第22話 「"私との子"」
バチンッ!バシッ!ドスン!
今日も父と息子の稽古の音が境内に響いている。
力也の父、「二十八世 天手力男神」は、神の世でも随一の"熱血"で有名だった。熱血ゆえに他の神からの陰口もあったが、頼れる神であったので、信頼はとても厚かった。
一方の力也の母はというと、父とは正反対のまったりおっとりマイペースな"岩の精霊"だ。神の世では珍しく、神と精霊の夫婦だった。その間に産まれたのが力也——後の「二十九世 天手力男神」だ。
「だからなぜ体力がすぐ底をつきるんだ!毎日腕立て百回、大腿屈伸百回、それから……」
「走り込み一刻!全部やってるよ!やらないと竹刀で全身叩いてくるじゃん!」
「そうだ!なのになぜだ!なぜ体力が付かない!」
「ウフフ♡それは"私との子"、だからかしら?」
「それは関係ない!」
実際は関係あった。神と精霊とでは、一般的に神の方が体力、筋力が優れている。一方の精霊は、階級によってまちまちだが、最上位の精霊は木々や風、海原、地震といった自然現象を直接操れる力を有している。神が全てを掌握しているように見えて、実は神と精霊の共同作業である場合が多い。ただ、両者で夫婦になること、ましてや子が産まれるなど、この時代では前代未聞だった。この前代未聞をあっけなくやってしまったのが、力也の父と母だった。
それが影響してか、この時の力也は体力が付きづらい、ように見えた。
「父さん、実は力也ってスゴいのよ!昨日なんかあの岩を持ち上げてたんだから」
「はぁ?岩ぁ?」
「そうよ!」
力也の母はそう言うと、庭に置かれていた——というか三分の一が埋まっている、力也よりも背の高い岩を指差した。
「!! 嘘だろ!!?」
「なっ!スゴいだろ!」
「確かに……これは認めざるをえんな……」
力也の父は呆気にとられた。
「あれ、埋まってただろ。元々あった場所はどうしたんだ?」
「埋めた」
「埋めた? 埋められる土は無いだろ」
「買った」
「買った!?」
その時だった。
「こんにちは〜!田力さん!昨日はどうもありがとうございました!」
「!?」
園芸屋がやってきた。
「いやぁ〜昨日はビックリしましたよ!力也くんが『55石くださ〜い!』なんて言うんですから、もうビックリしちゃって〜」
「55石ぅ〜〜!!!」
力也の父は気を失いそうになった。55石とは現代で約10立方メートル、約10トンの重さの土だ。
「そうなんです〜!代金の方は通常米5石なんですが、力也くんが自ら担いで持っていったので、運搬費除いて米4石で〜す!」
「こ……米……4……石……」
さすがに倒れた。ちなみに米1石は大体8万円。
「ちょっと父さん!?」
「あー、もしかして力也くん、値段言ってなかったの?」
「言うわけないじゃん!怒られるもん」
「あちゃ〜、それはまずいね」
「えへへ」
「力也ぁ?ちょっと来なさい?」
力也の母が珍しく怒りを露わにしていた。これは修羅場の予感だ。
「えーっと、代金はまたあとでいいので……」
「今!今、お支払いします!」
力也の母はそう言うと米4石を倉から持ってきて園芸屋に手渡した。
「ひぃ〜〜っ!! あ、ありがとうご、ございます〜〜〜!」
園芸屋はその場から逃げるように立ち去った。力也の母の気迫に恐れをなしたのだろう。
「さぁて、り、き、やぁ? お話し、しましょうかぁ」
「えへ、えへへ、えへ……へ……」
力也の顔がみるみるうちに青ざめていく。こんな雰囲気の母を見るのは初めてだった。
「こぉら〜〜〜〜、なに勝手に高額買い物してんのよぉ〜〜!」
「ひぃ〜〜〜〜っ!ごめんなさいっ!」
「こういうのは私に言いなさい!何とかするからぁ!」
「……へ?」
