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「黙って笑えないならいらない」と捨てられた八歳の公爵家五女、辺境の魔女先生に鍛えられて王都の天才たちを黙らせる  作者: 他力本願寺


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第7話 一通目の手紙

昼の授業が終わった後、マルタさんが銀のお盆に乗せて、一通の封筒を持ってきた。

真っ白な封筒の裏には、見慣れた百合の花の紋章が赤い蝋で押されていた。オルブライト公爵家の印。私の実家からの手紙だった。


「リゼット様宛てに、王都の使便で届いたそうです」


私はドキリとして、手紙を受け取った。

宛名には、お母様の流れるような美しい文字で『愛するリゼットへ』と書かれていた。

少し前までの私なら、この文字を見ただけで嬉しくて泣き出していただろう。「お母様はまだ私を愛してくれている、許してくれたんだ」と、無邪気に喜んでいたはずだ。


でも、今の私は、すぐに封を切ろうとは思わなかった。


(……おかしいわ)


胸の奥で、小さな違和感がチリチリと音を立てていた。

あの冷たい使者が来たのは、つい数日前のことだ。

私が空気を読んで上手に笑えなかったから、「教育不能」の荷物として辺境に捨てたのだ。それなのに、なぜ今になって急に『愛する』なんて優しい言葉を使ってくるのだろうか。


ペーパーナイフで封蝋を割り、中の便箋を取り出す。

そこには、甘い香水の匂いと一緒に、こんなことが書かれていた。


『愛するリゼット。北の地の寒さは厳しくありませんか。

お父様も、お姉様たちも、いなくなったあなたのことをいつも案じています。

今は離れて暮らしていても、あなたは公爵家の大切な娘です。どうか健康に気をつけて、立派に学びなさい』


なんて優しい言葉だろう。

でも、私は使者のあの顔を思い出した。笑顔で、丁寧な言葉を使いながら、私を隙間風の吹く末席に座らせたあの男の人を。


大人は、本心を隠すために綺麗な言葉を使う。

私が王都で学んだ美しいお辞儀が、相手を踏みつけるための定規として使われるのと同じように。


便箋の最後には、王都の貴族がよく手紙に添えるように、古典の詩の一節が引用されていた。


『北の空を舞う白きはやぶさよ。

己が生まれし大樹の恩を忘れず、いつか必ず舞い戻れ』


古い時代の有名な詩だ。ラングレー先生の授業でも、声に出して読んだことがある。

遠くへ行った鳥が、故郷の木を忘れずに帰ってくる。手紙の文面だけを見れば、「家族を忘れないで、いつか帰ってきてね」という親心のようにも読める。


でも。

本当に、そうなのだろうか。


私は手紙を持って、足早に屋敷の図書室へ向かった。

辺境伯様のお屋敷の図書室は、王都のように華やかな飾りはないけれど、床から天井までぎっしりと本が詰まっていた。

歴史書や古典の棚を探す。


「……あった」


『旧王国詩編』という分厚い本。

でも、それは大人の背の高さの棚に収まっていて、私の手は届かなかった。

私は迷わず、部屋の隅にあった小さな木の踏み台をズルズルと引きずってきた。先生が黒板の前に置いてくれたのと同じ、角が丸く削られた丈夫な踏み台だ。

それに乗って背伸びをし、重い本を引っ張り出す。


机に本を広げ、パラパラとページをめくる。

記憶を頼りに、お母様が引用した「白き隼」の詩を探した。


「ここだわ……」


詩の原文と、その横に書かれた歴史学者の長い解説文。

私は、食い入るようにその文字を読んだ。そして、息を呑んだ。


『――この詩は、建国期の第三代国王が、北方の国境防衛のために派遣した将軍に向けて贈ったものである。

将軍が辺境で力を持ち、独立することを恐れた王は、彼を「隼」に例え、大樹(王家)の恩を忘れて反逆すればただでは済まさないという強い警告を込めた。

すなわち、これは親愛の情を装った、臣下に対する絶対の服従を強いる詩である』


ページを持つ手が、ブルブルと震えた。

親が子供を想う歌なんかじゃない。

王様が、家来に「お前は私のものだ。私の言うことを聞け」と命令するための歌だったのだ。


「……気づいたようですね」


ふいに、背後から静かな声がした。

振り返ると、図書室の入り口にマグダレーナ先生が立っていた。


「王都の貴族は、直接的な命令や脅しを下品だと嫌います。だから、こうして古典の詩に意味を隠して、美しい手紙の形で相手に突きつけるのです」


先生の靴音が、コツン、コツンと近づいてくる。


「ラングレーは、あなたにこの詩の『歴史的な背景』を教えましたか」


「……いいえ。ただ、年号と、作者の名前と、美しく読むための声の出し方だけです」


「そうでしょうね。暗記して音読するだけなら、鳥にもできます。古典とは、過去の人間がどのようにして本心を隠し、どのようにして他人を支配しようとしたかを知るための記録です。歴史の嘘を読むための目なのです」


私は、机の上に置かれたお母様からの手紙を見つめた。


『今は離れて暮らしていても、あなたは公爵家の大切な娘です』

違う。

お母様が言いたかったのは、そういうことじゃない。

『お前は公爵家の所有物だ。勝手な真似は許さない。いつでも家の駒として使えるように、おとなしくしていなさい』。

これが、手紙の本当の意味だ。


「……お母様は、私を心配して手紙をくれたわけじゃなかった」


ポツリとこぼした私の声は、ひどく掠れていた。

悲しかったけれど、不思議と涙は出なかった。代わりに、お腹の底から冷たい怒りのようなものが湧き上がってくるのを感じた。


「古典の読み方が分かれば、もう綺麗な言葉に騙されることはありません」


先生は、私が引きずってきた木の踏み台を少しだけ足で直し、私が降りやすいようにしてくれた。


「あの手紙をどうするかは、あなたが決めなさい」


私は、お母様の手紙をもう一度、封筒の中に戻した。

もう、この甘い香水の匂いに騙されたりはしない。

彼らは私を娘として愛してはいない。でも、便利な道具としてはまだ手放す気がないのだ。


机の上に置かれた白い封筒は。


優しい言葉の形をした、所有の宣言だった。

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