります!!」
わかなは声を詰まらせた。力也は何も言わずに、その隣に立っていた。
先代が消えて一週間後。事件が起こった。
それは、一通の文から始まった。
「おい、二番弟子。文だ」
「その呼び方やめろ」
「差出人は……"天手力男神"だ!」
「父さん!」
「うわっ、ちょっと!」
力也が文をひったくる。中身を確認すると、
そこにはこう書かれていた——。
『天手力男神を"消した"。次はお前だ。 天津甕星』
「!!」
力也は駆け出した。何も考えずにただ走った。
「ちょっと待って!二番弟子!何が書いてあったの!?」
わかなの声が背後に遠ざかる。
この時、力也は"見落としていた"。
文の端に、小さく書かれていたその言葉を。
『来るな、力也』。
―――第24話へ続く。




