第21話 「"ずっと"」
昨日の早朝、開都が出発した時はまだ、いつもの故郷だった。なのに―――
「昨日の深夜でした」
白狐が静かに語り始めた。
「北の川辺の集落から、悲鳴が聞こえました。何事かと思い、霊狐さんと外へ出ました。北の方を見ると、火事か何かが起きているかのような黒煙が見えたのです。ただ妙だったのは、煙の匂いがしなかったこと。木々や山へ燃え広がっている様子もなかったこと。胸騒ぎがしましたが、主人が外出したきり戻っていないので、茶屋を離れるわけにもいかず、様子を見に行けておりません」
「そうか……ありがと、教えてくれて」
開都の顔から笑顔は消えていた。
少しの沈黙のあと、開都はすっと立ち上がった。
「行かなきゃ」
ひかりもつられて立ち上がる。
「待て」
「待てない。引き留めないで!」
開都が声を荒げた。しかし、力也は冷静だった。
「今、どうなっているか分からない。焦って突っ込んでいくのはあまりにも無謀すぎる」
「……」
「それに、歩き疲れてる。こんな状態で行っても出来ることは限られる。今は休め」
力也は淡々と話した。しかし、その目には
"敵"に対する静かな怒りの気が宿っていた。
ひかりはその目を見て、ふと思い出した。
以前、力也が話してくれたこと。
あの夜、ほんの少しだけ語ってくれた——
力也の過去を。
―――力也がまだ小さい頃。
「こんな修行ばっかやって意味ないだろ!!」
「ふざけるな!!こんなもんもできないやつが口答えするな!!お前はいずれ"天手力男を継ぐ"んだぞ!力の神の中でも最高位の神の座を継ぐには、もっと修行しろ!!」
「知らんがな!!!」
道場に、力也の叫び声が響いた。
「力也、ちょっとおいで」
縁側から、穏やかな声が力也を呼ぶ。
「母ちゃ〜ん!父ちゃんがひどい〜!」
力也は、縁側に座る母の隣へ駆け込んだ。目には涙が光っていた。
「も〜泣かない泣かない!父さんも真面目だから、しっかり教えたいんだよ」
「でも父ちゃん竹刀で叩いてくる!」
「それは"愛のムチ"ってやつよ」
「愛もくそも無いよ!」
「ウフフ♡」
母が笑う。その笑い声は、縁側に差し込む陽の光みたいに温かかった。
「おい力也!早くこい!続きだ!」
「えぇーーーー!!」
「さぁ、行っておいで」
母が力也の頭をぽんと撫でた。
「今日の夕飯は鮎の塩焼きよ!」
「あゆ!? やったーーー! おれ頑張る!」
力也は涙を拭うのも忘れて立ち上がり、道場へ駆け戻っていった。
こんな幸せが——"ずっと続く"と思っていた。
あの時までは——。
―――第22話へ続く。