「だ、か、ら!父さんにバレたら色々面倒なんだから、私に言いなさいって言ってんの!ほら見て、まだ気絶してるから」
力也が父の方を見ると、確かにまだ気絶していた。
「わかった!じゃあこれからは母ちゃんに言うね!」
「そうしなさい!」
そう言うと母は力いっぱい自身の胸に手をドンと当てた。
それからしばらくして父が目覚めた。それからみっちり二刻、お叱りと追加の修行を力也はこなした。
その夜——。
「力也、ちょっと来なさい」
「なんだよ、まだ怒るのか?」
「怒るか。もう疲れた」
「じゃあなんだよ」
「お前、あの岩が元あった場所、あそこ、全部綺麗に埋めたのか」
「そうだよ。バレると怒られるもん」
「そうか。じゃあ、あの草花や木の苗もお前が植えたのか」
「そうだよ、バレないようにね。何か文句ある?」
そう言うと父は一呼吸おいて、こう言った。
「お前、庭を造る才能がありそうだな」
「にわをつくる才能?」
「そうだ。おれには力を、特に腕力や脚力を扱う能力しか無い。ただ、お前は違う。おそらく、おれの力の能力と、母さんの園芸——まぁほぼ趣味だがそれでも才能がある。力也、お前にはその"両方"の才能があるかもしれん」
「そうなの!?おれ、二つも才能があるの!?」
「あくまで可能性だ。ただ、どちらも極めれば才能を発揮する」
「きわめる?」
「そうだ。簡単に言えば"完璧"に仕上げる、ということだ」
「父ちゃん、おれ、両方極めたい!」
「そうだな、じゃあまずは修行からだな」
父はその時、微笑んだ。初めて見た父の笑顔。力也は嬉しかった。
―――力也、人で言うと十三歳くらいの頃。
力也はすっかり父と肩を並べるほど強くなっていた。そんなある日、父からある提案があった。
「なぁ力也。お前、造園を学んでみないか」
「造園を?」
「そうだ。お前、最近母さんが遺した庭を改造してるみたいだが、正直母さんより良い景観になっている」
「そんなこと母さんの前で言ったら消されるぞ」
「もういない」
力也の母は精霊だ。精霊には寿命がある。途方もない寿命だが、確実に尽きる。
「そりゃそうだけど。まぁいいや。それで?おれはどこで学べばいいんだ?」
「庭高津日神のもとだ」
「!! あの神と知り合いなのか!?」
庭高津日神は、神の世では有名な庭の神だ。庭の神であり庭師。よく色々な神のもとへ赴き、造園をしている凄腕庭師。力也の母も一時期手伝いをしていた。人の世では「高庭」を姓にして名乗っているらしい。
「なんでも、高庭本人が腰をやっちゃったらしく、今は娘が一柱で造園をしているそうだ。高庭本人は椅子に座ってあれこれ指示を出してるから実質親子二人三脚なんだが、なにせ動いてるのが一柱だけ。神手が足りない」
「でも、おれ行っていいのか?今世間は不穏な空気だぞ」
この時、神の世では"天津甕星を名乗る者"が夜な夜な神を消すという怪事件が発生していた。特に"独り身"の神を。父は力の神だが、年々衰えてきていた。守れるのは力也しかいない——
そんな状況だ。
「天津甕星か……。まぁ、さすがにおれの所には来んだろう。一度ボコボコにしたしな」
「それが引き金になるんじゃねぇか?」
「そんなこと言ってると、せっかくのチャンスが潰れるぞ。二つの才能を開花させるチャンスを。それに高庭のところは今、動けない庭師と娘が一柱。天津甕星が一番攻めやすいところだ。そこにお前は修行に行く。ついでに護衛も行う。高庭にとっちゃあ神手が増える、しかも護衛までしてくれる。一石二鳥だ」
「……分かった。行ってくる」
力也は心配だった。だが、父の後押しもあり、庭高津日神のもとへ向かった。
それから数ヶ月後、事件が起こった。
―――第23話へ続く。




